雪だるま片手に北極圏を目指す

作島者将

雪だるま片手に北極圏を目指す

冬は好きだ。涼しくて、気持ちがいい。

僕は何年か前の、あの冒険を一生忘れない。


その日はつくばでは珍しいホワイトクリスマスの日だった。


僕は幼馴染の冬芽(ふゆめ)と一緒に雪で遊んでいた。


「亮一!隙あり!」

バサッ

「やったな~!」


クリスマスに雪遊びをするのは生まれて初めての出来事だった。


「はー!遊んだ遊んだ!」

「久しぶりに疲れたよ。」

「まさか私達高1になっても雪ではしゃぐなんてね。」

「冬芽は相変わらず子供みたいだったな。」

「何を~!亮一だって!」


僕たちは雪が積もり、車も走らない静かなクリスマスの芝生畑の上で時間も忘れて子供のように遊んだ。


「亮一は何になりたいの?」

「僕は...冒険家になってみたい。」

「ハハッ相変わらず子供だねぇ~!」

「な!べ、別にいいだろ!そういう冬芽は何になりたいんだよ!」

「恥ずかしいな...」

「まさか、お前も子供な夢、持ってんじゃないのか?」


僕は煽り口調でそう言った。


「亮一ほどじゃないよ!」

「へー!じゃあ、言ってみろよ。」

「亮一の、嫁になりたい。」


僕にとってそれが初めてのプロポーズだった。


「え?は?」

「なってもいい?」

「いいに、決まってんだろ!」

「ありがとう。これからもよろしくね。」

バリーン、ガシャァァァン!...


しかし、喜ぶ間もくれず冬芽は雪道でブレーキが利かなくなった車に潰されて死んでしまった。


「おい、噓だろ...冬芽、冬芽!」


僕は急いで救急車と警察を呼び、その場で何もできず泣き叫ぶばかりだった。


冬芽の体は原型をとどめておらず、唯一残った頭だけが安らかに目を閉じて死んでいた。


「残念ですが、雪端冬芽さんは...」

「僕のせいだ...あの時、僕が誘わなければ...」

「この事故はあなたは何も悪くありません。」

「僕のせいだ、僕のせいだ、僕のせいだ...」

「佐薙様、あなたはまず、心を休めてください。」


僕は立ち直る事ができなかった。

好きな人がぐしゃぐしゃにされてすぐに立ち直れる人間がどこにいるだろうか...


それからは楽しかったはずの冬休みも楽しくなくなり、何もかもが嫌になっていた。


芝生畑に冬芽が残した雪だるまが僕の悲しみをかきたてる。


いつまで経ってもこの雪だるまは僕を慰めるようにそこに立っていた。


その時、


「亮一!」


雪だるまの木の腕が勝手に動き、冬芽の声で喋りだした。


「冬芽!?冬芽なのか!?」

「そうだよ。」


何故か冬芽は雪だるまになっていた。


「どうして雪だるまに!?」

「分からない、分からないけどなんか亮一に会いたいと思って気付いたら雪だるまに憑依しちゃってた!」

「生きてるのか!?」

「うん。そうみたい。」


なぜかその時、僕は安心していた。

好きな人の姿は見えないけど雪だるまとして生きていたからである。


僕はそれからというもの、冬芽に毎日会いに行った。


しかし、ずっと降っていた雪がやみ、久しぶりに晴れた日の事...


