第5話 閑話休題

「俺、最初は矢野原が鋼の彼氏で浮気に怒って殺しに来たんだと思ったんだよね」

 俺の言葉を聞くなり矢野原はコーヒーを噴出した。

 そりゃ漫画みたいにぶーっと見事に。

「やっ、止めてくれ! 僕が! 鋼と! 信じられない!」

 俺はカウンターの中から腕を伸ばしてダスターで飛び散ったコーヒーを拭く。

 矢野原と俺は鋼を受け入れた時に和解している。

 なので、俺は彼と店で会えばこうして普通に会話したりもするのだが、矢野原も監視のためにくっついてきた実家のカフェが甚く気に入ったようで、こうしてよく店に来るようになった。俺が店に居なくても来てランチを食ったりコーヒー飲んだりしているらしい。

「だって、矢野原は俺が鋼に会いたがってるのを阻止しようとしてたし、いきなりゲイなのか? とか言い出したりして、あ、これ絶対正妻が浮気相手とっちめに来てるパターンだって思うだろ」

「思わないよ! 眼が腐ってんじゃないの!?」

「矢野原の?」

「違う! お前の!」

 矢野原は珍しく物凄く嫌そうな顔をして言った。

 淡い栗色の髪に白い肌の妖精のような美青年風な矢野原は、自分の顔がどういう表情でいたら綺麗に見えるのかを熟知していて、めったにその表情を崩すことはない。大抵は出会ったころにぺったんこだと思っていた薄い笑顔か少し物憂げな顔が多い。

「僕が鋼となんて考えるのもおぞましい!」

「そこまで否定するほどの事かよ?」

「結はわかってないな」

 そう言って、ちらっと店内を見回し他に人がいないのを確認する。

 俺だって俺と矢野原以外居ないからこんな話をしてるわけで。

「俺たちは同種族同士で番にはならないんだ」

「え?」

「鋼から説明されただろ? 俺たちは細胞集合体だって」

「それは聞いてるけど」

「俺たちは地球の生命とは違う軸の生命体で、繁殖も個体で行われる。番ができる必要はないんだ。むしろ同族同士で番うということはただの結合で、どちらかの意識がなくなるだけの……そうだな、殺し合いみたいなもんだ。どっちかが消える」

「なにそれ」

 宇宙人は相変わらず斜め上を行く存在だ。

 同種族で番うと合体して消えるってなんだ?

「俺たちのずーっと祖先にあたるものは一個の細胞で、それが分裂を繰り返し俺たち全員ができた」

 斜め上が俺の限界をいきなり超えてきた。

「待って。単体繁殖はわかる。地球にも雌雄同体とかいる。細胞分裂もわかる。俺の細胞もしてる。……で、いきなり俺たち全員ってなに!?」

「あー……例えば、俺が子供が欲しいとする。人間なら番になって交尾して出産だ。でも俺は二つに分かれて、意思の並列化を拒否すれば、それはもう俺の意思の支配から分離した新しい個体になる」

「マジか……」

「そうやって分裂して俺たちは個体を増やした。鋼と俺はずーっと過去を辿れば同じ個体から分裂していることになる」

「え、待って、この間、鋼が俺の親父って紹介してくれた人って……」

「ああ、鋼はあの個体から分裂した」

「母親の方は!?」

「あの人は同族じゃない。結と同じ地球人だ」

「……単体繁殖なのに結婚はするんだ」

「人間は繁殖のためだけに結婚するのか?」

「いや、いろいろ理由はあるけどさ、何と言うかメインはそのあたりじゃないの?」

 俺はゲイだから繁殖しない。結婚も鋼と約束した。でも、俺たちのすむ国の法律的には認められている物じゃない。色々特殊なんで、考えることを放棄して、ずっと一緒に居る約束程度に考えていた。

「まあ、人間でもそういうのはあるか」

「それに俺たちは単体で繁殖するが、単体で生きていけるわけでもない」

「どういうこと?」

「面白いデータがあって、僕のようにシングルの個体と鋼のように番のいる相手では寿命の長さが違うんだ。シングルの寿命は極端に短い。多分、半分くらいしかない」

「そんな……」

「だから、僕はキミが鋼を受け入れるって決めた時に和解したんだよ。鋼が生きるためにはキミが絶対的に必要な存在になったから」

「そういう事だったんだ……」

 迂闊に仲間に近づこうとしただけで俺を殺す勢いで仲間を守ろうとした矢野原が、鋼を受け入れた時に俺を許したのか少しわかった。

 そんなことを考えていると、矢野原は急にニヤリと分かりやすく悪巧みでもしているような顔で笑った。

「それがどうしてだか分かる?」

「え?」

「番う相手がいる方が長生きする理由」

 それはやっぱり寂しくちゃ生きていけないとか精神的な理由じゃないのか?

 いやでも宇宙人の事だからまた斜め上なんじゃないだろうか?

