第4話 触手な彼氏と出会い編 その参

 マンションの廊下の薄暗い明かりの中に鋼はポツンと立っていた。

 今はノックの音もやんでいる。逆光で表情は良くわからないが鋼は酷く所在なさげな様子で立ち尽くしている。

 俺はドアスコープからその様子を覗くまま動けなくなっている。

 怖さと何かそれに反するもので頭の中が混乱している。

 ドアノブを握る手が再び震えはじめる。

 怖い。開けたくない。そこに居る。開けたい。

 何をしに来たのかもわからないけど、この人は矢野原とは違うと信じたい気持ちが逸る。でもそれと同時にまだひりつく喉とあの得体の知れない恐怖が俺の身体を震わせている。

 しばらくの間、二人してじっとドアを挟んだまま立ちつくしていたが、ふいに鋼が顔をあげた。

 その表情にぎゅうっと胸を掴まれる。

 泣きそうな顔。

 俺よりも背が高くて、ガタイも良くて、もしかしたら人間じゃなくて、矢野原なんかよりよっぽど強そうな鋼の……。

 鋼はもう一度ドアをノックしようとして、ドアに触れる手前で躊躇い、ぎゅっと手を握り締めるとそのまま下した。

 そして、ゆっくりと踵を返し立ち去ろうとした。

「待って!」

 俺はもう躊躇うことなくドアを開いた。

 ここで逃したら多分もう二度と会えなくなると直感した。

「っ?」

 鋼は俺の声に足を止めて振り向いたが、そのまま俺の顔を見つめているだけで動かない。

 俺は何か声をかけなくちゃと思うんだけど、喉がつまって声が出ない。

 ドアを開けてしまった今でも葛藤は続いている。

 呼び止めるな、そのままもう一度ドアを閉めろ、今度は殺されるかもしれない、相手は得体の知れない何かだ。

 でも、ずっと会いたくて、話がしてみたくて、あの手の感触を思い出して、鋼は矢野原とは違うと信じたくて、何かの間違いだと思いたい。

 言葉が出ないのは矢野原に首を絞められたからじゃない。

 鋼に対する気持ちであふれて言葉が胸で詰まった。

「怪我、大丈夫?」

 先に口を開いたのは鋼だった。

 言葉の出ない俺を見て、鋼が苦しそうな顔で言う。

 そうじゃないとすぐに言いたかったが、俺はまだ言葉が出ない。

 鋼が一歩俺の方へと戻ってくる。一歩、一歩。

 目の前に立つ。

「触ってもいい?」

 絞り出すような擦れた声。

 俺は黙ってうなずいた。

 指先がそうっと肩から首へ触れる。

 その柔らかな感触に、俺は身体を強張らせていた緊張が解けるのを感じた。

「ここじゃ……話もできないから、部屋へ」

「俺が怖くないの?」

 ビクッと震えて撫でていた手が離れる。

 身体を引いたのは鋼の方だった。

「……何もわからない方が怖い」

 俺はドアを開けたまま部屋に入り、鋼が来るのを待った。

 罠かもしれない。人目のないところでまた危険があるかもしれない。そう思わなかったわけじゃなかったが、それよりも別の気持ちが先に立った。

 俺は怒っているのかもしれない。

 木の上に居た鋼を助けようとした。

 その時に鋼のことがすごく気になった。

 たったそれだけで殺されかける程の事をされなくちゃならないのか。

 殺そうとしたのは矢野原だけど、鋼が無関係なわけがない。

 鋼は玄関まで入ってきたが、ドアを締めずに俺を見ている。

「ドア閉めて、上がって」

 俺はそれだけ言うと鋼に背中を見せてリビングへ向かった。


 あんなに会いたかった人がリビングのソファに座っている。

 ふと別れた男も同じ場所に座ってたなと関係ないことを思い出した。

 別れてからたった10日でもう別の男が座っていて、そんな事どうでもいいやと思うくらいいろんなことがあった。

 俺は棚からグラスを取り出し、冷蔵庫に毎朝作っているアイスティーをに注いだ。それから朝食の残りのオレンジを軽く絞る。

「どうぞ」

 グラスを置くと、所在なさげにしていた鋼がそれを見て固まった。

「……」

「そのグラス、気に入ってたから割れなくてよかった」

 それは落したけど割れなかったグラスだった。

 初めて誰もいないのに誰かの気配を感じたあの時のグラス。

「……矢野原に聞いたんだね」

 そのグラスを出されたことの意味に気が付いたのだろう。

 俺だって本当に鋼が俺に幽霊のように憑りついていたとは思っていない。何かストーカーのように監視しているとか、そういうタネ明かしがあるんだと思う。俺はそのタネと理由が知りたかった。

