第7話 触手な友人 その壱

 矢野原と言う男はヤバい。

 宇宙人だから当然人間枠からはみ出てるのは仕方ないとしても、そういうヤバさじゃなくて……何と言うかヤバい。

「あーっ! もう! 語彙が無くてイライラする!」

 会話の途中でもどかしくなって思わずヒスった俺を鋼が宥める。

「結は矢野原がお気に入りだなぁ」

 しかし、こいつも宇宙人、宥め方がどこかすっとぼけている。

「矢野原が気に入ってるんじゃない。あいつから目が離せないくらい、あいつがおかしいっての! 俺から情報が漏れるとか危惧する前にあいつを何とかする方が先なんじゃないの?」

「そうかなぁ。あいつは昔からあんなだしなぁ」

 イマイチ俺の気持ちの伝わっていない鋼は呑気にそうつぶやくと、ティーカップを口に運んだ。

 俺と付き合い始めてから俺のバイト先のカフェにもよく姿を見せるようになった鋼は、人の少ない時間に来てはこうしてカウンターに座って俺と話をしている。

 矢野原もよくこの店に来て、俺と話している。

「最初は俺より矢野原との方が仲良かったよね?」

「違う。あれは仲良かったんじゃない。矢野原が俺に付きまとってたの」

「でも、にこにこして相手にしてたじゃないか。ここで二人が一緒に居るのを見つけた時は焦ったよ」

「鋼……」

 少し拗ねたように言う鋼がかわいくて胸がキュンキュンするが、今の話題はそこじゃ無い。

「あの時は少しでも鋼につながる情報が欲しくて矢野原に愛想振り撒いてたんだよ。そうじゃなかったらあんな得体の知れない……」

「得体が知れなくて悪かったね」

 不意に声が割り込む。

 ドアが開いた気配もなかった。

「矢野原」

 鋼は何事もない顔で店に来た友人を迎えるが、俺にはこの男が最近不気味で堪らない。

「こんにちは。結」

 矢野原が当たり前のように鋼の隣に座り、ものすごく綺麗な顔でにっこりとほほ笑む。

 その上品な仕草と綺麗な笑顔に騙されそうになるが、俺はぶるっと頭を振ってその魅了を振り払った。

「いらっしゃいませ」

 俺は胡散臭そうな素振りを隠しもせずに矢野原の前に水とおしぼりを置く。

「鋼もすっかり常連だよね」

 矢野原はそんな俺の顔を見ても知らんぷりで鋼が食べてるランチプレートなんかを見てる。

「今日はこのランチプレートと何があるの?」

「パスタとBLTサンド。パスタはカルボナーラか高菜と納豆の和風」

「納豆! ランチに納豆出すとは勇気ある選択だね」

「納豆は消化も良くて疲れた内臓にも効果があるからランチとしては理想的なの。うちは生姜で匂いも消してるし、嫌なら食べないでいいよ」

「ではそこまで言うなら和風パスタで。酷かったら残すからな」

「どうぞ。全部食べたらお代は倍にするから」

 軽口で応答しあった後、俺はキッチンにオーダーを伝えに行く。

 その間も矢野原は隣の鋼と何か話している。

 何を話しているのかは気になったが、多分大したことない世間話。

 あの二人が真剣に内緒話をしようと思ったら目の前に居ても俺は知ることはできないだろうから。

 矢野原から鋼に興味はないとはっきり聞かされていても、それでも気にならないと言えば嘘になる。

 浮気とかそういうのよりももっと矢野原には裏があるような気がしてならない。

 俺は一度矢野原に敵意をむき出しに脅されたことがある。あの時見た彼の中にあるぞくっとする何かがどうにも頭にこびりついて離れない。

 身長は俺と同じくらい、背格好で言ったらやや矢野原の方が細い分小柄に感じる。髪の色は淡い栗色、ロシア系ハーフのような儚げな美貌の主で、本人も美貌を十分に自覚していて表情や仕草は完ぺきだ。

 俺はそれが彼らのかぶっている見せかけの姿だと知っているけど、それでも気を抜いていたらその笑顔に魅了されてしまいそうになる。

 今も店に居る女性客のみならず男性客からも熱い視線を集めている。

 彼がランチに通ってくるようになって、時々彼目当てかと思うような客もいる。

 そして矢野原はそれを十分知った上で愛想よく微笑みを振りまいている。

「矢野原さんってめちゃくちゃ美形ですよねぇ」

 キッチンに入っている調理担当の女の子がカウンター越しに客席を覗いてうっとりと言う。

「モデルでもあんな綺麗な人いませんよ」

「そうだね。すごい美形だけど……」

「あれ? 結さんの好みではないんですか?」

 少しからかう様に笑う彼女は勤めも長く俺の性癖も知っている。

「あんなに綺麗だと逆に怖くない?」

 俺は冗談めかして言ってみる。すると彼女は以外にも同意してきた。

「そうですね。綺麗過ぎて人間味が少し薄いのは怖いかも」

 いいところついてるよ。俺は内心そう思いながら、彼女に伝票を渡して鋼たちが座っているカウンターの中へ戻った。


「俺と矢野原の関係?」

 夜。仕事が終わって俺の部屋にやってきた鋼に思い切って切り出してみた。

「浮気とかを疑ってるわけじゃないよ? 仲がいいのは見ててわかるんだけど、幼馴染とか……付き合い長いのかなとか」

「ああ。そうだな……彼はこの地区に住んでるし年代的にも近いから付き合いは長いね。彼の父親は多分俺の父親と近い分裂のはずだから人間で言うと親戚にあたる感じかな。従兄弟とか」

