王女の枷【side:アリア】

 ヴォルクと別れて数刻。


 私は城の自室へ戻ってきていた。


「……ここの警備、ザルすぎない?」


 見つからないように出てきたとはいえ、仮にも一国の姫が脱走していたのに、全く騒ぎになっていない。

 万が一暗殺者が送られてきたらどうするのかと心配になる。

 まぁ、その時に殺されるのは父か兄だろうし、私には関係ない話だ。


(だって私はなんの価値もない妾の娘だから)


 アリア・セスタリックは王妃から生まれた娘ではない。

 今の国王が若い頃、偶然訪れた村にて1人の女性と出会い、子を成した。

 それが私である。


 しかしこれで話は終わらない。

 私の母をいたく気に入った国王はあろうことか平民である彼女を城へ無理やり連れて帰ってきてしまった。

 当時の王妃は浮気に怒り心頭であり、国王は大目玉をくらったそうだ。

 まったくもって当然である。


「……お母様」


 私は生まれた時から既に王族であった。

 しかし父も王妃の息子である兄も家族だと思ったことはない。

 また国王達からも私たち母娘の存在はあまり触れられたくないらしい。

 来賓が来るパーティーなどに呼ばれたことはない。

 母だけがたった一人の家族であった。

 そんな母も昨年、病によりこの世を去った。


 私はただ一人、この城に取り残されてしまった。


「……あー!やめやめっ!これからのことを考えないと!」


 変えられないことを考えても仕方がない。

 今はそれよりも大切なことである。


 ヴォルク・スゥベル。

 私専属の護衛にして、私だけの騎士。

 そして、私のかけがえのない大切な人。


「何を着ようかしら?ドレスとかじゃいつもと変わらないし」


 私は舞い上がっていた。

 普段から護衛のために一緒にはいる。

 しかしそれは仕事でしかない。

 今回は彼と遊びで出かけられる貴重な機会なのだ。

 絶対に逃してはならない。

 最もヴォルクはデートとなんて微塵も考えていないだろう。

 この恋心も一方通行だ。


「髪型を変えてみようかしら?ギャップが大切らしいし」


 何より私は立場上だけだが王族だ。

 そして彼は平民の身分である。

 そこに絶対的な身分の差が存在する。

 忌々しい限りだ。


 しかしそれがどうした。

 そんなもの私が彼を諦める理由にはならない。


「絶対意識させてやる……!」


 自然と準備に熱がこもってくる。


 彼と出会ったのは7年前、私が10歳の時である。

 当時、私は貴族や騎士、あろうことか使用人にまで存在を軽んじられていた。

 そんな私を見かねて、母は国王に頼み、1人の少年をお付きとしてつけてもらえることになった。

 それがヴォルクである。


 彼は私より3つ年上であり、性別も違ったが、とても気があった。

 他の使用人は恭しくも腫れ物を扱うかのように私を扱う。

 しかし彼は初対面で仮にも姫である私に「城から脱走しようぜ」と言ってくるようなやんちゃ坊主だった。

 傍から見ると不敬な行為である。

 しかし私にはすごくありがたかった。

 彼と遊んでいる時のみ、私はつらい現実を忘れることができた。


 あれから7年、私と彼は変わらず良好な関係を築いている。

 しかし、最近になって私はその関係に満足できなくなっていた。


「ちょっと肌を見せた方がいいのかしら……いや、これはちょっと大胆すぎるわよね……でもこれぐらいしないとあいつには」


 きっかけは15歳の時に言われた母の一言だった。


『アリアは将来、どんな人と結婚したいの?』


 その時は「分からない」と回答したが、今ではなぜ母がそのようなことを聞いたのか分かる。

 王族にとって結婚は幸せなものとは限らない。

 妙齢の女にとって、政略結婚という言葉はかなり身近なものだ。

 最近はことあるごとに使用人より貴族の子息の写真を見せられる。

 国王も私をここから追い出したくて仕方がないのだろう。

 しかし、あのろくでなしの思い通りになってやるつもりはない。

 父への復讐、何よりも自分の気持ちのため、私はヴォルクと恋人になりたい。

 立場なんて知ったことではない。


「よし、これで勝負よ!」


 さんざん悩んだ末、私は今日の勝負服に白色のワンピースを選んだ。

 やはりいつも着ているドレスでは目立ってしまうし、散策するなら動きやすい格好が良い。

 少しスカートが短い気がするが、ここは勝負どころだ。我慢する。

 もしかしたら今日、急激に関係が進展するかもしれない。


「えへへへへ......!」


 自然に顔がにやついてしまう。


「はっ、もうこんな時間……急がないと」


 気がつくと、太陽は沈みかかっていた。

 城下町には明かりが灯り始める。

 これから始まる夢のような時間へ期待で胸を膨らませつつ、扉に手をかけようとした時であった。


「アリア様、陛下がお呼びです」


 どうして。

 どうして、私の人生はこんなことばかりなのだろう。

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