第33話 キラキラの前に嵐の予感

 最近、出番の無かったアナスタシアです!秋も深まり、早朝はケープを羽織っても寒く感じる程です。そう、冬の到来を感じる季節だと言うのに、当家には春が訪れたり、一足早く停滞の季節、冬に突入した者達の地団駄が一日中響いています。


 押しに弱いレナウス兄様はエヴァン様とのお付き合いを何とか解消しなくてはと頭で考えながらも、心は順調に惹かれている様ですし、いざメリー姉様とのラブラブごっこを実行しようと腹を括ったのに、何やら助言を兄様に与える人物が現れ、兄様の決意を鈍らせています。そして、甘い蜜のある方にフラフラと行ったり来たりのウィリアム兄様は一瞬でも良い雰囲気となったエリアリス様を口説けず、自分の不甲斐無さに私の部屋にまで聞こえる様な深い溜息をずっと零しているんです。とっても迷惑★さぁ、朝の打ち合わせが始まります。エリアリス様がもし普通の態度だったなら、今度こそ兄様は諦めた方が良いのでは無いかしら?



「はぁぁぁぁぁ」


「兄様……どんだけ臆病なの?」


「煩いぞ従姉妹殿」


「確かに、未だエリアリス様を恋愛モードに切り替えられてはいないけれど、それでも少しは意識させる事位はできるのでは無くて?」


「兄上、それはそうとマーカス様は何と仰ってるんですか?」


「マーカスか?そうだな……とりあえずデートの回数を増やせと」


「まぁ、偉そうに助言などと言って期待させておきながら普通の助言ね!そんな案で落とせるのならとっくに落ちてるし、兄様も落とせてますわ。それが出来ない兄様とエリアリス様が何回デートしたって無意味ですわ!」


唯一の参謀と自負していたメリーだったが、ここに来てウィリアムの腹心が現れた。顔には出さなかったが、内心では腑が煮え繰り返りそうであった。面白おかしいゴシップライフが始まる筈であったのに、万全の策はぬるりと始まり、未だ最初の一歩すら踏み出せずにいるわ、血湧き肉躍る様な高揚感も、お節介魂も沸騰出来ていない。


 ぶつぶつと言い合う3人の言葉を横目に、アナスタシアはオレンジジュースをごくごくと飲み干した。そして、ナプキンをテーブルに置くと天井のシャンデリアを見上げ呟いた。



「一体……何がエリアリス様を怖がらせているのかしら?」


「「怖がる?」」


「うん。だって、レナウス兄様達のお遊戯みたいなイチャイチャを見たり、日々兄様とメリー姉様の似非談笑を見ているし、しかも兄様の昨晩の行動は恋愛気分じゃ無かったとしても気付くはずよね……もしかしたらって」


「そうだよね。鈍感な僕だってもし隣のクラスの女子生徒がわざわざ教室にまで来て何があったの?大丈夫?なんて聞いてきたらそうなのかも?って思っちゃうかも」



レナウスはアナスタシアの顔を見ながらウンウンと頷くと、頬杖をついて考えた。やはり、婚約破棄が堪えたのだろうかと。



「怖いんじゃないかなって私は思うんだ。今の私達との関係が壊れる、もしくは領地に戻らなくてはならなくなる……まぁ何と無くそんな事をね」


「壊れるなんて事あります?だって兄様がこんなに好意を示しているのだから、嫌われてる、受け入れてもらえないかも。そんな風に受け取り様が無いじゃ無い。もしエリアリス様が兄様を異性としても、人間としても嫌悪しているのなら別ですけどそうでは無いでしょう?」


「だからだと思うんだよね」


「何がだ……教えてくれてアナスタシア」


「うんとねぇ……なんて言ったらいいかな。もしも先生が兄様が自分に好意を抱いてると思ってたとして、あの先生だから冷静になる瞬間が絶対あると思うんだよね。それで、その好意が自分の勘違いだったら?兄様の好きって気持ちがただの人としての好きだったら?そう考えたらさぁ、私だったら本気になった自分が愚かだって思うかもなぁ……でも期待しちゃう自分がいたりしてさ。だったらこのまま良い関係で居続けたい、いずれ兄様とメリー姉様の睦まじい姿を見て暮らすのなら、踏み止まろうって思うわ」


「何だアナスタシア。やけに話すな……後半話が入ってこなかったぞ」



むかっ!何なの?せっかく協力してるっていうのに!

本当兄様ってこういう人間関係の機微っていうのかしら?疎いを通り越して皆無だわ!何だか馬鹿らしくなってきたわ。


 アナスタシアが、ウィリアムの言葉に苛立ち始めた頃。執事のヘイスが何やら手紙を数通プレートに載せて現れた。



「ご歓談中失礼致します。ウィリアム様、皆様にお手紙が其々届いてございます。エリアリス様宛の物もございますが、こちらはテーブルに置いておきますか?」


「あ、あぁ。そうしてくれ……俺に手紙?父上か?」



ウィリアムは金に縁取られた薄緑色の封筒、そして蝋印の紋章を見て慌てて封を切った。






メルロート公爵家 ウィリアム•メルロート様



御当主交代後、初めてご挨拶申し上げます。

私はエリアリス•テルメールが父、モントール•テルメールに御座います。この度は若き当主となられました事心よりお慶び申し上げます。また当家の長女、エリアリスを厚遇して頂いていると聞き及んでおりますも、ご挨拶も致しませんでした事大変失礼致しました。


早速本題を伝えさせて頂きます。実はこの度、両家所有の海運会社【モルフィリオ】に事業売却計画を持ち込んだ者がおりました。そして、その者は事業購入希望者の代理人だと申したのです。その希望者は売却の意思が明確となるまで名は明かせぬと言いつつ、前金として馬車三頭に分け運び込まれた1万ガルは下らぬ量の白金を持参して来たのです。

共同経営並びに運用管理をして頂いておりますウィリアム様に、いち早くお伝えせねばと筆を走らせました。

付きましては、今週末にでもお話が出来ればと思っております。ウィリアム様のご都合をお聞かせ下さい。


乱筆乱文、失礼致します。




テルメール伯爵家 当主 モントール•テルメール





元々がそうなのか、余程焦っていたのかは分からなかったが走り書きされた様なその手紙の筆跡と内容に、ウィリアムは直感的に危険を感じた。

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