第1章 仮初の勇者と導き手
勇者の日
勇者セルスの物語。
セスタリック王国で昔から親しまれているおとぎ話である。
太古の昔、突如として現れた魔王。
破壊の限りを尽くす厄災を、セルスは4柱の精霊とともに倒し、世界の何処かに封印したとされている。
一部の学者は本当にあった話であり、魔王は今もどこかで復活の時を待っていると主張しているが、それを示す書物が全く残されていないことから、作り話だと信じる人がほとんどだ。
「今日も平和だ」
目下に見える街の様子を観察しながら、セスタリック王国の騎士であるヴォルク・スゥベルは欠伸をする。
黒い髪と青い瞳。
その体は青と白を貴重とした騎士団の制服に包まれている。
ここはセスタリック王国の都、ラクビアのすぐそばに位置する名もなき草原。
この草原には小さな丘がある。
その丘からラクビアの街並みを見ることがヴォルクのちょっとした趣味であった。
「それにしても今年の勇者の日は気合が入ってるな」
勇者の日。
それは勇者セルスが生まれた日であり、セスタリック王国の建国日でもある。
毎年この日は、城下町を中心として、飾り付けや勇者にちなんだ商品が販売されたりする。
しかし昼間から花火があがるのは初めてだ。
「お兄様の成人の儀も兼ねているからじゃない?」
そんな独り言を呟いていると、突然声をかけられた。
後ろを振り返ると、そこには桃色の髪を左右に束ね、装飾は控えめな桃色のドレスを身に着けた1人の少女が立っていた。
彼女の名はアリア・セスタリック。
セスタリックの名を姓に持つ、正真正銘の王族である。
「アリア、また城から抜け出してきたのか?」
「だって暇なんだもの。あんたならここにいるって分かってたし」
呆れた様子のヴォルクに対して、アリアは何が悪いのかといった様子で彼の隣に座る。
「というか守るべき姫がいるのに、こんなところでさぼってるなんて、いいご身分ね」
「いや、今日は外出しないから休みでいいって言ったのはアリアだろ」
「あら、そうだったかしら?」
くすくすと笑うアリア。
2人の姿はとても一国の王女とその騎士のそれではない。
もしこの様子を別の騎士にでも見られてしまえば、ヴォルクの首は間違いなく胴体から分断されることになるだろう。
それは彼も当然分かっている。
彼女との関係はあくまで主従であり、仕えることになった当初はそれ相応の対応を取ろうとした。
しかしそれはアリアの「堅苦しいのは苦手だ」といった発言であっけなく却下され、今の親友のような言葉遣いとなっているのである。
「まぁいいわ。さっきの話だけど、今年はお兄様の誕生日を祝うために他国からも使者が来るらしいわ」
「だからこんなにも盛り上がっているのか」
「なんだかんだ持っている人よね。勇者の子孫にして、勇者と同じ誕生日だなんて」
アルス・セスタリック。
アリアの兄にして、セスタリック王国の第一王子である。
その容姿は金髪の髪に翡翠色の瞳。
まるでおとぎ話の中から飛び出してきたかのように整った容姿をもつ次期国王だが、王国内の評判はあまりよろしくない。
「当の本人は『僕は勇者の生まれかわりだ!』とか言って、ふんぞり返っているけどね。今日も元気にメイドを口説いてたし」
「あー......」
理由は明らかである。
彼の尊大かつ傲慢な性格に加え、極度の女好き。
城内では早くも王国の未来を憂う人間もいるほどだ。
そんな未来の主君に辟易としていると、アリアがこほんと咳払いした。
「ところでヴォルク、今日の夜は空いてるかしら?」
「まぁ休みだしな」
「偶然ね。私も暇なのよ。......そうしたら1つ提案があるのだけど」
「祭りの屋台見に行きたいんだろ」
「ちょっ!?どうして分かるのよ!」
「だってアリアはお祭り好きだろ。それぐらい分かるさ」
「……そ、そうよ!悪い!?」
「いや悪くはないけど。なんでちょっとキレ気味なんだよ」
「なんでもないわよ!それで!どうなの!?行くの?行かないの?」
ぐいぐいと顔を近づけ、決断を迫るアリア。
その気迫に気圧されていると、彼女の口からさらなる追撃が加えられる。
「言っておくけど、断ったら不敬罪、処刑だから」
「暴君すぎないか!?」
「さぁ答えて!」
「......分かった、行くよ」
ヴォルクがそう答えると、ぱあっとアリアの表情が明るくなる。
元よりヴォルクも断る気など毛頭なかったが、ここまで喜ばれるとは思っていなかった。
「そっ、そう!あんたがどうしても行きたいっていうなら仕方ないわね!家来の願いをかなえるのも主の役目だもの!」
「いや行きたいって言ったのはアリアのほ」
「ともかく!今日の夜は空けておきなさいよ!」
「それはもう分かったけど、城の方は大丈夫なのか?今日は他国から使者も来るって」
「大丈夫よ!どうせ私には関係ないことだし」
「でもなぁ」
「いいったらいいの!ともかく今日の18時、城下町の噴水広場で集合よ!わかった!?」
そう言い残すとアリアをくるりと背を向け、その場から立ち去ろうとする。
「ちょ、城に戻るなら俺も」
「女にはいろいろ準備があるんだからついてこないで!あんたは適当に時間をつぶしてなさい!」
そう言い残し、アリアは城の方角へ消えていった。
ただ一人、草原に残されたヴォルクはその背中を見つめることしかできなかった。
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