第35話 断罪じゃなかったのですか⁉︎
何としてもテルメール家を守りたいという強い想いが、ロバートを大理石の床に接吻させている。王族、皇族が貴族の領地に赴く事は殆ど無く、もしもその様な事があるとするならば何かしらの理由による刑務執行の為であるのが常識であった。貴族としての最後の体面を守る為に。
「あ、あの……」
「と、当家の主人はそれはそれは実直で悪事に加担する様なお人柄ではございません‼︎その為幾度となく貶められて参りましたが、誓って過ちを犯す様な事はございません!しかし、何かしらの理由にて処罰をなさるのでしたなら、私めが!私が代わって処罰を!」
「え?いや、あの……」
「どーーーか!この首一つでお許し頂きたい!」
「ですから、何を仰っておいでなのです!」
「ですから!」
懇願するロバートの後頭部をマリーは扇子でバシリと叩き上げた。その顔は赤く染まりプルプルと震えている。
「ロバート‼︎下がりなさい」
「お、お嬢様⁉︎」
「……お初にお目に掛かります。テルメール伯爵家次女、マリー•テルメールでございます。当家の執事が失礼致しました、ですが……前触れもなく一体何の御用向きでございましょう」
「これはこれは。失礼致しました、マリー様」
フェルマーは恭しく礼をするとニコリと微笑みマリーを見つめた。そして、苦笑いしながらロバートを一瞥し歩みを進める。
「我が主より、モルフィリオの件でお伺いしたのですが……」
「は?どういう事でしょうか」
「えと……今回はご挨拶のみなのですが」
「はぁ……」
「我が主が海運会社モルフィリオの買収を希望しているのです」
「買収⁉︎ど、どういう事です!父はそんな事一言も!」
「いえ、今回はそのご相談をさせて頂きたいのです」
「え、えと……父は生憎不在でして私では分かりかねます。相談なさりたいのでしたらメルロート公爵家へ行かれた方が宜しいかと」
「実は、主は何度かテルメール伯爵様とお会いしており、その実直なお人柄に是非伯爵とビジネスをしたいと言っているのです」
「ですが、メルロート家と共同経営している会社です。当家の一存で何とかできる訳ありせんわ」
「勿論それは承知しています。ですが、まずは懇意にして頂いているテルメール伯にお話を通すのが筋という物。暫くホテルレッソカリメルトに滞在しておりますので、お戻りになられましたらご一報下さい。あ、後、買収の手付として主よりお渡しする様に言われました白金を持参しております。どうぞお納め下さい」
「ですから!それはまだ出来ませんと!」
「交渉が決裂しても、こちらは返却不用にございます。どうぞお納めを」
「いや、困ります‼︎父が戻りましたら必ず伺わせますので、お持ち帰り下さい‼︎」
持って帰れ、受け取れと押し問答を繰り返したが、柔和な態度とは裏腹に頑なにこちらの意見を受け入れないフェルマー。マリーもほとほと疲れ果て、最後は無言でそれらの大量の白金を受け取るしかなかった。一体彼等は何がしたいのか。父が彼等と交流を持っていたなど初耳だったマリーは涙でぐしゃぐしゃになったロバートの腕を持ち上げ立たせると『お見送りを』と言って部屋へと消えて行った。
「ふむ。あの方が次女マリー様ですか……少々粗雑ではありませんか?マフェット様」
「そうだねぇ。確かもう1人年頃の娘が居たよね?なんだっけな、エリーゼ?エリザベス…?あー…なんだっけ」
「確か……エリアリス……様ではなかったでしょうか?」
「そーそー!それ!エリアリス嬢!そっかぁ。そうだねぇエリアリス嬢でもいいよね?」
フェルマーと従者に扮したマフェットは、メルロート伯爵家の門を出ると馬車に乗り込み窓から屋敷を眺めた。
「皇帝の弱みじゃなかったらこんな没落ギリギリの貴族と関わるつもりは無いけど、そろそろあの女が動き出す前に手に入れないとね。切り札をさ」
「左様でございますね。ですが、こちらのお嬢様方も不憫でございますね」
「何でよ」
「本来なら皇女としての地位が与えられて然るべき方々ですのに」
その言葉にマフェットはクスクスと笑うと、金色の長い髪を掻き上げた。そしてその紫掛かった青い瞳を輝かせ、これから起きるだろう騒動に想いを馳せた。
「そうだよねぇ。皇帝以外誰も知らないメルロート伯の秘密……伯爵が前皇帝の私生児だなんて。くくくっあの女、それを知ったら怒り狂うぞ……帝位継承権の序列が変わるからな」
「それに、皇帝も気付いているのですよね?」
「そりゃそうだろ。なんたって自分が種無しなんて事、自分が一番よく分かってる事なんだからな」
「皇太子含め、皇室の子女12名は誰の子とも分からぬとは……この国は本当に面白い。メルロート家の娘婿となり帝位簒奪、面白いぞ?」
「そうですね。この上もない程の戯れですね殿下」
「帝国を我が物として、武力を以て兄貴と親父を殺す……これもまた一興」
何とも物騒な話しに花を咲かせる2人。
馬車は人々で賑わう通りを抜け、ある店の前で止まった。
「いらっしゃいませ……あら、殿下?お久しぶりでございますね」
「あぁ、久しいなキュリア。ローランはいるか?」
「えぇ、もうすぐで店仕舞いですので2階でお待ち下さい」
「悪いな」
「いいえ、久しぶりにお会い出来て嬉しゅうございます」
「私も、変わらずに美しい其方に会えて嬉しいぞ」
「また上手くなりましたね。世辞が」
「世辞では無い、本当にお前の立ち姿は美しい。そしてその笑顔もな」
「さぁさ、ご冗談ばかりはやめて2階へどうぞ。後程ベシャメット産のローズティーをお持ちしますわ」
「ふふ。また振られたな」
「はいはい。さ、皆様も2階へ。他のお客様の邪魔ですわ」
マフェット達はぞろぞろと2階へと上がって行った。
彼等が部屋に入ったのを確認したキュリアは慌てて店前に立つ店員を呼び止めると急ぎ伝言を書いたメモを手渡し伝えた。
「サリアン、悪いのだけど裏のティーサロン、ベジェギャロンに行ってこれをオーナーのウィリアム様にお渡しする様に伝えてくれる?新しい茶葉のオーダーよ」
「はい、マダム。でももう閉まるのでは?」
「大丈夫よ、クローズしてても入っていいから」
「…わかりました」
何やら胡散臭い展開となったキラキラ輝く愛の戯曲。彼等はウィリアム達の恋のスパイスとなるのか、ぶち壊すのか。女主人キュリアは雲行き怪しい夕暮れの空を見上げた。
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