第32話 恋の花咲く事があっていいものか! ウィリアムの葛藤


「と、いう事ですわ!兄様‼︎」


何が『と、言う事』だ!何が‼︎

レナウスに恋人だと?恋人⁉︎しかもそれが男だと言うではないか‼︎

100歩譲って男を好きになった事は目を瞑ろう!たが、兄の恋路の助けもせず好いた腫れたにうつつを抜かすとは許せん‼︎


「レナウスを呼べ‼︎」


「兄様?何を怒ってらっしゃるの?」


「これが怒っていられぬものか‼︎」


「それは……お相手がエヴァン様だから?」


「エヴァンでもカヴァンでも誰でも良い!あいつは私とエリアリス殿の手助けをすると言った筈なのに!それを忘れて‼︎」


「……兄様、最低ですわね」


「だってそうだろう⁉︎このまま夜会に参加してもエリアリス殿はいつまでも私を雇い主としか思ってくれないではないか‼︎お前達に頼った私が間違っていたのか⁉︎私がエリアリス殿と会えるのは朝の数十分と夜の挨拶の時と月2回の非番の時だけなんだぞ!四六時中側に居るお前達が頼りだと言うのに!」



 他力本願な上に、自分ではまともな策一つ思いつかないウィリアムは八つ当たり気味にメリーに怒りをぶち撒ける。発情期の犬猫の様に部屋の中をウロウロとあっちへ行ったりこっちに行ったりと、落ち着かないウィリアムをメリーは溜息混じりに見上げて諭した。



「兄様、決めたでしょう?まずはエリアリス様に恋とは何か?どんなに素晴らしい物かを教える事が大事だと」


「で、何だ?男同士の恋愛でエリアリス殿は目覚めたのか?恋愛に‼︎だがそうではないのだろう?混乱させただけじゃないか!」


「そうでもありません事よ?」


「どう言う事だ?」


「レナウスとエヴァン様のキスをずーーっと花壇の影から顔を真っ赤にしながら覗いていましたもの」


「おい!それをお前が覗いていたのか?趣味が悪いぞ!」


「失礼ね!ご挨拶に伺おうとしたらエリアリス様が居たのよ!声を掛けようにも瞬きもせず見つめていたから邪魔出来なくって」

 


いいや!従姉妹殿の事だ。それすらも面白おかしい展開だとばかりに見ていた筈だ!全く‼︎こいつらがこんなんで、一体私の恋はいつ成就出来るのだ‼︎



「それに……何故か泣いていたのよ」


「誰が」


「エリアリス様よ」


「‼︎」


「とても寂しそうだったわ」


「誰が泣かした!カヴァンか?レナウスか?」


「カヴァンじゃなくてエヴァン様よ!それに、2人の所為では無い様に見えましたわね」


「なら何故泣く‼︎えぇい!私が直接聞いてくる!」


「兄様⁉︎」



愛しの女性が泣かされた。

普段ならば、女性が泣こうが喚こうが相手にする事の無いウィリアムだが、エリアリスの泣いた姿を想像しただけで心が怒りに染まった。それ以上に、甘やかして、泣くならば己の胸で泣いてほしいとウィリアムは着替え途中のはだけた服もそのままにエリアリスの部屋に駆けて行った。



「……はぁ。兄様は本当にエリアリス様に夢中ね」



そしてメリーは昼間のエヴァンとレナウスが花々に囲まれた中で抱き合い、繰り返しキスをしていた光景を思い出し、鼻の下を伸ばしてムフフと思い出し笑いを浮かべた。



 何故泣いた?子供同士とは言え、そんな破廉恥な光景にショックを受けたのだろうか。それともエヴァンとやらに何か言われたのではなかろうか?クソっ‼︎マーカスが対策会議をするなどと言うから、折角の休日を潰したと言うのに……こんな事ならば、彼女の側に居れば良かった。私が彼女に何かをしてやれると言う訳では無いが……側に居てやりたかった。