 それでも俺はとりあえず一番そうだったらいいなと思う理由を言ってみた。

「精神的な支えが生命力を増す……とか?」

「ハズレ。答えは相手を食べるから」

 斜め上過ぎて話について行けない。限界超えてるってすでに思ってたけど、まだ上があった。

「た、食べるの?」

「そう。俺たちの細胞を受け入れて俺たちに近しい物になった人間の表皮を食べるんだ」

 なにそのファンタジーなんだかリアルなんだか良くわからない理由。

「俺たちは地球上で生存して行く上で必要な栄養素の一部を自分達の細胞で生成できないんだ。分裂したばかりの頃は、分裂元から与えられた栄養素を消費して生きていられるけど、それが無くなったら消滅してしまう。だから、分裂元から与えられた栄養素が完全に失われる40歳くらいまでに人間の相手を作らないと死んでしまうんだ」

「え! じゃあ、恋人ができないと、その辺の人間捕まえて食ったりするの!?」

「恋人程度じゃ食べれないよ。結は鋼とアレしたよね?」

 矢野原の言うアレとは多分鋼を受け入れるためにしたことだと思う。

 実は俺は鋼を受け入れるために鋼の一部を体に受け入れている。ぶっちゃけ、鋼が切り落とした触手の先を食べさせられたのだ。

「あれで、結は鋼の情報と細胞を取り込んで鋼が食べられる体に変化したんだ。それに食べると言っても表皮の極めて表面のみだから、食べられたところでお風呂入って垢が落ちたようなものだし。普段の延長上で人間側に大きな問題はない」

「マジか……」

「でも、鋼はキミを食べるつもりはないみたいだけどね」

「ええっ!」

 さらりと怖い事を言う。

 確かに食われるのは怖いしびっくりしたけど、それじゃ結婚した意味と言うか受け入れた意味ないじゃん!

「だってセックスもまだなんでしょ?」

「あ、いや、ま、その、まだ……だけど……」

 鋼を受け入れてほしいと言われて、彼の一部を飲みこんで受け入れてから、鋼は俺に恐る恐る触れたり軽いスキンシップはするもののそれ以上の行為は一切していなかった。

「つか、なんでそんなことわかるんだよ!?」

「匂いでわかるよ。結は鋼と交わってない。結の中に鋼の細胞がいるのはわかるけどセックスしたり食べたりすればもっと交わりが深くなるから、そうなれば匂いですぐにわかる」

 そうだった、こいつらは匂いで個体識別しているんだった。

「鋼は責任感が強い個体だから、キミを巻き込んだ償いの気持ちで融合したのかもしれないね」

 矢野原はそう言うと、言葉も出ずに固まっている俺を見て、再び意地の悪い顔で笑った。



「どういう事か説明してもらおうか?」

 俺は仕事が終わるなり店を飛び出し、恋人の家に駆けこむと恋人を呼びつけた。

「え? なに?」

 事情が全く呑み込めずに、俺に言われるがままに目の前に正座している鋼はきょとんとした顔で俺を見ている。

「どうして俺のこと食べないの!?」

「は、あ? え? いきなり何?」

「だから、鋼は俺を食べないと寿命が延びないんでしょ!? なのにどうして俺を食べないのかって言うの!」

 責任感が強い個体だからと言った時の矢野原の意地の悪い顔がチラチラ脳裏に浮かぶ。あいつの言うことを100%言葉通りに受け取ってるわけじゃないけど、それでも付き合い始めて1ヶ月も経つのに知らなかったことは結構ショックだった。

 もちろんその裏にはいまだにセックスしてないことも含まれる。

 鋼を受け入れた時に俺はちゃんと自分の気持ちを伝えた。セックスを含めそのつもりが十分あるから鋼を受け入れたつもりだった。

 なのに!

「……矢野原に聞いたの?」

 鋼は苦い顔でため息をつく。

 それがますます俺の気持ちを締め付けるとも知らずに。

 なんだよその顔! 俺とセックスしたくないから、矢野原に余計なこと吹きこまれたとか思ってのかよ!

 俺は正座で座る鋼の前で仁王立ちのまま、怒りで手が震えはじめるのをぎゅっと握って堪えた。

 怒りだけじゃない。

 悲しい。

 鋼と俺は同じ気持ちじゃ無かったってことが悲しい。

「結、落ち着いて」

 俺の顔を見て、鋼はゆっくりと立ち上がると両手で俺の頬を包んだ。

「説明しなかったのは悪かった。そんなに急いで慌てるようなことではないから、きちんともっと落ち着いてから話そうと思っていたんだ」

 俺の頬を包む手以外にも、静かに触手が俺の方へ延びて来て、そっと俺の体に巻きつきはじめる。

「気持ちは確かめたけど、俺たちはまだ付き合い始めたばっかりで……その……あまりこういうことを急ぐのもはしたないかと思って……」

 ん?

 んん?

 なに言い始めたこの人?

「もっとデートしたり、お互いをよく知ったうえで……」

 あ、そういうこと?

 俺は巻きついている触手をぐっと掻き分けて腕を伸ばすと鋼にぎゅうっと抱きついた。

「結っ!? ちょ、ちょっと!」

 鋼が焦った声で制止しようとしたが構うもんか。

「俺は今すぐにも鋼が欲しい」

 俺の言葉に、今度は鋼が固まった。

「俺はだから鋼を受け入れたんだよ」

 固まったままの鋼にそっと唇を合わせる。

「好きだ……鋼」

 誤解が無いように気持ちも名前もちゃんと言った。

「ゆ……」

「ん?」

「結……は……」

 ところがこいつは本当にどこまで行っても宇宙人だった。

 俺の想像の遥か斜め上をぶちかましてくる。

「俺の身体が目当てだったのか!?」

「!!!!」


 アホかーーーーーっ!!

 俺の絶叫が夜の闇を引き裂いても、俺と鋼の夜はいまだ始まる気配すら感じさせないのであった。



―― 閑話休題

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