第34話 執事ロバートの覚悟


 ご無沙汰しております。テルメール伯爵家執事、ロバート•ギャロットでございます。テルメール家御息女エリアリス様がメルロート公爵家にご奉公に上られて4ヶ月と5日が過ぎました。今や没落崖っぷちから立ち直りつつある当家ではございますが、まだまだ油断ならぬ状況が続いております。メルロート家の方々がどれ程の力をお使いになったのかは分かりませんが、利益と共にその皺寄せが当家に津波の様に襲って来ている事等、彼方々は知る由も無いのだろうと思うと奥歯が欠ける程の怒りが込み上げてまいります。



「ロバート、お父様はまたケッセンドルドに?」


「はい。マリー様、今回は長いかも知れませんね」


「……そう」



普段は馬術に剣術、体術の訓練ばかりされている脳筋系令嬢マリー様も、旦那様のご苦労を知ってか顔色を曇らせていらっしゃいます。いつもは強気で男勝りなお嬢様。最近では旦那様の身を案じてか窓の外を遠く眺める事が増えた様に思います。いつもは無駄にニコニコしているから舐められるのだと、ガツガツ文句をお言いのお嬢様も最近の旦那様の顔色やお屋敷内の雰囲気から何かを察しているのでしょう。



「お姉様にこの事は伝えてあるの?」


「流石に……全ては……」


「そう。……ベルモンド家もいい加減お父様に八つ当たりをするのもやめて欲しいわよね」


「左様でございますね」


「裏金、資金洗浄を明るみにしたのはメルロート家だと言うのに、父上をこうも呼びつけては有る事無い事でっち上げて審問にまで呼びつけるなんて馬鹿にしてるわ」



そうなのです。メルロート公爵家が送り込んだオットー様のご活躍により、ベルモンド家はケッセンドルドでの立場を失い、爵位剥奪という不名誉な事態に陥った事で、その鬱憤を旦那様にぶつけているのです。月に何度もケッセンドルドに呼び付けられてはベンルモンド家が加盟する商業組合の会合で非難されているのです。旦那様も無視すれば良いものを、陛下の事を考え甘んじてその誹りを受けられていらっしゃいます。



「あの会社、売っぱらえば良いのに」


「流石にそういう訳には参りませんよ」


「何故?」


「資本の7割はメルロート家が管理していますし、売却となるとメルロート家の承諾が必要でございます。もし売却が成立したとしても、当家の抱える負債に充てられる費用は多くありません……そうなると」


「売却すると損するのね?」


「左様でございますね。それに、彼方の従業員の多くがケッセンドルドの者達ですから、ケッセンドルドの法に従って解雇となるとまた費用が嵩みます」


「酷い話よね……その従業員だってベルモンドの子飼いの者達じゃない」


「そもそも売り付けられたあの2社は、当家を皇妃側へ引き込む為の旦那様への首輪であり、エリアリス様を懐柔する為の布石でもありました」


「お姉様を懐柔?」


「あの負債まみれの2社を押し付けられた旦那様が苦しむのは目に見えてましたから、それを理由にエリアリス様を懐柔するのは容易いと考えたのでしょうね」


「はぁぁぁ。本当にあのババア腐ってるのよね」


「左様でございますね。本当にヘドロの様な女ですよ。お嬢様がそんなヘドロから産まれた悪臭の塊とご結婚しなくて済んだのはメルロート家のお陰ではありますけれど」


「貴方、日に日に口が悪くなって行くわね」


「これは失礼致しました」



冗談抜きに、旦那様がストレスを原因に倒れてしまうのは時間の問題でございます。私は、己の無力さをこんなにも恨んだ事はございません。どうすればこの行き詰まった状況を打破出来るのでしょう。



「ロバート様、お客様でございますが……」


「ジョイ、どなたがお見えなのですか?」


「それが……イーラン王国からのご使者の様でして」


「「はぁ⁉︎」」




 次から次へと問題が起こるのはなんですか?神からの嫌がらせでしょうか?イーラン王国ですか⁉︎あのイーラン王国⁉︎商業を中心に自由貿易を推奨し、砂漠地帯であるヘライラスト地域を瞬く間に巨大なオアシスに変えたあのイーラン王国。国王はそれはそれは自由奔放で新しい物好き、そして交戦的で次期国王の座を兄弟同士争わせて決める事を勅令とするなど、やりたい放題だと聞き及んでおります。そんな野蛮な国家が最近ではこの国で商業権まで得たと聞きます。そんな国の使者が当家に……あぁ嫌だ。本当に問題が起きる予感しかない。あぁ、エリアリス様に一目お会いしたい。癒されたい。あの鈴の音の様なお声で名を呼んで頂きたい‼︎



「今行きます」



にしても、何故当家に。……まさか落ちぶれた当家のマリー様を娶るのは容易く、この国との繋がりを得られるとでも考えているのでしょうか?くそっ!旦那様の不在を狙うなんて!当家の従僕達には武芸の心得はありません。戦闘国家でもあるあの国の者なのですから、襲われたら一溜りもないでしょう。しかし!このロバート•ギャロット、テルメール家に骨を埋める者!引きは致しません!



「初めてお目にかかります。イーラン王国第四王子マフェット様の侍従を務めますファルマーと申しま……」



浅黒い肌に漆黒の長い髪を纏め、色とりどりの宝石で飾り付けられた髪飾りや短剣の柄。真っ白なドレープドレスの様な装束を身に纏うファルマー達イーラン王国の従者達を見たロバートは、ファルマーの挨拶など耳にも入らぬ勢いで階段の3段目から飛び降りた。




「ごぉぉしょょです‼︎当家には差し出せる物など何一つござぁぁいませぇぇん!お引きとりうぉぉーー!」



余りにも美しく描かれた弧、衝撃と共に使者達の目には五体投地さながらに床に額を擦り付け懇願するロバートの姿が目に入った。



「え?……あ、あの……何をなさって」


「異国の最大敬意を以った懇願にございますぅ!お帰りを!」


「……」



そして、この世界で初となるジャンピング土下座がお披露目された。






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