第15話 恋心の鎮火、そして新たなる助っ人


 メリーの悪魔の書により召喚された言葉の刃悪魔達によって、それまで退屈だった人生に熱を与えていた恋の業火が静かに鎮火するのをウィリアムは感じていた。上司の話す隣国と行われる合同訓練などの重要報告も右から左に流れる始末である。



「連絡長、どうしたんですか?なんか変ですよ?」



定時連絡会が終わり、みなぞろぞろと席を立ち会議室から出て行く中、未だ席に座り呆然としているウィリアムに直属の部下であるマーカス•イャックが声を掛けた。



「あぁ……いや、何でも無い」



私は一体何に傷付いているのだろうか?私の現実を認識させられたからか、エリアリス殿とはどうあっても上手く行かないと思ってしまったからか。だが、そんな事で傷付いているのでは無い様な気もするのだ。私の事なのに、私が一番理解出来ていない。



『何でも無い』と言いつつ、溜息を吐く上司の姿にマーカスはやはり何かあったのだろう、話を聞いて早々に解決しなくては後々業務に障がでる。そう考えていた。



「やっぱり、何かあったんじゃ無いですか?話、聞きましょうか?」



 いつも何を考えているのかよく分からないウィリアム連絡長だけど、今日はあからさまに態度がおかしいぞ?何かあったのかな……最近はずっとご機嫌で、花なんかを机に飾ってニヤニヤ笑っていたのに。


多くの職場や学校等において後輩というのは、得てして生意気もしくは 上司や先輩を値踏し見下す物だが、このマーカスは実に素直で愛嬌があり、俗に言う【愛されキャラ】としての地位を確立していた。上司からの飲みの誘いは決して断らないし、年長者の言う『俺達の若い頃』『入局当時は』といった武勇伝を聞くのが好きだというのだから、少々……いや、かなりの変わり者である。



「……いや、ただちょっと気落ちしているだけだ。気にしないでくれ」


「連絡長、気落ちってレベルじゃ無い位、様子が変ですよ」


「良いんだ、大丈夫だから。お前明日提出の昨対準備終わってるのか?仕事しろ」


「ですが、僕も気になって仕事手に着かないですよ」


「私の事は気にするな……戻ろう」


「で、何があったんですか?」


「いや、本当に何でも無いんだ」


「いやいやいや、話しましょうよ。気が楽になりますよ!」


「だから、良いんだって」


「またまた。で、何があったんですか?」


「放っておいてくれ、大丈夫だから」


「で?」


「で?って……だから」


「んで、んで?」


「グイグイくるな……」


「ささ、何があったんですか!言ってくださいよ!」



見せかけで断っているのでは無く、ただどう説明したら良いのか分からない現状や、恋愛で悩んで仕事に手が付かないなどといった、情けない姿を部下に見せたく無いウィリアム。だが、しつこく食い下がるマーカスに流石に声を荒げてしまった。



「良い加減にしないかマーカス二等兵!何でも無いと言っている!」


「……ははっ!」


「貴様。上官の言葉を笑うとはどう言うつもりだ?」


「……僕にも経験があるのですが、落ち込むと再浮上に時間掛かりますよね。そう言う時は怒るのが手っ取り早く気持ちを戻せるんですよ!まぁ持論ですけど。何に落ち込んでいるのかは知りませんが、軍人が後ろ向きだと守れる物も守れないんで、煽っちゃいました!すみません!」



柔らかく笑うマーカスの爽やかな笑顔に、あぁ、女性ならばこういう男に恋をするのだろう。ウィリアムはそう思った。さりげなくは無かったが、同情するでも無く笑って寄り添おうとする部下の姿に少し癒されたウィリアムはマーカスの肩に手を置いた。



「怒った所でどうこうなる事では無くてな。だが、お前の様な温和な者でも怒る事があるのだな」


「そりゃ僕だって怒る事位ありますよ。昨日だって婚約者と大喧嘩したばかりですよ」


「そうか。お前は確か婚約していたな」


「はい。来年結婚ですよ……はぁ、こんなんで結婚生活とかやっていけるのか、今から不安ですよ」



2人は会議室から出て、婚約者の事について話しながらトボトボと歩いた。



「僕の婚約者は、フォートショーン辺境領の領主ナバル•ショーン伯爵の次女でオリビエって言うんですが……歳の差と言いますか、まだ彼女14歳なんで子供なんですよね……式の日取りや領地の分割とかで顔を合わせるんですけど、全部僕に丸投げで。なにも知ろうとしない癖に文句ばかりなんですよ」


