仮初勇者の導き手【毎週火・金曜日に更新】

そろもん。

プロローグ

人間が滅んだ日

 子どもの時、読んでもらった絵本のことを時々思い出すことがある。

 世界を破壊する魔王を勇者と精霊が倒す物語。

 ありきたりなハッピーエンドな物語だったけど、私はとてもそのお話が好きで、いつも読み聞かせをねだっていた。

 その時の勇者が今、いてくれたら。

 こんなことにはなっていなかったのだろうか。


「第2防衛ライン突破されました!」


「第3防衛ライン戦闘開始!魔物の数は1000を超えるとのこと!」


「ちくしょう!もう駄目なのかっ」


 ここは地下につくられた保護シェルター。

 魔王により蹂躙された世界で、唯一人間が生きていける場所である。

 しかし、そんな場所も今日、消えてなくなるようだ。


「第3防衛ライン突破!生存者は0です」


「まもなく最終防衛ラインに魔王軍到達!」


「⋯⋯手加減なしね」


 あまりにも早い進軍速度につい軽口を叩きたくなってしまう。

 無理もない。

 相手が1000を超えるのに対し、こちらはかき集めても各防衛ラインに50しか置けない。

 この結果は必然だ。

 シェルター内になだれ込んでくるのも時間の問題であろう。


「エーテルお嬢様」


 杖をもった老人が声をかけてくる。

 かつて私が貴族の令嬢だった時から、ずっと仕えてくれている執事である。

 家が潰され、父が死に、私がここのリーダーになった時もついてきてくれた私の家族と言って差し支えない人物である。


「⋯⋯じい」


「残念ですが、もはや人類の未来は決まりました。もう⋯⋯」


「分かっています」


 そんな彼に促され、私は混乱する皆に向き直る。

 シェルターのリーダーとして、今から彼らに最後の指示を出さなくてはならない。

 あまりにも無情で残酷な命令を。


「皆さん、聞いてくださいっ!」


 私の言葉にシェルター内は静まり返り、全員がこちらに向き直る。慣れないが声を張り上げた甲斐がある。


「まもなくここに魔王軍が到達します。数は1000。一方ここにいる私達は20、それも戦闘経験のない者ばかりです。きっと数分も持たずに蹂躙され、この世界から人間という種族は姿を消すでしょう。これは変えられない運命です」


