第17話 いつかワルツを
ウィリアムは馬車の中でメリーに渡された本を読んでいた。マーカスに『女性の求める男性像を学ぶには良い』と言われたからだが、本当に女性はこの様な男が良いのだろうか、そう思うとウィリアムは頭が痛くなった。
【銀麗の騎士と深窓に眠る聖女】この本は、王国騎士サリザンド•ルクレーヌと、教会で数百年もの間朽ちる事無く眠る大聖女グレーシア•モンテベルトとの物語。主人公のグレーシアは、前世で魔王を封印する為にその命を封印として永きの眠りについた。
時は経ち、目覚めたグレーシアは自身の眠りを魔物から守る為に配された騎士サリザンドと共に現代生活を謳歌する。だが、グレーシアの目覚めは魔王をも復活させてしまったのだった。楽しい日々に後髪を引かれつつ、グレーシアは次こそ魔王を討伐すると決め、サリザンドに別れも告げず魔王と対峙するのだった……。
「……ふむ。読んでみたが、何処を参考にすれば良いのか分からんな」
「ウィリアム様、きっと主人公をエスコートする姿や掛ける言葉を参考にせよ。と、いう事ではありませんか?」
ウィリアムを迎えに行った側仕えのリアンは、馬車の中でウィリアムが脱ぎ捨てたジャケットを畳みながら声を掛けた。
「お前も読んだ事があるのか?」
「妹がその本が好きで、良く話を聞かされました」
「やはり女性はこの本が好きなのだな」
「みたいですね。私は小説を読まないので良くわかりませんが、妹はその騎士に夢中でしたよ」
「ふむ……何処に夢中になるのだろうな?それになぁ、騎士はこの本に出てくる様に暇ではないぞ?こう毎日街に出て買い物やら散歩やらは出来ん」
「物語ですから」
リアンは苦笑いしながらウィリアムを見た。だが、ウィリアムは真剣に考察をしている様で、騎士サリザンドを好きにはなれないと言った。
「そもそもだ。神体の警護を任される時点でこの騎士は有能では無いだろう?この本の様に一騎当千の騎士なのであれば、国境に配されるか近衛となる筈ではないか。しかも、この女が目覚めた後は忠義を尽くす筈の国王にまで楯突いている……この様な男が本当に良い男と言えるのか?しかも結局女を死なせ、その遺体を死ぬまで守り続けて話は終わる。だが4巻目からはその2人が転生して前世で結ばれなかった縁を結ぶのだろう?うぅん。今世で共にあろうとは願わなかったのだろうか?それに……女性を戦わせる前に己が身体を盾とし戦う事こそが騎士の務めと思うのだがなぁ。しかも生まれ変わってもとは……ストーカーではないか」
「……さ、左様でございますね」
何故現実の物差しで物語を考察するのか、リアンはそんな事だから女性と上手く行かないのではないか?そう思ったが、何も突っ込まず黙っていた。
「だが、この男の聖女を慕う想いは……抓される所があるな」
3巻序盤に描かれた、サリザンドの想いをウィリアムは指でなぞり反芻する。
『届けてはならぬ、なれど届いて欲しいと魂が叫ぶ。ただその笑顔を守りたい、だが私を想い泣いて欲しい』
『何故恋慕うのか、それは彼女が私の魂の片割れだからだ』
もしも、エリアリス殿が泣くことがあるとするならば、私を想い泣いて欲しい。それ以外の事で泣き悲しむ姿は見たくない。いや、そもそも泣いては欲しくないのだが……けれど、私を恋しいと泣いてくれるのならば……この騎士の様に、私も彼女の側に付かず離れず共に在りたいと願うだろう。マーカスは言っていたな。何故好きなのか、理由も分からず気付けば好きになっていたと。確かにそうだ、彼女の何がこうも私を悩ませるのか、その理由を探しても答えは見つからない。ただ心が、目が、彼女から離れない。
「難儀だな」
サリザンドとやらの気持ちだけは、理解出来た。だが、この男の何処を参考にしたら良いのやら。
「ウィリアム様、まだエリアリス様はお屋敷に来て2ヶ月経つか経たぬかです。ゆっくりと交流を深めては如何ですか?」
「分かっている。だが、悠長にもしておられん」
「何故ですか?」
「ケッセドルドのベルモンドが我家が共同経営者となった事で、破綻寸前なのだ。とすれば、利益がで始めたなら次に伯爵家を取り込もうと画策するだろう……エリアリス殿の妹君達がターゲットになる」
「成程。早めに公爵家と伯爵家が縁戚となればそれを抑えられるという事ですね?」
「あぁ。だが、それを理由にエリアリス殿に無理に嫁いで貰いたくは無い」
「……それ程までに恋慕われておいでなのですね」
「あぁ……好きだ。彼女の強さに惹かれている」
「強さ……ですか?」
「我家がどう伯爵家に手を貸しても、伯爵家の困窮には変わりない。そんな中で誰に媚びるでもなく、全てを受け入れて尚、凛として心折らぬ姿に私は畏敬の念すら感じている」
早く家に帰りたい。そしていつもの様に、今日1日に起きた事を嬉々として語って欲しい。
ウィリアムは、窓の外に見える人々の笑顔を見ながらエリアリスを想った。そして、酒場で盛り上がり踊る客とウェイトレスを見て穏やかな顔で笑った。
「ウィリアム様?」
「うん?」
「何か面白い物でも在りましたか?」
「いや……楽しげに踊る者達を見ていた」
「そうですか。ウィリアム様もエリアリス様にダンスを習ってみては?」
「ダンスを?」
「はい、再来月は確か皇太子の誕生舞踏会がありましたよね?エリアリス様とご一緒しては如何です?」
リアンの言葉に、ウィリアムは膝を叩き頷いた。
「そうか!それがあったな。私は夜会や舞踏会に殆ど出ないから忘れていたぞ!そうか……そうだな!お誘いしてみよう」
華やかなドレスを身に纏い、優雅に踊る貴婦人達。そんな花々を引き立てる事を喜びとして舞う男達。その中で一際美しく踊るだろうエリアリスの姿をウィリアムは夢想した。
「はぁ……出来ぬ事を無理にする物では無いな。彼女との日々を一つ一つを大事にしたい物だ」
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