 もし殺されるのだとしても、黙って何も知らずに殺されるよりは、全部を知ったうえで殺される方がまだ納得がいく……かもしれない。

 別に俺は鋼に殺されたいわけじゃないから。

「矢野原は俺のことを何と言っていた?」

「俺は、あんたに憑りつかれてる。と、矢野原さんとあんたは同じものだって……」

「そして、矢野原がキミにそんな怪我を……」

「よくわからないけど、何か黒い紐のようなもので首を絞められて」

「それはこんなものだよね」

 鋼は座ったまま手のひらを上にして両手を俺の方へ掲げてみせる。

「っ!?」

 最初、蛇がいるのかと思った。

 鋼の掲げた両手の袖口から、青黒い光沢のある紐が蛇のように動いて這い出してきた。

「蛇っ!?」

「蛇じゃない。俺の……身体だよ」

「え?」

 鋼は腕にその青黒い蛇を巻きつかせたまま、ゆっくりと服の裾を上へとまくり上げた。

 引き締まった腰から腹筋の割れた腹が露わになり……そして……。

「!」

 俺は思わず悲鳴をあげそうになって口を覆った。

 鋼の腹は引き攣れて裂けて20センチほどの穴が開き、そこから青黒いその蛇が何匹も這い出し蠢いていた。

 俺は口を両手で強くふさいだまま、その吐き気すら催すようなグロテスクな光景から目が離せない。

「これが、俺の正体」

「しょう……たい?」

「そう。俺のこの見かけは作り物で、この身体の中にはこんなのがいっぱい詰まってる。この詰まってる……蛇みたいなのが俺の正体」

 あまりにも予想外な話だった。

 ストーカーが超能力で俺のことを殺そうとしているとかの方がまだリアリティがあった。

 現実感はゼロで、俺は口から手を離すとその青黒い蛇のようなものにそっと触れた。

「わっ!?」

 思わず鋼が悲鳴のように声をあげて後ずさる。

「あ、ごめんっ! 触ると痛いっ?」

 俺は慌てて手を引っ込めた。

「いや、痛くはないけど……平気なの?」

「毒があるとか?」

「蛇じゃないから、毒はないけど……」

 そう言いながらも鋼はたくし上げていたシャツを元に戻した。

 腕に巻きついていたものもしゅるんと巻き尺を戻すみたいに袖の中へ消えた。

「本当に、人間じゃない?」

 俺は鋼の向かいに深く腰掛けて訊ねた。

 信じられないものを見た衝撃より、現実味のなさの方が強い。

 これで鋼が宇宙人だとか言い出しても、もう何でも平気な気がする。

「俺は地球外生命体なんだ」

 あまりにタイムリーな発言過ぎて俺はソファからずり落ちた。

 コントじゃないんだから! と思ったが、鋼の顔を見ると至って真面目な顔をしている。

「触手型の宇宙人……?」

 あまりにあんまりだと思った。ベタなのにもほどがある。触手いっぱいの宇宙人が人間の皮をかぶってるって!

 現実味がないのにも程がある。もし夢だとしたら自分の想像力の無さに情けなくなる。

 でも……。

 鋼は俺の目の前に座っている。

 その腹には穴が開いていて、その中は青黒い蛇で一杯で。

 俺はその仲間と思われる奴に殺されかけて。

「性格には触手じゃない。俺は一つ一つが独立した機能を持った細胞の集合体のような生物で、細胞を変化させることもできるから触手以外にもなれる」

 そう言ってもう一度腕をあげる。

 袖口からはアオダイショウほどの蛇のような触手が数本這い出してきたが、それは鋼の腕からある程度伸びたあたりで飴のようにとろとろと溶けはじめ床にしたたり落ちた。

「液体のような不定形になることもできるし、受ける光の屈折を変えれば姿を消すこともできる。逆に岩や鉄のように硬くすることもできる。質量もかなり変わる。急激に細胞数を増やして大きくなることもできるし、逆に減らして小さくなることもできる」