「⋯⋯」


「ですが、私達には最後の希望があります。魔王を倒すたった1つの方法が。皆さん、それに賭けてみませんか?」


「⋯⋯もちろんだ!」


「にっくき魔王に一泡吹かせてやろうぜっ」


 至るところから頼もしい声が上がる。

 こんな小娘のことを信じ、最後までついてきてくれた。本当に感謝してもしきれない。

 だからこそ、大事な存在だからこそ、次の言葉を言うのがつらい。


「皆さんの気持ち、感謝します。ではシェルターのリーダーとして、最後の命令を下します⋯⋯私のために、死んでください」


 反対の声はあがらなかった。

 その代わりに返ってきたのは、予想していなかった言葉であった。


「おうとも!喜んで死んでやるぜ!」


「せめて1匹は倒したいよなぁ、そしたら天国のカミさんに自慢してやるぜ」


「お嬢に格好悪いところなんて見せられないよなぁ!」


 なんて人達だろうか。

 今から死ぬというのに、笑いながら談笑している。

 ⋯⋯いや、違う。

 よく見ると足が震えている。

 きっと心の中では恐怖と戦っているのだろう。

 逃げ出したいと考えているのかもしれない。

 それでも踏みとどまって、気丈に振る舞ってくれている。

 その姿に、思いに、自然と涙がこぼれてくる。


「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯!」


「おいおい、泣かないでくれよ。俺達は自分の意思であんたについてきたんだ。死ぬのが怖くないといえば嘘になるが、後悔はしてないぜ」


「そうそう!それよりもう団体さんがお越しになったみたいだ。リーダーは早く最後の準備に!」


 じいに背中を支えられ、仲間達に背を向けて、奥の部屋へ向かう。

 きっとこれが彼らとの最後の会話になるだろう。

 魔王さえいなければ、彼らともっと一緒にいることができただろう。

 しかし魔王がいなければ、彼らと出会えていなかったことを考えると少し複雑だ。

 彼らの作ってくれる時間を決して無駄にするわけにはいかない。


「⋯⋯急がないと」


 涙を拭い、扉を開ける。

 シェルターの壁を通じて聞こえてくる魔物の声もどんどん大きくなっていく。

 もう猶予はほとんど残されていない。限られた時間で準備を進めなくては。


「じいはソラを呼んできて。私はマシンの起動作業に入るから」


「承知いたしました」


 じいの背中を一瞥し、私は手元のタッチパネルを操作する。


 アクスフィア。


 かつて、勇者とともに世界を救ったとされる精霊が人のためにもたらした魔道具。

 アクスフィアにより、人間は魔法が使えるようになり、世界を発展させてきた。

 目の前にある装置もアクスフィアの1つである。


 魔王が復活して1つの王国を滅ぼして50年。

 人類の文化レベルは飛躍的に向上した。

 以前では限られた人しか使うことのできなかったアクスフィア。

 それが今では誰にでも使える汎用版が開発され、魔力がない人間でも、簡単で小規模な魔法であれば使えるようになった。

 もっとも、そんな弱い魔法では魔物達へ満足に傷をつけることはできないのだが。


「連れてきました」


 アクスフィアの設定がひと段落ついた時、じいに声をかけられる。

 振り返ると、1人の少女が立っていた。


「ソラ」


「は、はいっ!」


 私が名前を呼ぶと、緊張したように彼女は返事をする。

 ソラ・フォーチェン。銀色の長い髪が美しい女の子。

 私達の最後の希望である。


「ついにこの時がやってきました。今から貴方を50年前、魔王が復活する日のセスタリック王国へ送ります。そこで魔王の復活を阻止してください。じい、あれは渡しましたか?」


「今から渡します」


 じいは懐から小瓶を取り出し、ソラへ手渡す。

 中には黄色の液体が入っている。


「勇者の力を向上させる薬です。万が一復活を阻止できず、魔王をその場で倒し損ねたら、勇者を保護し、これを飲ませてください。勇者の力を飛躍的に伸ばし、魔王にも十分対抗できるようになるはずです」


「は、はい」


「それと勇者以外には間違っても飲ませないようにしてください。あくまで勇者専用に作成したものであり、勇者以外に飲ませても十分な効果が期待できません。せいぜい死人が蘇る程度です」


