第24話 ※ 一歩を、 後編

「アンタ、エルの昔の仲間か。詳しいことは知らないけど、僕はもうアンタが嫌いだ」


 うず高く積み上げた魔法書をどかっと机に置くと、さっそくラムが噛み付いてきた。

 過去について詳しく話したことあったっけ。

 

 牙の剥き出しっぷりはまさに犬。

 狂犬みてえだ。


「な……っ、失敬ね、男女おとこおんな

「はァ?」

「しかも銀髪って、まさか貴方、魔物の血が入ってるんじゃないでしょうね」

「──っ」


 邂逅一番このザマだ。


 ラムは相変わらず、一言多いな。

 

「憶測で物事を語るのはいただけないな。誤解を生まぬよう、念の為事実を述べておくが、ミーシャの髪色と魔物に因果関係はない」


 ミーシャよりも先に反撃の一手を放ったのはヴィーナスだ。

 訓練上がりで少し声が枯れているけれど、凛とした佇まいと何より──清廉潔白なイメージのある騎士の言葉だからかラムは大人しく引き下がった。


「事実……貴方が言うのなら、そうなのでしょうね」


 事実って何だっけ……?


 それはさておき、少し険悪なムードだけど一応こっちは全員揃ったな。


「こほんっ」


 咳払いをして注意を引く。


「こいつのパーティーと同盟組む──つもりだけど、異論あったら言ってくれ。流石に俺の一存で決めらんねえからな」

「おっけー。バンバン異論言ってくわ」

「承知した」


「えっ、何で?? あなたが決定権持ってるんじゃないの!?」

「はぁ? 自分てめえのバカな脳味噌に仲間の運命預けられっかよ。それよりラムの方こそ、残りのメンバーどうしたよ。これじゃ同盟感ねえよ」

「あ──っ」


 露骨に顔を曇らせるラム。

 何だよ急に。


「ちょっと待っててね〜。連れてくるわ!」


 バタバタとギルドを出ていったラムが連れて来たのは、高そうな鎧を纏った男の戦士二人だった。


「……ラムさん、一人で話つけてくるって言ってたじゃないっすか」

「取って食われそうで、オレ……ちびりそうです」

「〜〜〜ッ、黙りなさい。ほらっ、背筋伸ばして前向いて! 俯かないの!!」


 本人達はコソコソ話してるつもりっぽいけど、会話は全部筒抜けだ。

 

 彼らの力関係も、短い時間で何となく分かった。

 とりあえず男二人は鎧の価値に反してあまり強そうに見えないな。


「ううんっ。はいっ、連れて来たわよ。どうかしら私の新しい仲間は! 強そうでしょ!!」

「……」


 フリッツのが絶対強い……なんて言うのは彼らに失礼か。


には見えるな。まぁ……うん、顔合わせしたかっただけだから腕っ節は関係ないけど」


「そう? 安心したわ」


 第一、SSランクに手をかけている俺たちからすれば、ラムのパーティーは遥か格下。

 強さがどうとか気にしてない事くらい想定できてもいいはずなんだけど……まあいいや。


「それじゃ、本題に──」

「いや、名前は?」

「え……オルガとジース、だけど」

「……そっか、よろしくな」


 仲間二人に挨拶を促すと、ミーシャとヴィーナスは快く名乗り上げてくれた。


 それを見てラムは表情ひとつ変える事なく、さっさと本題とやらを切り出す。


「同盟。つまりクランを組むってことは私にもメリットがあるのよね」

「ああ、もちろん。ラムたちにも当然手を貸したいと思ってる」


 酒をあおり、ミーシャとヴィーナスの表情を見てからラムへ視線を戻す。


「よかったわ。そうね……じゃあ、Sランクダンジョンをキャリーしてほしいかな。まだ実力が足りなくて、ね」

「……今、ランクいくつ?」

「Cランクよ」

「いくら何でも危なくねえか?」

「いいのよ、ほら、二人とも了承済みだし」


 ね、とラムが肩をすくめると両サイドの二人はこくこく頷いた。


 機械的なその仕草には、とても実感が伴っているようには見えない。


「そうか──」

「意義ありっ。アンタ、分かってんのかよ。こりゃ同盟だぞ? 命懸けで守ってもらえる保証なんてないんだぞ」


 危なっかしいラムに対してまたもミーシャが噛み付いた。


 ミーシャも俺とククルにかなりフォローしてもらった経験をしているけど、あの時とは状況が違う。

 元来他パーティーってのは商売敵であり、同盟ってのは単なる利害関係の一致に過ぎないのが一般論だ。

 

 平たく言えば『仲間じゃない奴に仲間の命預けられんのかよ』って話。


 ミーシャの意見はごもっともなんだけど、あいも変わらずラムは譲らない。


「いいわよ、金で雇ってるだけだし、二人の意思なんて関係ないわ。私の命令に従うのが仕事だからね」

「……クソ女って呼んでもいいか?」

「あら、男女さん。これでおあいこね」

「っっ、僕はやっぱりアンタが嫌いだ!」

「青いわね。きっと貴方、いつまでも結婚できないタイプだわ。やっぱり本当に魔物の血が流れてる可能性もあるわね」


「──ッ、それは! ぁあっ、ぶっ飛ばす!!」


「ほら、暴力」


 机の上の魔法書をバラバラと落としてミーシャが机に乗り拳を振り上げる。


 華奢な体で杖まで持っていたミーシャの拳なんて恐るるに足らず、そう思ったのかラムはニヤつくばかりで一歩も引かない。

 実際にミーシャのパンチを喰らったところで大したダメージならないだろうし、そもそも食らいたくなければ金で雇った仲間を割り込ませて盾にすればいい。


 でも、そうはならない。


「歯ぁ食いしばれ!!」


 めき──と肉を打つ音が響き、俺の鼻に衝撃が走る。


 俺が阻止するから、ラムに拳は届かない。


「エル……なんで?」

「あっはははっ、やっぱり私たちの絆は永遠ね──!」


 高笑いするラムと愕然とするミーシャ。

 