 床にしたたり落ちた液体のようなものはするっと動いて鋼の足元へ消える。

「多少分裂しても遠隔は可能、ただ、体積があまりにも小さい方は自己を維持できないためにある程度想定された行動を終了すると消滅する」

「それは真っ二つになっても大丈夫って……こと?」

「それだけでは死なない。それどころか薬品や高温、低温にも耐える。火山のマグマの中へ入るとかは試したことが無いからわからないけど、その位では死なないと思う」

 一気にそこまで説明して、鋼は改めて俺の方を見た。

 じっと見つめる顔は真剣そのもの、この顔が彼の正体ではないと聞かされても、やはり顔と言うものから得る情報は強い。

「俺が死ぬのは、自分で死ぬと決めた時と生まれてから大体地球の時間単位で80万時間くらい経過した時だけ」

「80万時間は良くわからないけど寿命ってこと? 寿命か自殺だけしか死なないの?」

「……地球外に居れば他の要因で死亡することがあるかもしれないけど、俺は地球で生まれて地球で育っているので宇宙は知らないから、俺が知る限りではそうなる」

「でも、他の要因で死なないのに自殺はできるの?」

「停止するって全細胞に行きわたればそこで止まる」

 煮ても焼いても刺しても死なない宇宙人は「終わりです!」って思うだけで死ねる。

 なんてファンタジーなんだろうと思うけど、それはすごく怖いことかもしれない。

 気の短い宇宙人ならあっという間に死んじゃうって事だ。

 俺なんか男と別れる度に死にそう。

「だから、キミが望むなら俺は消滅してもいいよ」

 さらっととんでもないことを言われた。

「え?」

「俺が死ねば、矢野原はキミに手を出さない。矢野原は俺に興味を持ったキミが俺たちに近づくことを恐れてキミを脅したんだ。だからその対象の俺がいなくなれば……」

「ちょっと待って! 何言ってんの!?」

 俺は慌てて鋼の言葉を遮った。

「そんなズルい言い方あるかよ! 俺に死ねって言わせるつもり? いや、違う、死んでほしいわけじゃないんだ、あんたが死ぬのは嫌だっ」

「ごめん……」

「ああ、くそっ! 何だよっ! 謝んなよっ……違うんだ……」

 俺はそんなことは求めていない。

 ただ事実が知りたかっただけだ。

 鋼が死ねば俺は矢野原に殺されずに済むのかもしれない。でも……。

「まだ、俺が死んだ方がマシだ」

 こんな理不尽な選択肢はないけど。それでもどちらかが死ぬとかそういうのは嫌だ。

「ダメだっ!」

 鋼はいきなりそう叫んで立ち上がると、俺の前に来て両肩を掴んだ。

「キミが死ぬのは……ダメだ」

 そのまま彼の身体からぞろりと湧き出た触手たちに絡め取られる。

 矢野原が首に巻き付けてきたものと同じはずなのに、鋼のそれは俺を傷つけ無いように柔らかく、でも逃すまいと強い力で巻きついてきた。

 息ができないような苦しさはないが、これではまるで抱きしめられているようで……胸が苦しい。

 ここへきて、こんな目にあった後でも、俺は……。

「ごめん、本当にごめん。俺はすごくズルい事をしてるんだ。キミが俺を殺せないと戸惑っているのも俺の所為なんだ。俺は初めてキミと出会った時に俺はキミに刷り込みをしてるんだ」

「刷り込み……?」

「そうだ。キミの身体の情報を読み取って、キミが俺に不利な感情を抱かないように……いや、俺のことが好きになって忘れられなくなるようなフェロモンを合成して嗅がせているんだ。だからその影響下にあるキミは俺に不利になるようなことができない…」

「そんなことまで出来るんだ……」

 なんだろうこの万能宇宙人。もう現実離れも激しくて実感がない。

 それも彼の言うフェロモンの影響なんだろうか。

「俺は……キミたちとは全く別の生き物なんだよ……」

 鋼の声が震えている。まるで泣いているかのように聞こえる。

 俺の肩を掴んだまま深く俯いている鋼の顔は見えない。

「宇宙人に殺される日が来るとはなぁ……」

 俺は実感もないまま呟いた。

 その瞬間、俺に絡まっている触手が電気でも走ったようにびくっと一斉に震えた。

「殺さない。死なせない。……そんなのは嫌だ」

「俺にフェロモンを嗅がせたのは何故?」

「……キミはすごくいい匂いがしたから……」

「匂い?」

「俺たちは個体の認識を分泌物でしている。それには匂いの要素が強く含まれていて……その、キミたちが好みの容姿で伴侶を選んだりするように、俺は……キミの匂いに一目惚れしたんだ」

