第14話 悪魔の書
ご機嫌よう皆様。私はメリー・アルボット、18歳。
今更ですが、自己紹介をさせて頂くわ。私の実家はここより北に3日程馬車を走らせた、ドルドール領にあるの。かなり辺境にある領だと言って良いわね。実際何も無いですし。そこで12歳まで過ごしたけれど、帝国学園へと通う為に叔父である公爵家に居候していますわ。そしてこの度、帝国大学への入学が決まり、今は入学前のオータムホリデーを楽しんでいる所!
何を楽しんでいるのか?それは当然、従兄弟であるウィリアム兄様の恋路を応援する事よ!私が専攻する予定の法学よりもワクワクするわ!
さてさて、今晩から始まる予定の【残念公爵と難あり伯爵令嬢の恋の行方】のシナリオを準備しなくてはね!確かに、レナウスの恋物語も凄く、凄~くそそられるのだけど、それはエリアリス様と兄様の恋愛よりも簡単だから、ちょこちょこ横槍を入れるだけで何とかなる筈。それよりも、難攻不落にも近いエリアリス様をどうにかしなくては!
「ただねぇ。2人の顔面偏差値が平均過ぎてこう……高揚感に欠けるのよねぇ。兄様がもっと美麗で、頭が超絶良くて、権力もあって……戦わせたら右に出るものは居ない……そんな人だったら、平凡×麗しの君!ってな感じで盛り上がるんだけどなぁ。まぁ、現実ってこういう物よね…世知辛いわ」
はぁ。独り言すら虚しい内容で、シナリオを書く気も失せますわね。ですが、兄様とエリアリス様の為!頑張らなくては。
メリーは、分厚い革張りの日記帳にサラサラとこれからの目標や、そこに至るまでの流れを書き出した。
【ゴール】
2人を恋人にする
【ステップ1】
恋が素敵な物であるとエリアリス様に認識させる
・私と兄様のラブラブを見せつける
・エリアリス様に私と兄様の恋愛について相談する
・ハグやキスをして見せて刺激を与える
・毎日プレゼントを私に買ってくる姿を見せる
・私を褒め讃える
・兄様と恋愛すればこの様な扱いをして貰えるのだと思わせる
【ステップ2】
魅力をアピールする!兄様について知ってもらう。
兄様のアピールポイント……
・愛想が無い
・顔面が普通
・蛇顔
・特出して凄い所がない
・筋肉が気持ち悪い
・趣味やこだわりが無い
・友達がいない
・職場での評判も普通。というか聞いた事が無い
「困ったわ。悪口しか出てこないじゃない……あれ?もしかして……2人の恋路を云々の前に、兄様を魅力的にしなきゃならないんじゃない?」
現状把握の為に、思いつくあれやこれやを書き出してみたが、ドキドキを演出する前にアピールポイントが無いという致命的な問題にメリーは気付いてしまった。そのストロベリーフィズの様な瞳を歪ませ、自身が書き出した現実に頭を殴られながらも、何か他に無いかと書き出してみた。しかし、どれもこれも女性にアピール出来る様なポイントでは無かった。
困りましたわね。早速今晩からスタート予定だと言うのに……こうなったら私の愛読書である【銀麗の騎士と深窓に眠る聖女】このサリザンド騎士団長を兄様に演じて貰うしかないわ!この本は帝国中の書店でイチオシの物語だし、この本を知らない女性はきっとエリアリス様位なもの。もしサリザンド様の様に兄様が振る舞えば……エリアリス様だって兄様に夢中になる筈よ!