 二人とも思い違いをしているな。

 

「何言ってんだ。仲間に嫌な思いをさせた俺に対しての罰に決まってんだろうがよ」

「……なんですって?」


「ああ、同盟やっぱナシって言ってんだよ」

「は、はぁ〜〜〜〜??? 今更何言って──」

「帰った帰った。ほれほれ」


 しっしと手を振るうとラムが顔を真っ赤にさせて詰め寄ってくる。


「おかしいっ、おかしいわよ! 同盟だって、貴方が言ったんでしょ!」

「言ったな、それは悪かった。謝るぜ」

「そっ、それだけ!?」

「それだけじゃダメか? そもそも決定したわけじゃなかっただろ」

「それはっ……そうだけど」

「納得したかよ。楽でいいぜ、三人説得する必要ねえもんな」

「へ?」


 キョトンとしてラムは二人を交互に見る。


「そっ、そうだ! 何か披露しなさい。こいつの気が変わるかもしれないわ!」


 命じられたオルガ──が、すげえ嫌そうな顔して全身に魔力を練り上げる。


「よっ、弱いわね。そんなんじゃ足りないわよ! ほらっ、ジースも!!」


 かくして目の前で茶番が繰り広げられる。

 

 眠くなりそうだし、あとなんかムカついてきたし、ある質問をしてみることにした。


「ジースさん、だっけ? いくらで雇われてんだ?」

「じ、金貨10枚……ぐぬぬぬ」

「いくら欲しい?」

「金貨30枚……だ」

「そっか、ほいよ」


 金貨30枚入った小包みをジースに握らせる。


 すると彼は思わず熱い物を持ったみてえにポンポン跳ねさせながら、しっかりと握りしめた。


「オルガさんは?」

「えっ──へへ、40枚っす」

「はい、どぞ」

「ありがとうございまっす!」


 茶番が止み、後ろでヴィーナスが息を飲んでいるのが分かった。


「んじゃ、ラム。気が済んだなら帰ってくれ。もしかしたら、これから忙しくなるかもしれねえんだ」


 こう言うと、ラムは肩をワナワナと震わせながらまたも詰め寄ってくる。

 今度はナイフまで握ってるな。


「どこまでも私をコケにして──ッ」


 突き出される凶刃。

 あまりにも遅く弱いそれを素手で掴み、握り潰してみせた。


 すると彼女はずるずると引き下がり、


「金も……力も……私より」

「……かもな」

「相変わらず頭を垂れて歩いてるくせして……いいから黙って私と組みなさいよ」


 俺は昔と比べて大きな力と仲間を得た。

 

 言葉……も、失言はあるかもしれないけどそれなりにスラスラ紡げるようになった。

 これは強がりなんかじゃない。


「分かった、ツラの良い女と組めて鼻息荒くしてるんでしょ。良い気になっちゃって。一人じゃ何にもできないくせに」


 ミーシャが拳を握る音がしたので、俺はそっと手を振って制止する。


「どうせ貴方なんか力を得ても何も成せない、何処にも行けないし飛べないわ。私達と一緒よ。そのうち仲間にも見限られて──」


 音は遮断しない。

 全て脳みそに捩じ込んで、ちゃんと咀嚼する。


 そうすると俺の中で何も響かないことが分かった。


 前にフリッツと会った時はあんなに苦しかったのに、意識しちまったのに。


 多分きっと、いつの間にか吹っ切れたんだ。


 俺はクルリと背を向けてミーシャとヴィーナスと共に出入り口に向かう。


 野次馬は親切に道を開けてくれた。


「──っ、待ちなさい! 逃げる気??」

「……いや、言いたいこと終わったっぽかったから移動するだけだけど?」

「はっ、嘘はよくないわね。プライドが無いのかしら!?」

「嘘じゃねえって。それにプライドも……んなもん、とっくの昔に死んでるなぁ」


 逃げることの何が悪いんだ? 

 逃げる選択肢すら取れなかった過去とは違う。


 俺は自らの意志で、自らの足でそれを選択できるようになったんだ。


 つか、そもそも。


 これが逃走判定になるのなら、何でお前はそんなに泣きそう声をしてるんだ?


「お願いだから──っ、これ以上。私から離れないでよぅ──! 金、金なら言い値で出すわ!! 私のステー、仲間になってってばァ!!」

「……」


 胸がキリリと痛むけど、それでも歩みは止めない。


「いいのか? あいつ置いてっても、なんか凄い剣幕だぞ」

「……ミーシャはラムと仲良くできんのか?」

「絶対嫌だね。今でもぶん殴ってやりたいよ」

「そっか、ならいいじゃねえか」


 ミーシャがバカにされたことに対してはちょっとムカついてるんだ。


 だからちょっとくらい、ちょっとくらい仕返しされても文句はねえよな。

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