 匂いに一目惚れって見えないじゃん! と咄嗟に頭の中で突っ込んだが、口にはしないで置いた。鋼の様子は酷く真剣だし、彼は俺に怖い思いをさせたりフェロモンなんかでコントロールしていることを申し訳ないとは思っているようだったし。

 こんな風に考えてしまうのもフェロモンの所為なのか……?

 でも俺はそれだけじゃないってわかってた。

 木の上に居る鋼を見た瞬間から始まった俺の奇特な行動。

 あんな風に木に登って助けようなんて思わない。

 では、それをしたのは何故?

「俺もアンタも死なないで、このままでいるってのは無理なのかな? あいつは鋼と俺が一緒に居ることを許さないかな……?」

 矢野原は自分達が地球外生命体であることを知られないように俺を脅したのだろう。

 こうやって何もかも知ってしまったら、秘密を知るものを排除するために殺されてしまうんだろうか?

「彼は俺がここまで入れ込むのを初めて見たから危機感を感じたんだろう……恋人なら正体なんて明かさずに人間の振りで付き合えばいいのに、俺がキミにマーキングまでしたから……」

 マーキング? そう思ってふと思い出した。木から降ろされた後、確か矢野原は俺の匂いを嗅いでいた。あれか。

「俺がキミに姿を消して付きまとい始めたのも原因だと思う」

「でも……例え俺が正体を知ったとしてさ、いきなりこの人宇宙人ですとか言い出しても誰も相手にしないと思うよ。俺に知れるくらいどうってことなくない?」

 むしろ俺がヤバいやつ扱いで彼らからどころか世間から隔離されんじゃないか?

「俺たちの正体は、もうすでに一部にはばれているんだ。一般市民が信じなくても、知っている連中は信じる。彼らの中には俺たちを研究対象として喉から手が出るほど欲しい連中もいる……」

 あ、なんか急に現実味が出てきた。

 変幻自在で耐久性抜群の細胞群なんて、そのシステムが解明できたらどんなものにも応用可能だろう。きっと莫大な金になり、兵器にもなり……欲しい連中には喉から手が出るほど欲しいんだろうな。

「俺に教えてよかったの?」

「死ぬつもりでいたから……キミは俺のフェロモンの所為で感覚が鋭敏になっていて、俺以外の仲間も感じ取れるようになってるんだ。でも、俺がいなくなればフェロモンの影響は消える。そうなればキミは今の執着から解放されて、仲間を感じ取ることもできなくなる」

「フェロモンは死ななきゃ消えないの?」

「消えない。便宜上フェロモンと言う言い方をしたけど、実際にはキミの身体の中に俺の細胞が入り込んで混ざっている状態なんだ。だから本体が死んで、キミの中の俺の細胞も死なないと影響は無くならない」

