第23話 一歩を、 中編

「ほんとにダメなのかァ!? なァっ、組んでくれぼばっ」


 へばり付いてくる野郎をぶっ飛ばしてギルドにクエスト達成の報告をする。


 毎日十組返り討ちにするのはもはやノルマだ。


 俺たちが通った道には数多の探窟家シーカーの骸が続くようになったので、いつしかこう呼ばれるようになった。


「あっ、ボスじゃないっすか。今日も早いっすね」

「おうっ! ミーシャ様がきったぞー!」

「慣れねえなぁ……」


 受付にまでからかわれるようになっちまった……。


 てか何でボスなんだよ、べつに牛耳ってなんかねえのに。

 確かに骸の山の上には立ってるけどさ。


「貴様のような圧倒的な力を持つボスが必要なのだろう。グランツが引退してしまったからな」

「願望込みってわけか、重いぜ」


 じゃあまだ俺ボスじゃねえじゃん。


「もうちょっとでSSランク昇格なので元気出してくださいよボス〜」

「うぃー」


 適当に流してさっさと受付から離れる。


 相変わらずギルド内は人手ごった返しているけれど、俺たちにとってはいないも同然。

 勧誘や挑戦してくる面倒臭い奴ら以外は手のひらすり合わせながら避けてくれるようになったからだ。


 ここ数日で一気にこうなった。

 環境なんてのはマジできっかけひとつあれば激変するものなのだ。


「はぁ〜、だからなんだよって話だぜ」


 空いたテーブルを囲い、思い思いの席に座る。


「ははっ、楽しくないの?」

「……気持ちいいのは最初だけ。性に合わねえんだ、チヤホヤされんのはさ。それよりよ、何でミーシャは最近杖なんか使ってんだ?」

「二人とも前衛だろ? じゃあ僕は魔法使いになった方がいいかなって思ったんだ」

「まぁ、ありがたいけどよ」


 変わったものは他にもある、ミーシャだ。

 ミーシャがあんなにこだわっていた剣を捨てて魔法使いになったんだ。


 才能ある事は最初から知ってたけど、何でいきなり? って感じだね。

 まぁ、いきなりのシフトチェンジでお荷物になってしまうとか、そんなことは全くないから全然構わないけど……ちょっと残念だ。

 

「……ミーシャの剣、好きだったんだけどな」

「んっ? なんか言ったか?」

「特大の難聴ありがとよ」


 聞こえないように音を捻じ曲げたのが真相だけどな。


 はいた言葉を飲み込むようにして、俺は水のように酒を飲み、頬杖をつく。

 それから石のように固まった。


 理由はない。

 暇だからこうしてる。


「ふむ、私は鍛錬に行ってくるぞ」

「行け行けー」

「僕も……っ、新しい魔法書買ってくる」

「詐欺られんなよ〜」


 二人が去ったので、いよいよ俺はうつ伏せになる。


 うつ伏せになっていると無駄に考えが回る。

 

 何故暇なのか。

 何故。

 

 多分、理由は単純明快だ。

 俺が今リーダーで、パーティーを引っ張る立場にあるからだ。


 以前はククルがガンガン引っ張ってくれたけど、今はそれがない。

 彼女と離れてからは一度も『ウロボロス』に潜らずに、余裕でこなせるクエストや簡単なダンジョンばかり行ってる。


「……ふぁっ!? ククルの野郎が結婚!?!?」

「チケットは俺が買い占めた! 欲しけりゃ買いにこいやァ!!」

「ふざんけんなッ、転売野郎が!!!」

「ぶぁーっか! 本当に欲しいやつに届けてやりてえんだよ!! 俺は!!!」

「くぁーーーーーっ、買うぜ!!」


 そういや今日か、一般向けの招待状発行日。


 つかチケットって何だよ、がっつりビジネスじゃねえか。

 欲しそうな奴──つまり俺に声掛けようとおっかなびっくりしてんじゃねえ、テコでも顔上げてやんねえ。


「──エルって人、いるかしら? 探してるの」

「あー、エル? あそこいるぜ、灰色の」

「……気付かなかったわ。ありがとう」


 ……またかよ。

 また勧誘って、今日何度目だ?