「冬芽、冬芽!」


冬芽が溶け始めていた。


僕は急いで家に持ち帰り、かき氷を作って冬芽の形を元に戻し、保冷バッグに大量の保冷剤ごと冬芽を入れた。


「ありがとう。ごめんね。」

「大丈夫かい?」

「うん、おかげさまで。」


その時、何を思ったのか僕は冬芽が入った箱を持って家を出た。


「亮一!?何をしてるの!?」

「ここじゃ冬芽は溶けてしまう!」

「でも、それでいいの。雪だるまである限り、雪が溶けたらそこで生涯を終えることになってる。」

「じゃあ、永遠に雪が溶けない場所に行こう!」

「そんな無茶な!」


今思えば中々イカれてると思う。しかし、それ以上に冬芽には死んでほしくなかった。


そこで僕は漁師をしている叔父に電話をかけ、船を出してもらえるか聞いた。


「もしもし亮平叔父ちゃん!」

「お!亮一か!どうしたんだ?」

「明後日ぐらいから船出せる?」

「出せるげど、どうしでだ?」

「グリーンランドまで連れて行かないといけない人がいるんだ。」

「グリーンランド!?一体誰をそんなところまで!?」

「詳しいことはあさって話す。」

「お前、まさが人殺しでねえよな!?」

「殺してないよ!」

「分かった。すぐに準備すっからな!」


僕は明後日までに大洗へ行くことにした。

そして僕は自転車の荷台に保冷ケースを括り付け、ありったけのお金と荷物を持ち、家族に手紙を置いて走り出した。

その日は道中の無料のキャンプ場で夜を明かした。


「大丈夫?酔ってない?」

「大丈夫だよ!」


人間の時はあれだけ車酔いが酷かった冬芽が雪だるまになったとたん車酔いを起こさなくなった。


「それよりお腹すいたな...」

「待って、雪だるまって何食べるの!?」


雪だるまは車酔いは起こさないけど普通にお腹はすくらしい。


「はい、とりあえず近くのコンビニで氷買ってきた。」

「ごめん、それ今歯がないから食べれない。」

「あ、そうだった。」

「細かく砕いてくれる?」

「分かった。」


雪だるまは大変だな...

