第16話 マーカスの恋愛指南

 初めまして!僕はマーカス•イャック20歳、成り上がり男爵家の長男です。ですが、良く末っ子か?と聞かれます。僕も末っ子属性の認識はありますが、断じて敢えてではないですよ?まぁ、ウチの母親の影響が大きいと言えます。可愛い物好きで、下の弟2人は小さな頃から女の子の格好をさせられるなど、母の玩具でした。弟達はその事で荒れた時期もあり、親と弟を繋ぐ役割を自然とする様になりました。そんな家族の中で成長すれば、嫌でも言動が柔和になります。お節介で八方美人……僕はこんな自分を変えたい。【漢】になりたいと帝国軍に入隊しましたが、20年で構築された物はそう簡単に変えられない事を入隊初日に痛感しましたね。気が付けば周囲を繋ぐ接着剤役を買って出ていたんですから。



「連絡長、僕……お手伝いしますよ!」


「手伝う?」


「はいっ!そのご令嬢と仲良くなりましょ!」



そんな僕の嫌いだった性格も、誰かの役に立つなら捨てた物では無い。軍に入ってそう思えたのは、ある意味収穫だったと言えます。

しかも、僕が信頼する上司ウィリアム連絡長のお役に立てるのだから、これ程嬉しい事はありません。何故、僕が連絡長を信用しているのか?それはまた何処かでお話ししますが、いつも助けてくれる上司の為に一肌脱ぎましょう!


 何やら燃え出したマーカスの圧にウィリアムは抵抗出来なかった。人当たりも良く穏和で隙の無いマーカス。実はウィリアムは彼が苦手であった。誰からも好かれ隙が無く、戦略を組み立てる事が上手いこの部下が下っ端で甘んじている事にウィリアムは恐怖している。いつ寝首を掻かれるのかと、ひやひやしていると言っても良かった。だが、彼が昇進出来ないのは単純に、彼の家柄が男爵家で、没落貴族から爵位を買い貴族となった【禿鷲貴族】と揶揄される成り上がりであるからだ。その所為で能力はあるが昇進出来ずにいる。



「いや、マーカス……ありがたいが」


「連絡長、諦めて後悔しませんか?」


「後……悔?」


「そうです。あの時声を掛けていれば、手を差し伸べていれば。勇気を出していれば。そんな事を思わずに居られる自信はありますか?誰かの隣で笑う彼女を見ても悔しいと思わないなら僕は何もしません」


「それは……どう、だろうな」



何故だ!何故彼の言葉に私は恐怖を感じている⁉︎まるで従姉妹殿と向き合っている様ではないか!しかもグイグイと顔を寄せてくる!怖い、怖いぞマーカス二等兵‼︎



「僕はそれで後悔しましたよ?今でも彼女の手を取っていたなら、辺境伯の令嬢を妻にしなくても済んだのに、彼女は僕の隣にいた筈なのにって」


「マーカス」



しおらしくしているが、いかん。コイツの策だ!弟妹、従姉妹同様に私を玩具に楽しむつもりか⁉︎


メリーに踊らされているウィリアムは疑心暗鬼になっていた。

親切心から手を差し伸べているにも関わらず、疑われているとは露にも思わないマーカスは嬉々としてこの恋愛戦に参加しようとしている。



「連絡長、そのご令嬢の事……教えてくれますよね?」



駆け引きか、手助けか。ウィリアムには判断がつかず、手を拱いていた。伸るか反るか、一か八か。半か丁か、はたまたダウトなのか。そんな苦渋の選択を迫られている時、風に乗ってあはは、うふふと軍人妻達の声が聞こえた。仕事帰りにデートを楽しむ為、妻や婚約者が参謀局まで迎えにくるのだ。帝国軍人として恥ずかしくはないのか?以前はそう思っていた。しかし、エリアリスと出会ったウィリアムにとってその光景はいつしか憧れになった。


 彼女が私を受け入れてくれたなら。仕事上がりに彼女をエスコートし、その手をこの腕に乗せて2人で公園を散歩する。もしも、マーカスやメリーという悪魔の二大巨頭の手を取ったなら、そんな日が訪れるのだろうか?



ゴクリ。



「連絡長、恐る事はありませんよ?僕の策に失敗なんてあり得ないですから」



え?何だその自信。だったら仕事に活かしてくれ!だが何故だ!何故か上手くいくんじゃないか?そんな気になっている私!しっかりしろ!



「さぁ、僕に教えて下さい。そのご令嬢の事」



躙り寄るマーカス。仰け反りその子犬の様に目を輝かせる部下を見下ろすウィリアム。喉仏が大きく上下に動いた。もう逃げられない。



「わ、わかった。だが、言えぬ事情もあるのだ……それは彼女の名誉に関わる事なのだが」


「全て秘密にします。代わりに僕の秘密も話しますから……これを話せば僕は軍を辞めなくてはならないでしょうし、家にも害が及ぶ内容です。それで信じて貰えませんか?」



交渉は成立した。してしまった。

これまでの事を全てを打ち明けたウィリアム、そしてその内容に絶句するマーカスは口元を覆いながら呟いた。



「連絡長……頭大丈夫ですか?」


「おい!」


「いや、婚約破棄させたって事ですよね?しかも相手は第二皇子ですよ……何やってるんです!」


「だが。これで良かったと今では思っている……レオリオだってその方が良かったに違いない」


「いやいやいや……同性同士がどうこうというより、相手が側仕えだって事で結局皇子は皇籍離脱になったじゃないですか!まさかここまで大事だとは。だとしたら、必ずエリアリス嬢を物にしないと、収支が合いませんよ!エリアリス嬢と皇子が結婚していたら、被害は伯爵家だけで済んだんですから……皇子の醜聞は他国に付け入る隙を与える様な物ですし、皇妃の実家筋のベルモンド公爵家も今ヤバいって噂ですよ!」