「宇宙人の従兄弟……」

 なかなかシュールな感じだが、意味合い的にはそうなのかも。

 彼らはさすがにかなり昔から地球に居るらしく戸籍などもちゃんと持っていて人間としての社会的立場を持っている。元々は人間的な性別のない彼らだが、分裂して個体意思を有し始めるあたりでジェンダー教育を受けて人間の皮に合わせた性別を持つ。それを決めるのは親になる分裂元で、息子欲しい! と思ったら分裂した後、男性としてジェンダー教育をされて男に育つ。後天的教育で性別付けがされているらしい。

 父親というのもそういう意味合いで戸籍上人間の女性と結婚している鋼の分裂元のことで、今度挨拶に行こうと言われているんだが、俺はまだもうちょっと慣れてからにしてほしいと断っている。

 だって、息子が欲しくて男の子を作ったのに、嫁じゃなくて男連れてくるとか親としたらがっかりなんじゃないの?

 そんなことないよと鋼は言うものの、話に聞くジェンダー教育は結構強く根付く物らしく、今までの鋼の恋人はみんな女性だったという話も聞いているのでなかなか肯けないでいる。

 人間だってゲイもバイもいるんだから宇宙人の俺だってあり得るでしょ。そう言って笑える鋼に心配はないんだけど、でもやっぱりそんなに人に大っぴらに言える物でもないと思うから悩ましい。

「あ、そうだ。あと、思い出したけど、矢野原は性別が無いんだよ」

「それは鋼だって無性別だろ」

「そうじゃなくて、彼の父親は変わった人で矢野原の戸籍を申請するときに男性性を選択したのにジェンダー教育はしなかったんだ」

「え?」

「美しい物が一番で、それには女性も男性もなくどちらも素晴らしいところを取り込めばいいというのが教育方針だとかで、俺が初めて会った時の矢野原は髪が長くて女性の服を着てたよ」

 またさらにシュールな話だな。なにそのおネェの英才教育みたいな。

「今、男っぽいのも綺麗な男が世に流行ってるからで、流行が女性美重視になれば女っぽくなるんじゃないかな?」

 まったくもってフリーダムだなお前ら! と言いそうになるのをぐっとこらえて曖昧に笑って流した。

「どうしてそんなに矢野原が気になるの?」

「ん?」

「この間から結構その話題だよね……?」

 胡散臭い矢野原を胡散臭がるあまり話題が増えたことが、鋼には別方面で胡散臭くなってきたらしい。

「別に、矢野原は気になるけど、鋼が気にするような『気になる』じゃないよ?」

 俺は拗ねてる気配を隠しもしない可愛い恋人の隣に座ってその肩に頭を預ける。

 確かに二人の貴重な時間を矢野原に割くのはもったいない。

 でも何だか気になる。

 しかし、本格的に拗ねそうになっている鋼を可愛がる方が重要課題なので、俺は俺の腰を抱き寄せてくる鋼の触手に指を絡めてもちあげると、そのつややかな光沢にそっと唇を落としてやきもち焼きな恋人に愛を告げることにした。


 宇宙人と言うのは結構面倒くさい。

 俺が何とか拗ねた恋人の機嫌を取ろうと甘い声でその名を囁いている最中に、宇宙人の恋人はどうやら緊急要請を受信したらしい。

 受信てなんだよ! 電波かよ! と思わなくもなかったが、何を言っても鋼は宇宙人だし、宇宙人には宇宙人の都合があるのでそこは人間の俺は理解を示すべきだと思っている。良い嫁キャンペーン中だしね。

「矢野原が呼び出してくるなんて珍しい……」

 矢野原の電波かよ! と喚き散らかさないのも良い嫁キャンペーン。

 第一、鋼には同じように矢野原に助けてもらった過去もあるからそれを無視はできない。

「俺も行った方が良いかな?」

 特殊な事例でなければ何か手伝えるかもしれない。

 しかし、鋼は一瞬考えてから首を横に振った。

「結に聞こえなかったなら、ここで待ってた方が良い」

「え? 俺にも聞こえるの?」

「必要があれば聞こえるよ。結は俺を受け入れてるんだし」

 それって、俺も電波受信できちゃうような宇宙人体質になってるってこと?

 さらっと重大なことを言われたような気がするが、鋼は着替えると慌ただしく俺の部屋を出て行った。

「俺も変わっちゃったよなぁ……」

 鋼の出て行ったドアをぼんやりと見つめたまま呟く。

 このドアを挟んでドアスコープの向こうに鋼を見てからまだ3カ月ほどしかたっていない。

 怖さとそれに反する気持ちに葛藤しながらドアを開けたのを思い出す。


 ピンポーン……


 ぼんやりドアを見ていると不意にインターフォンがなった。

 まるであの時のようで一瞬ギクッと身体が強張る。

 ただこのドアの向こうに居るのは鋼と同じように足音を立てずにここまで近づけて、鋼のように合い鍵を持っていない誰かだ。

 でもなんだかそわそわする。人じゃないでも近しい物がそこに居る気配を感じる。

 これがもしかして鋼の言ってた電波なのか……?

「誰?」

 声をかけると予想通りの声が返ってきた。

「僕だけど、開けてくれる?」

 ドアの向こうに居るのは矢野原だった。



―― 続

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