「は、はい」


「冗談です。蘇るかは分かりません」


「⋯⋯えっ?」


「⋯⋯慣れない冗談をいうものではありませんね」


 ソラの緊張を少しでもほぐそうとしたが、残念ながら伝わらなかったようだ。


 私達がこのシェルターに立て籠もって約10年。

 この薬や目の前にあるアクスフィアが、私の人生の全てであったといっても過言ではない。

 中でもこの薬は特別中の特別であり、数日前になんとか1つ創り出すことができた。もう同じものを作ることはできないだろう。

 これで少しは魔法使いの家系だったと胸を張れるだろうか。


「⋯⋯外が騒がしくなってきましたな」


 じいの言葉に現実へ引き戻される。

 残された時間はあとわずかだ。やるべきことをやらなくては。


「それでは私も行って参ります。元傭兵として、数秒は稼いでみせましょう」


「じい⋯⋯」


「エーテルお嬢様。本当にご立派になられた。最後までご一緒できないことが残念ですが、貴方に仕えることができ、幸せでした」


 じいは私に一瞥し、ソラに向き直る。


「ソラ、頼んだぞ。お嬢様の願いを叶えてくれ」


 彼の言葉にゆっくりと頷くソラ。

 それに満足したのか、彼は振り返らず、部屋の外へ出ていった。


「⋯⋯さて、いよいよ過去へのタイムスリップです。あの椅子に座ってください」


「⋯⋯はい」


 意を決したようにソラはアクスフィアの中に入っていく。

 顔は緊張で強張り、杖を握る手にも力が入っている。座る動作もぎこちない。

 しかし、目には何か決意のようなものが宿っている。


「ソラ、ごめんなさい」


「エーテル様?」


「貴方1人にこんな重荷を背負わせてしまって⋯⋯本当にごめんなさい」


「⋯⋯気にしないでください、それが私の生まれた理由ですから」


「それに1人ではないぞ」


 突然、ソラとは違う声が聞こえてきた。

 宙を浮遊する本から聞こえてくる。


「儂もおるんじゃ。ソラは任しておけ」


「そうね、貴方がいたわね」


 魔導書グリモア。

 未来を書き記される私の一族の秘宝である。

 彼曰く太古の昔から存在してきており、精霊によって作り出されたという。

 人の言葉を話す魔導書とは、まったく精霊は滅茶苦茶な存在である。

 しかし経験豊富な彼がいれば、ソラも安心であろう。


「それではタイムマシンを起動します。しっかり座っておくように」


「⋯⋯はい」


 ソラの返事を確認し、私はアクスフィアのスイッチを入れる。

 かつては指輪など身につけられる形で、人の魔力によって動作していたアクスフィアが、今では空気中の魔力や魔力のつまった石によって動作するようになった。

 このタイムマシンも人の魔力によらず独立して動くアクスフィアである。

 仲間達と数年かけて知恵を出し合い、ここまで作り上げた。

 独立して動くアクスフィアは今でも希少で、こんなことを考え着くのは自分だけと思っていたが、50年前でも同じようなことを考えていた魔術師はいたらしい。

 その人はきっと天才なのだろう。


 タイムマシンの音が大きくなっていく。

 大丈夫。この日に備えて、何十回とテストをした。きっと上手くいく。

 必ず魔王を倒すため、全てをかけて作ってきたのだ。

 スイッチを押した指にも力がこもる。


「ギャアアアアアアスっ!!」


「っ!?」


 突然、扉が突き破られ、魔物の群れが突入してくる。

 彼らの視線は大きな音をたてる巨大なアクスフィアに注がれる、

 タイムマシン起動まであと数秒。このままでは今までのことが全て水泡と帰してしまう。

 ならばやることは1つだ。


「うああああああああ!」


 近くにあった椅子を持ち上げ、思いっきり魔物の頭を殴りつける。

 火事場の馬鹿力といったやつだろう。木製の椅子が粉々に砕けるほどの威力。

 普段では絶対に出すことはできなかっただろう。

 しかし、巨大な蜥蜴のような魔物は平然としており、ゆっくりとこちらをにらみ返す。

 全く効いていないようだが、興味の矛先がこちらに向いた。

 狙い通りだが、ここまで力の差があると、ちょっと悔しい。


「⋯⋯やっぱり無理ね」


 そう呟いた瞬間、数匹の魔物が私の身体に噛みついてくる。

 肉が引き裂かれ、血が滝のように流れだす。人は痛みが一定のレベルを超えると何も感じなくなるようだ。

 これは助からないなとすぐに分かった。


「⋯⋯!⋯⋯!」


 タイムマシンの中でソラが立ち上がり、何かを叫んでいる。

 発動まで座っていろと伝えたのに、全く話を聞いていない子だと魔物達に体を貪られつつ、ぼんやりと思った。

 でも、これで時間は稼げた。もう何があろうともタイムスリップは止められない。

 あとは任せよう。私達の希望に。


「あとはお願いね⋯⋯ソラ」


 タイムマシンがまばゆい光を放った時、私は意識を手放した。


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 はじめまして。そろもん。と申します。

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