コンコン



「エリアリス殿‼︎もうお休みか?」


「ウィリアム様?しょ、少々お待ち下さい‼︎」



急に部屋に訪れたウィリアムに驚き、ガタガタと音を立てながらエリアリスは部屋の扉をほんの少し開け顔を見せた。

少し腫れた目元、薄暗い部屋に差し込む廊下の明かりに透けて見える三つ編みと光沢のある夜着に、ウィリアムは我に返り背を向けた。



「す、すまない‼︎こんな時間に……」


「如何なさったのですか?」


「いや……なんだ……その」


「?」



勇気を出すんだウィリアム!

その一歩が恋に繋がるかも知れない!


とでも思っているのなら甘いぞウィリアム。深夜1時に急に現れフンフンと鼻息荒く、酒の匂いを漂わせる男など只の変質者と同じである。

しかし、ウィリアムは扉の隙間から手を差し込みエリアリスの腕を掴み問いただした。



「何故……泣いていた?」


「は?え?……何故それを」


「誰が貴方を泣かした。エヴァンか?レナウスか?」


「え?お二人がなんですか?あのっ……良く意味が」


「何故泣いたのだ!誰が貴方を悲しませた」


「……あの、ウィリアム様?」


「私は貴方を泣かす為にガヴァネスとして呼んだ訳ではない……助けを……手を差し伸べる者が……居るのだと知って欲しくて‼︎」


「……あの、それは……どう言う意味ですか」


「意味?意味は分かるであろう⁉︎私がっ私がっ!」



言ってしまえば良い。楽になれる、気付いて貰える。しかし、たった一言『好きだからだ』の言葉が喉に痞え言えなかった。

この困惑した表情が嫌悪に変わったら、己の本分は嫁ぎ先を見つける事ではないと突き放されたなら……臆病風がはだけた胸元から吹き込んで、熱を持て余した心を冷やした。


貴方が好きだ。縁もゆかりも無いのに貴方は私の理性を奪い、恋の泥沼に突き落としたのだから……この手を取って、私の心を助けて欲しい。そう言えたなら、貴方は私を見てくれるのだろうか?



「ウィリアム様?」


「と、当家の者が……貴方に酷い事をしたのなら高位貴族筆頭のメルロート家に泥を塗ると言う物だろ……だから」



苦悶の表情を見せるウィリアムを、エリアリスは不思議そうに見ていたが、部屋から出るとウィリアムの前に立つと、酒焼し真っ赤になった彼に向き合い頭を下げた。



「ご心配をお掛け致しました事、謝罪致します。お茶会での事は……ただ、私がお二人の姿に感動しただけでございます」


「感動?」


「はい。眩しく……強く美しくて、羨んだのです」


「……男同士の恋愛をか?」


「ふふっ……そんな事は瑣末な事でございますよ。本当に好きだと、欲しいと思える物に巡り会える事は奇跡の様で……ただただお二人の姿にドキドキして、思わず泣いてしまったのです」


「……そう、か……」


「我々貴族に自由は許されません……何よりも好きだと言える物が得られない……得ては国の根幹を揺るがしかねない。自制無くして貴族とは言えぬ……そう、教育を受けて参りました。でも、エヴァン様は違ったのです」


「エリアリス殿、それは間違った考えだ。人を愛する気持ち、突き詰めたいと思える何かを得ようとする事は、決して国を支える貴族を、この国を揺るがす物ではない。貴族は国の守る為の存在……民を苦しませぬ様、代わりに苦しみを背負う存在だ……だがそこに人としての当然を諦める必要はないんだ」


「はい。それに……私は本日気付いたのです」


「貴方も求めて欲しい……自由を、愛を」


「いつか……そんな気持ちになれる日が来るのなら」



穏やかな表情のエリアリス。

手を伸ばせばその頬に触れられるのに、ウィリアムはぐっと上げかけた腕を下ろし拳を握った。

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