 そこまで話を聞いて、俺はふーっと深くため息をついた。

 再び怯えるように触手が震えたが、俺はその触手を宥める様にわずかに動く指先で撫でてみた。

「鋼は死にたいの?」

「……死んでもいい」

「そうじゃなくて、どうして死ぬまでして俺を守ろうとするの? 鋼が自分が死ぬって言うのはそういう事だろ? 俺にこんなことをした罪悪感だけ?」

 ズルい言い方だなぁと我ながら思うが、あれだけ怖い思いをさせられたんだからこのくらいは許してほしい。

 なんせ彼氏と別れたばかりで俺は傷心中なんだ。臆病にもなるんだよ。

「……違う」

「では、何故?」

 触手を撫でる指先に、そっと他の触手が絡まってくる。

 まるでそうっと指を絡めようとしているみたいだ。

「キミが好き……だから……」

 語尾は消えそうなくらい小さかったけど、俺に耳にはしっかり届いた。

「俺を受け入れてくれたら、一緒に居られる……」

「死ぬ以外に解決方法あるじゃん」

 俺は指に絡みついている触手をきゅっと握り締めた。

 同じように触手も少しだけ強く絡む。

 俺が好きでマーキングして、姿を消してずっと付け回して、割れるはずのコップ、散らばるはずの小銭、小さなことだけど鋼なりに必至だったのがわかる。

 こんな万能宇宙人なのに、こんなに不器用なことしかできない彼が愛しいと思った。

 わかってはいたけど、俺は相当にバカだ。絆されるにもほどがある。相手は宇宙人とか現実味のないままに突き進んだら、きっといつかもっとひどい目に会うかもしれない。

「俺は人間じゃないんだよ?」

 鋼はもう一度言った。

 わかってるよ。その人間の皮の中に詰まってる触手が正体なんだろ。

「俺を受け入れるっていうのは、俺と近い物になるってことだよ?」

「なにそれ」

「俺の細胞をもう少し受け入れてもらって、俺と近しい物になる。そうすれば仲間にもキミが他の人間と違うものだと認識できるようになる」

「俺があんたたちを裏切れば、俺を処分しに仲間が嗅ぎつけてくるってこと?」

 首に鎖をつけられるようなものか。

 秘密を知る人間が勝手をしないように。

「それだけじゃない。俺と居るためにはそれが必要なんだ」

「どういうこと?」

「それは……」

 鋼はしばし躊躇ってから、意を決したように口を開いた。

「……セックスするのに、俺と接触しても拒絶反応が出ないために……必要なんだ……」

 急に生々しい話になったな。

 一瞬、接触で拒絶反応が出るセックスってどんなセックスなんだよ! と思ったが、そこもぐっと黙っておいた。

 俺には鋼がセックスしたいと思ってくれていることが重要だった。

 好きって言われて、セックスしたいって思われてるなら、俺が恋人に求める条件には十分だった。これで宇宙人だから手を繋いで寝れば大丈夫ですとかだったら、それはちょっと寂しすぎるから。

「でも、キミがこんな俺とセックスするのが嫌だったら、それは我慢する。受け入れてさえくれれば、命は守れるし、一緒には居られる……から……」

 俺の沈黙を拒否と受け取ったのか、鋼は慌てて言葉を足してきた。

「俺はあんたとセックスできると思うよ」

「え?」

「だから、この触手をちょっと解いてくれないかな」

「あ、ごめん」

 するっと俺を抱きしめていた触手が解けて足元に降りて行く。

 俺は俺の手のひらをかすめて行こうとした一本をきゅっと握り締めて止めた。

「!」

「俺は、あんたを受け入れるよ」

 手に握った触手を見つめながら言う。

 青黒くて光沢のあるそれは、俺に握られるままにじっとしている。

 握るとそれは仄かにあたたかくて、硬くもなく柔らかすぎもせず気持ちいい。

「怖くないの?」

「怖かったよ。何も知らなかったから」

「気持ち悪く……ない?」

「正直、初めて見たときは。でも、こうして、今は平気」

 握っている触手の先が、何かを確かめるようにちょんと俺の手に触れる。

 その仕草を可愛いと思う自分はもう相当イカれてるなと思った。

「俺と同じになるってことは俺と離れられなくなるってことだよ?」

「恋人すっ飛ばしていきなり結婚するようなもんか」

「結婚……」

 結婚と言った俺の言葉に鋼が目を丸くする。

「え? もしかしてそんなつもりなかった?」

「いや! あ、その嫌じゃなくて、嬉しいっ! したい。キミと結婚したいっ!」

 再び感極まったのか触手が俺の身体に一斉に巻きつく。

『結婚してください!』

 鋼の声が頭の中でぼわんと響いた。

 頭の中のどこか遠くで漫画みたいだよなとか思いながらも、俺は地球外生命体だと言う触手に思いっきり拘束されたまま答えを返した。

「はい、喜んで」


 まあ、後々プロポーズの返事が居酒屋の掛け声みたいだったとか鋼にごねられたりもするんだけど、とりあえず俺たちはこうして約束を交わし合う仲となった。

 もちろん迂闊なことをしたと思うこともあるし、良い事ばっかりじゃないけど、それでも、今、鋼と幸せな生活を送ってることを考えたら間違いではなかったと思っている。

 だから、後悔はしてない。

 自慢の彼氏の正体を誰にも紹介できない事だけが、ほんの少し寂しいけれどね。



―― 続

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