「?」



 そう、ウィリアムがテルメール家の海運会社に送り込んだオットーは有能だった。海運会社を通して行われたベルモンドの資金洗浄の全貌を暴き、不正流用されていた利益の70%を回収したのだった。そう、有能過ぎて皇妃の外戚の悪事を暴いた挙句に、親の仇を取るがの如く潰しに掛かっていた。



「これが連絡長の指示だとバレたら、懲戒処分じゃ済みませんよ⁉︎」


「何故だ?悪事を働いたのはベルモンドだろう」


「それでもですよ!事情はどうあれ、隣国の貴族を潰すとなれば戦争に発展してもおかしくありません!」


「まぁ、そこは大丈夫だろう」


「何故ですか?」


「私の父がカマナードに居る。大方父が押さえているのだろう……」


「え?ちょっと良く分からないです」


「父の母方の叔父がケッセドルドの外相と総務省の長官だからな。彼等にとってベルモンド家は目の上の瘤。いや、魚の目……外反母趾……とにかく邪魔な存在である事には変わりない。だから戦争にはならん」



ちょっと、いや、かなり後悔。

連絡長が無自覚にこの策を実行しているのか、先を見越して手を打ったのかは分からない。でも、これはかなり危ない賭。

海洋国家ケッセドルドを敵に回せば、海路での流通は止まるし海上に布陣されている戦艦からの攻撃もあり得る。なんてこった!

だけど、今更それを無かった事にも出来ない。これはもう、前に進む以外に道が無いんじゃない?



「と、とりあえず。メリー嬢の案を進めるしかないですよ……だって婚約者って言ってしまっているんですから。もし言わなきゃ普通にデートに誘うだけで事が進んだのに、要らぬ手を加えてしまいましたね」


「……普通に誘えぬからこうなったのだ!」


「はぁ……精明強幹な連絡長がなんて為体。女性を攻略する策一つ立てれなくて何が参謀ですか!いいですか、まずは距離です!物理的、精神的距離を縮める事こそ肝心です」


「距離、か?」


「いま、僕は連絡長にかなり近い場所にいます。連絡長の秘密を知り、協力者という立ち位置にまでこの30分で近付きました……どうですか?家に帰って、僕をどの程度思い出すか確かめて下さい。きっとかなり思い出す筈です……それをエリアリス嬢に当てはめて見て下さい。もしも連絡長がエリアリス嬢と普段の距離が近くなれば!きっと連絡長の事をいつも思い出す筈ですよ!」



そ、そうか!普段から何気なく近くに居て、会話の回数を増やせれば……きっと彼女は無意識に私の事を考える!

……ん?んん?果たしてそうなのか?本当にそれで近くなるのだろうか。



「それと、メリー嬢の案ですが……一つ間違いがあります」


「間違い、とは?」


「嘘の自分を見せるという所です」


「それは、この本を読み……キャラクターになりきる。と、言う所か?」


「はい。もしそれで上手く行ったとしたら……連絡長はずっと彼女に嘘を吐き続けなければならなくなりますから」


「確かに。だが、従姉妹殿が案じているのはそこではない」


「分かっています。エリアリス嬢が恋愛に意識が向いていないって事ですよね?」


「そうだ」



 マーカスはウィリアムの言葉に、クスリと笑うと本を取り上げ、首を振りつつウィリアムに背を向けると歩き出した。ウィリアムも後を追う様に歩き横に並ぶと、ウィリアムよりも10センチは小さい彼の顔を覗き込み言った。



「彼女の目下の意識はガヴァネスとして何をすべきなのか、それだけを考えている……私とどうなりたいなどとは」


「連絡長!恋人が欲しいと思って恋人が出来る人はいませんよ!寄り添い共に過ごす時間が長くなれば、自ずと互いに意識する筈です。だから今度の休みにでもデートに誘って、早々にメリー嬢との婚約が嘘であると教えるべきですね!そもそも、長期戦で考えなくては。短期決戦では被害こそ少ないかも知れませんが、失敗した時の痛手は相当ですよ?」


「マーカス……悪い、良くわからんのだが」


「はぁ。いいですか?もし、彼女との仲が進展しない、嫌われた。そんな事があったとして、短期決戦だと強い想いを残したまま傷付くんですよ!その傷は治るのに時間が非常に掛かります。下手すれば死ぬまで治らないかもしれないんです」


「何故傷付くのだ?」



どこまでも鈍いな!もー!何だか僕の方が上官みたいじゃないか!



「もーー!連絡長!好きな気持ちが強いまま振られたりしたら、その気持ちは消化されずに残る可能性が大いにあります。ですが、長期戦であれば徐々に熱が冷めた上で結果を望めます……上手く行けたなら空回りせず穏やかな恋愛。駄目でも楽しかった記憶が残ってくれます」



 それから、2人は執務室に戻った後も応接室に篭り恋愛とは。男女の距離とは……そんな事を2時間以上話し合った。

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