不審な少女
「先輩、俺はこれで」
アリアと別れて数刻が過ぎた頃。
ヴォルクは王国騎士団の同僚とともに城下町を歩いていた。
彼の名はラース・ベイラン。
騎士団におけるヴォルクの先輩であった。
目の前には待ち合わせ場所である噴水広場が見えてきていた。
「ん?城には戻らないのか?」
「実は待ち合わせをしてまして」
彼の言葉にラースはにやりと笑う。
「デートか?」
「違いますよ!」
「え〜、ほんとかぁ?」
そう言い、ラースは肘でヴォルクを小突く。
ここだけ切り取ると後輩にうざ絡みをする中年男性である。
しかし彼はただの騎士ではなかった。
王国騎士団の構成員の多くは貴族の子息である。
その中でヴォルクやラースのように平民出身の騎士は数えるほどしかいない。
加えて平民出身の騎士は出世ができない。
王国騎士団の重役ポストは金によって貴族達に買い占められてしまうからだ。
しかしラースは違う。
彼は自らの実力のみで王国騎士団において、国王直属の近衛騎士まで登りつめたのである。
これはかなりの偉業であった。
「くそっ、今日が陛下の護衛当番じゃなければ、俺も飲みに行くのになぁ」
「お疲れさまです」
「そう思うなら変わってくれ」
「嫌です」
「だよなぁ、俺だって断るわ......じゃあそろそろ俺のシフトだし、行ってくる……今度飲みに行こうな」
「はい、ぜひ」
そう言い残し、ラースは城の方角へ走っていった。
「遅いな」
時計がまもなく18時30分を過ぎようとしていた。
周囲では既に祭りが始まっており、照明がきらきらと輝き、所狭しと並ぶ屋台からは店主の声が絶え間なく聞こえてくる。
「さては城で捕まったか?やっぱりついていくべきだったかな」
アリアは時間にうるさく、こういう待ち合わせにはまず遅刻してこない。
やはり考えられるのは、城で何かがあったということだ。
「もう少ししたら、いったん城に戻るか」
しかし城で何かトラブルに巻き込まれたとは考えにくい。
実際には国王からパーティーへの出席を求められたとかだろう。
「何か焼き菓子でも買って帰るか」
触らぬ神にたたりなし。
ストレスのたまったアリアは手がつけられない。
物にあたったりすることはない。
しかし怒ったかと思えば、突然泣き出したりと非常に情緒不安定になる。
そうなってしまうと、話し相手で夜があけてしまう。
甘い物で少しでもストレスを緩和する大切さ。
ヴォルクはアリアの騎士となり、身をもって知ったのだ。
時計をちらりと見やり、そろそろ城に戻ろうとした時だった。
「本当に見たんだ!」
小さな子供が母親であろう女性に何かを必死に訴えている。
「ほんとに女の人が水の上を歩いてたんだ!」
「はいはい、きっと見間違いよ」
「ほんとなんだよ!鍵がかかってた扉も開けてたんだ!」
(鍵のかかった扉?)
必死に話し続ける少年。
ヴォルクはその親子に声をかける。
「すみません、その鍵のかかった扉というのはどこの扉ですか?」
「えっ、あ、あの……」
「突然失礼しました。私はこういう者です」
困惑した様子でこちらを見つめる母親。
慌ててヴォルクは王国騎士団の証であるバッジを見せる。
すると彼女の表情が変わった。
「き、騎士様でしたか!失礼いたしました!」
きっと一目では、ヴォルクが騎士とは分からなかったのだろう。
金髪の騎士が多い中、彼は黒髪。
このバッジを見せないと騎士だと信じてもらえない時が多々あるのだ。
「お気になさらず。それよりも先ほどの話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
「騎士さま聞いてよ!すごいお姉さんがいたんだ!ルノミ川を歩いて、大きな橋の下にある扉を開けてたんだ!ずっと見てたから間違いないよ」
興奮した様子で話す少年の言葉に耳を傾けつつ、状況を整理する。
ルノミ川は王都内を流れる大きな川である。
物を運ぶための大型の船が頻繁に行き来できるほど幅が広い。
また水深もかなりのものだ。まず人間の足はつかない。
おそらく魔法を使っていたはずだが、水面を歩く魔法なんて聞いたことがない。
それよりも気になることは、鍵付きの扉の件である。
ルノミ川には橋が3つかかっているが、最も大きな橋が城の目の前にかかっている。その橋の下には騎士団など一部の人間しか開けることができない扉がある。
扉の先には水源があり、井戸を通じて住民たちの飲み水になっている。
万が一あそこに毒でも流されたりしたら。
ヴォルクの頭に嫌な予感がよぎる。
「その女の人の特徴とかは分かるかい?」
「髪が銀色でね、長くてきれいだった!」
銀色の髪。
かなり目立つ特徴である。
厳重に管理されている扉を開けたとされる銀髪の女性。
彼の話が本当だとすれば、ただ者ではない。
王国と戦争中のエルバドル帝国の工作員の可能性も十分ある。
ひとまず扉の鍵がかかっているかだけでも確認しておいた方が良いだろう。
「ありがとうございます。ちょっと確認してきます」
親子にお礼をいい、ヴォルクは事の真相を確かめるべく、橋の方角へ駆け出した。
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