「兄様にこの本を熟読する様に伝えなくっちゃ!」
メリーもまた、思ったらすぐ行動の人であり、執事のヘイスを呼びつけると慌てて本を三冊、そして何を目標とし、何に習えば良いかを書いたメモを渡した。
「良いですわね?兄様に直接渡すのよ」
「畏まりました」
「あ、それから今晩から帰宅のご挨拶として玄関、食堂でチークキスを始めますと伝えておいてね」
「は?え……と、チークキスでございますか?」
「?そうよ。何よ、ただ頬寄せ合うだけでしょ」
「は、はい。左様でございますね」
確かに、頬を寄せ合うだけだったとしても、この国だと親子以外で身体に触れ合う事は【男女】のそれを意味するわ。でも、よく考えてみればただ頬に触れ合うだけの事。何をそんなに大騒ぎする事があるのかしら?ダンスですと許されるのですから、頬を寄せあう位何てことありませんわ。
「ですが……些か刺激が強うございませんか?」
「誰に?」
「その……レナウス様も、アナスタシア様もお年頃でございますし」
ヘイスは困り顔で預かったメモに目を落としたが、考えるだけでも胃が痛くなる様な内容を見て、メモを畳み本の目次ページに挟むとそっと表紙を閉じた。
「それは大丈夫よ?あの子達も作戦である事は分かっているから」
「作戦……で、ございますか」
「そうよ!良いからさっさと行きなさい!兄様の時間が無くなるわ」
一体この令嬢は何を考えているのか?ヘイスはこれまでの彼女達の奇行を見てきた故に少々の事では驚かなかったが、流石にチークキスとなるとメルロート家の品位に関わるのではないか?そう思いつつも、口出しして面倒に巻き込まれるのは御免とばかりにヘイスは一礼するとメリーの部屋を出て行った。
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「ウィリアム連絡長!お客様がお越しですよ?」
帝国軍参謀局は、主に国境警備と国外戦に於いてその存在価値を発揮させる。そして国内の警備や要人警備、国内が戦場となった場合は騎士団が主となり戦うのだが、帝国軍参謀局はその両戦力を繋ぐ部署であり、平時は双方の定時連絡の確認や取り纏めがメインの業務であった。その為、戦争の機運が全くない近年の帝国に於いて、最も穏やかな部署であり、特定の人物以外ここに来る事はない。そんな参謀局に来客、しかも自分に。その事にウィリアムは訝しんだ。
「客?」
ウィリアムは、各部署から上がってくる輸出入品目と金額書類を纏め昨対表を作り、数字合わせを行っていた所に声を掛けられた。その所為で、何処まで数字を追っていたかが分からなくなり、イライラとした顔で入口を見ると、扉の横で深々と頭を下げた執事のヘイスが立っていた。
「ヘイス?」
執務室の隣の応接室にヘイスと共に入ったウィリアムは、何かあったのかとヘイスに声を掛けた。
「いえ……メリー様より至急のお届け物がございまして、お持ちした次第でございます」
「従姉妹殿が?なんだ?」
「こちらにございます。必ずこれらの本を読み、メモを読んでから帰宅されます様……念を押してございました。それと、ご伝言がございまして……本日よりご帰宅の際は玄関ホールと食堂ホールにてチークキスを致します。との事でございます」
「……は?」
蛇が豆鉄砲を食らって、気絶したかの様な目でウィリアムはヘイスを見たが、ヘイスは深掘りされても返答に困ると考え、立ち上がると『それではお仕事中に失礼致しました』と言ってとっとと出て行ってしまった。
「お!おいっ!ヘイス!戻ってこい!ヘイス!」
一人取り残されたウィリアムは、呆然としつつも一番上の本の表紙を捲る。だが、彼はその本に大いに傷付けられた。何故なら、メリーは肝心の小説の一冊と日記帳を間違えてヘイスに渡していだからだった。
エリアリスに恋を自覚させる為のステップ、ウィリアムの悪口とも取れる印象。どこをどう読めば参考となるのか、そもそも応援する気があるのか?ウィリアムはそのメリーの本心が書かれた物に絶句した。
「お……おぉ……おぉ……これは悪魔の書か?」
私は……この様に思われていたのか⁉︎しかもなんだ?【残念公爵】とは私の事か⁉︎メリーめ!
しかし何故だろうか?ぐぅの音も出ない。
こうもはっきりとダメ出しされると、自信もやる気も無くなるな。
はぁ……夢を見るべきではなかったのだろうか?彼女に私はやはり相応しく無いのかも知れない。
暫く呆然としていたウィリアム。だが定時連絡会を伝える鐘が建物に鳴り響き、彼は溜息を吐くとメリーの本を持って応接室を後にした。
「はぁ……私は何をやっているんだ」
それまでは初恋により、彼の目に見える世界は色鮮やかであったが、今やセピア色に変わり始めていた。
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