そう思いながら僕と冬芽は眠りについた。


翌日


「おはよー...亮一。」

「お、おはよう」


僕は寝起きの無防備な冬芽を見て、少し、ドキドキした。

姿はもう人じゃないのに、雪だるまなのに、中身は昔から1ミリも変わっていない冬芽を見ると、心臓が締め付けられるように痛くなる。


「はい、朝ごはん。」

「おいしー!」


ご飯を食べてる冬芽を見ると安心する。

何故ならちゃんと冬芽は生きていて、そこにいるからだ。


「私、前まで氷がこんなに美味しいものだとは思わなかったけど、雪だるまになってからはすごくおいしく感じる!」

「そうなのか?」

「そうなのだ!」


朝ご飯を食べ終わり、僕はまた自転車を走らせる。

ママチャリでここまで遠い場所に来るのは初めてだ。

そして気が付いたらもう暗くなっており、大洗まであと少しというところまで来た。


「今日はここで夜を明かすとしよう。」


僕は海岸にやって来た。

そこで軽くコンビニ弁当を食べ、冬芽に砕いた氷をあげて寝た。

そして出航の日の朝を迎えた。


「よし、あと少し走れば!」

「亮一!がんばれ!」

「ありがとう!」


そして朝5時35分、大洗の漁港にたどり着いた。


「亮平叔父ちゃん!」

「おー!亮一!」

「あれ?もう1人いるって言ってながったが?」

「あー、この人だよ。」


僕は保冷バッグを開けた


「初めまして!」

「雪だるまが喋った!?」

「この人は覚えてるかわからないけど冬芽だよ。」

「その子はこの前交通事故で死んだって言ってながったが!?」

「魂だけになって雪だるまに憑依したんだよ。」

「そうたごどあるんだな!」

「疑わないの?」

「亮一の言ったごど、誰が疑うものが!」

「叔父ちゃん...」

「さあさあ!早く船さ乗っかれ!出航すっと!」

「はーい!」


僕たちは叔父ちゃんの船に乗った。


「亮一は変わってないね。」

「は?どういうことだよ。」

「昔から人のために全力で行動に出る。優しい亮一が私は大好きだよ。」

「っ...お前だって、いい所も悪いところも変わってねえけどな!」

「フフフ、嬉しい。」

「2人とも熱々だな!」

「叔父ちゃん運転してたんじゃないの!?」

「自動操縦に切り替えだ。俺の船はハイテクだがらな!」

「そんな機能があるんですね!」

「最新の漁船だがらな!」


それから1週間がたった。


「見えでぎだぞ!あれがグリーンランドだ!」


水平線からグリーンランドがこちらに挨拶する。


「到着だ!」

「ありがとうございました!」

「あぁ!冬芽ちゃん、元気でな!」

「はい!」

「じゃあ、叔父ちゃん!行ってきます。」

「おう!行って来い!」


叔父ちゃんに見送られ、僕たちはグリーンランドの大地を踏みしめた。


「本当にここまで来て良かったの?」

「うん。もちろん。」

「寒くない?」

「叔父ちゃんからコートを貸してもらった。」


船の上では、七輪で焼いた焼き魚を食べてたおかげでだいぶ食料の消費を抑えられた。


この日は運よく晴れで、冬芽を持ちながら歩く僕にとって最高の日だった。気温は-3,9℃、雪だるまの冬芽にとっても最高の気候だろう。


「冬芽、外出て大丈夫だよ!」

「わーい!」


冬芽を氷の大地に置くとぴょこぴょこ跳ねて子供みたいだった。(可愛い)


僕たちは歩き続けた。1年中、雪が解けない氷山を目指して。


そしてこの季節の北極圏は極夜であった。つまり日が昇らず、ずっと夜の北極圏で家から持ってきた方位磁針を頼りに突き進む。


途中、エスキモーに話しかけられて何言ってるか分からなかったが、ジャスチャーで何とかなった。


そして、冬芽と別れる時間がだんだん近付いていく。


「グリーンランドの最北端まであと少しだ。」

「ついちゃったら、亮一ともお別れか...」

「でも、大丈夫、別れてもきっとまた会える。」

「そうだね!うん...そうなんだけど...」

「ほら、元気出して、また明日も歩くんだよ!」

「でも、亮一と離れ離れになるのは嫌だよぉ!」


冬芽が泣き始めてしまった。


「な、泣くなよ!僕まで悲しくなんだろ!」

「で、でもぉ!」

「冬芽!元気出せ!僕たちはこの大空の下でつながってんだ!どこにいても関係ない!僕がお前を忘れることはないし、お前も僕を忘れないでいればいい話だ!」

「何かっこつけてんのよ!ダサいよ!」

「なんだとぉ!」


僕たちは気付いたら雪合戦をしていた。

すると自然に涙は笑顔に変化していた。


「はぁ、はぁ、こんなに動いたの久しぶり!」

「ほんとだよな。1か月ぐらいぶりか?」

「なんか、悩んでたのがばかばかしくなった!」

「だろ?僕たちの心はいつまでも一緒だ。たとえどれだけ離れてても。」

「そうだね。さ、明日に備えて寝よっか!」

「おやすみ、冬芽。」

「おやすみ、亮一。」


僕たちのこの選択は間違いだったのかもしれない。

でも、僕は僕なりにこの選択を正しいと思ってる。

もう後戻りはできない。ここまで来たらグリーンランドの最北端まで歩くしかない。何故ならこの選択をしたのは僕だから。


1週間後


「見えた。」


長い間歩き続けた結果、ついに最北端へたどり着いた。


「冬芽!ついについたんだ!」

「やったね!亮一!」

「うん、やった...」


達成感、優越感、歓喜、これらのプラスの感情が僕たちを笑顔にした。しかし、それらの感情とともに今度は別れの寂しさ、悲しみが押し寄せてきた。


「それじゃあ、亮一、ここでお別れだね。ありがとう。」

「うん、あ、あり、あ...」

「亮一、ほっぺ出して。」

「?...こう?」

「大好きだよ。」


その瞬間、雪だるまから冬芽の魂の本体が現れ、僕の頬にキスをして雪だるまに戻っていった。


「え?」

「じゃあね!お互いにそれぞれの世界で頑張ろう!」

「...おう!じゃあ、対決だ!」

「えー?対決?なんで?」

「暗い気持ちで生きていくよりも対決しながら明るく生きていったほうがいいに決まってる!」

「亮一のくせにいいこと考えるじゃない!」

「ルールは簡単!どっちが先に幸せを手にするか勝負だ!」

「望むところよ!」


僕たちは声を合わせてこう言った。


「よーい!」

「「スタート!」」


掛け声と同時にそれぞれの方向へ走っていく。


「絶対に勝ってやる!この勝負に!」


そう自分に言い聞かせ、目から溢れる涙をぬぐいながら逃げるように僕は走った。


冬は好きだ。涼しくて、気持ちがいい。

僕は何年か前の、この冒険を一生忘れない。


終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪だるま片手に北極圏を目指す 作島者将 @saku-1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