 女だとめんどくせえんだよな。殴って追い返すわけにも行かねえし……。


「久しぶり、相変わらず影薄いのね」

「……今日はもう疲れた。帰ってくれ」

「あら、釣れない態度」


 誰だよ、やたら気安いな。

 うつ伏せ寝たふりは前世から継続して最強の要塞だったはずだぜ?


「女ばかり侍らせてるって聞いてね、私もどうかなって思ったの」

「……そんなら定員オーバーだぜ。四人目の席はねえ。とっとと帰んな」


 この女、あろうことか席に座ってきやがった。


「酷い言い草ね。かつての仲間に対して」

「なかま……?」


 そうか、この声…………そうか。


「いや、俺ぁずっと一人だったぜ」

「そんな事ないわよ。ちゃんと思い出して、あなたが抜けるまでっ、楽しく過ごしてきたじゃない!」

「……」


 

 追い出すまで、だろうが。


 めんどくさ。


 先に宿取っとけばよかった。

 そうすりゃギルドで待つことも無かったぜ。


「ねぇ、聞いてる? エルってば、相変わらず──」

「聞いてるって。俺の耳が良いのは知ってんだろ?」

「え、うん……」

「ラム。何しに、どの面下げて来やがったのか。それをちゃんと教えてくれ」

「……顔は上げないのね」

「……ほっとけ」

 

 声色だけで、どのくらい表情筋が動くのか、どのくらい眉がひくついているのか。


 ああ、脳内再生なんざ余裕だぜ。


「じゃあ、もう一回改めて言うね。私を仲間に入れてくれないかしら? あなたに会うために遥々やって来たの」

「……っ、俺と違って独りってわけじゃねえだろ。そいつら捨てる気か?」

「ぅ、うん。だってエルの方が──」

「強いってか?」

「ぁ、ええ」

「金も、地位もあるしな」

「ほんっと、信じられないけどね」

「……」

「……」


 んだよ、変な沈黙作んなよ。

 気まずいっての。


「……つか、フリッツんとこ行けばいいだろ。変な意地はらずにさ」

「意地?? 何を知ってるの?」

「あ──いや、何でもねえ」


 そっか、喧嘩別れしてるなんて俺が知る由もない話だったな。

 

「そんで? もちろん入れるつもりはねえけど。話は終わりでいいか?」

「えっ、は? なんで?? もしかして誠意が足りない?? ちゃんと頭付けて謝ればいいかしら???」

「っんで、そうなるんだよ……」


 頭痛が痛い。

 頭が痛え。

 過去の俺をどつきてえ。


 笑い話だ。


 でも、かっこいいって……素直に憧れてこいつらに着いてったんだろうなぁ。

 精査できるほど多くを見てこなかったばかりに。


「はぁ……」


 このままだとマジで土下座かましそうだ。

 そろそろアイツらも帰ってくるだろうし、ケリつけよう。


 今となっちゃ、そう……立場は逆転してるんだ。

 ある程度いろいろと経験してきたし、トラウマと対峙したところで大袈裟に震えたりもしない。


「ラム、やめてくれ」


 顔を上げて腰を落としかけていた彼女を制止する。

 見れば、野次馬もすげえ集まってんな。

 ボスとやらが新入りを叱っているおもしれー構図にでも見えてるのだろう。


「……分かってくれたのね!」


 さて、どうしたもんかな。


 このまま一生会わないってのも手だけど……その行為に意味はあんのかって話だ。

 

 やられっぱなし、逃げっぱなしは癪だな。

 だから、


「ああ、同盟を結ぼう」

「同盟?」

「パーティーは組まねえ。金での繋がりが妥協ラインだ」

「……金での、繋がり」


 ラムが復唱し、野次馬からブーイングが上がる。

 そりゃそうだ。

 同盟ってのはパーティー同士の共同戦線──つまりはクラン、みんなが狙っているポジションだ。


 正直なところを言えば、格下のラム達と組むメリットは戦力的には全くと言っていいほど存在しない。

 でも、不本意ながら、ラムには他と違う価値がある。


「はは、距離感じちゃうわね。条件とか……何かあるのかしら?」

「さっすが、勘がいいな。大したことじゃねえ、フリッツの動向を探ってほしいだけだ」

「フリッツの……?」


 って、ヴィーナスは言っていたからな。

 

 べつにククルを救いに行くって決めたわけじゃねえ。

 

 でも、ちょっとだけ……準備くらい、いいだろ。

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