「歳は関係無いかも知れんぞ。家の妹は私なんかよりも、余程しっかりしているし、そのご令嬢とはただ合わないだけなのではないか?」


「あー。アナスタシア嬢は確かにしっかりしてますよね!……合わない。確かにそうなのかもです……ですが、こればかりはどうしようもないです。貴族とは本当に自由の利かない身分ですよね」


「そうだな……」


「そう言えば、連絡長はまだどなたとも婚約していませんよね」


「私に……恋愛や結婚は向いてはいないのだろうな」


「そうですかね?」



『そうですかね?』いや、そうだろう。弟妹、従姉妹の力を借りて何とかしようとしている時点で私に恋愛は不向きだ。

それに、まるでお伽話の挿絵に恋をした気分なのだ。決して振り向かず、ただ遠く何処かを見ている彼女を、私はいつまで想っていられるだろうか。



「僕思うんですけど、恋愛に向き不向きってあるんですかね?」


「あるだろうよ」


「連絡長、恋人って居たことあります?」


「ない」


「僕は学生時代に一度だけ……恋愛をしました」


「ほう」


「何故好きになったのか、何故彼女で無ければだめだったのか。今考えても分かりません。気付けば好きで好きで仕方が無かったんですよねぇ」


「それなら、私にも理解できるな」


「やっぱり‼︎」



やっぱりだと?マーカスよ。まさか、お前……私にカマをかけたのか?

どこか強かで狡猾な所がある奴だとは思ったが。こんなどうでも良い事にその力を使うなんて。大丈夫か?しかもニヤニヤと……クソっ。これだから対人スキルの高い奴は好かんのだ!



「最近ずっとご機嫌だったのに、急に落ち込んでいる様だったのでそうかなって!で、どんな方なんですか?」


「……ただただ美しい人だ」


「へーー!一目惚れって奴ですね!」



参謀局の執務室まで、長い通路を歩いていた2人は立ち止まり赤く色付く街路樹を見下ろした。どちらともなくそうしたのだが、マーカスはまだウィリアムの話を聞きたいのか矢継ぎ早に質問をぶつけた。



「で、お幾つですか?そのご令嬢。家名は?彼女は連絡長の事知っているのですか?いつ出会ったのですか?」


「16歳で家名は言いたく無い。彼女も私の事は知ってはいるが、男としては見ていないだろうな。従姉妹殿曰く、彼女は恋愛にかなり疎い様だ……それ以前に、私の様な男では彼女に失礼なのではないかとな……今は思っているんだ」



愛想が無い、顔面が普通で蛇顔。特出して凄い所がない……筋肉が気持ち悪い(これはレナウスが悪い!)趣味やこだわりが無い、友達がいない(友の1人位はいる!)職場での評判も普通……評価されているから連絡長なのだ!と、言いたいが、やはり凡庸なのは否めない。そんな私が彼女の横に立つなど、烏滸がましいにも程があるだろう。


しょぼくれて、何に劣等感を抱いているのか落ち込む上司に、マーカスは首を傾げあっけらかんとして笑っている。



「でも、それを決めるのはその彼女ですし……連絡長は良い男だと思いますけどね?仕事は誰よりも責任をもってなさってますし、誰に対しても平等でご自身の価値観を部下に押し付ける事もなさいませんしね。それって、恋愛で一番大切じゃないですか?最近では女性の社会進出も当然になってきていますから、男に従えと威圧する男性は嫌われがちです!その点、連絡長は優しくて女性にも男性にも平等。他に何が求められます?優良物件ですよ?」


「優良物件か……だが、彼女にそう思って貰えなくては意味が無いでは無いか」



そう、彼女の瞳に映る私は唯の雇用主。男ですらないのだ。

従姉妹殿とイチャラブとやらをしてみても『あら、お世継ぎにお会いできる日も近そうでございますね』などと言いかねない。



「彼女の中で私は男では無い」



彼女は知らない。私が毎夜どの様な気持ちで床につき、早朝から何を想い身嗜みを整えているかなど。

横に立つ自信など無い、だがあの凛とした姿が悲しみに手折れる姿は見たく無い。もしも、メリーの言う通りにして逆に彼女の負担となるのなら、このまま良き雇用主でいた方が良い。


ウィリアムはこっそりと絵師に書かせたエリアリスの肖像画を忍ばせたロケットを握り、溜息を溢すと窓硝子に額を預けた。



「その反応からして、既に何かアクションを起こしてますね?それがうまく行かなくて落ち込んでいたんでしょう!」


「……」


「聞かせて下さい!連絡長!僕、連絡長の幸せのお手伝いをしますよ!」



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