第2話 現実はその程度の事ではございません 執事ロバートの溜息

 私は、テルメール伯爵家にお仕え致しております、執事のロバート・ギャロットと申します。

10歳でテルメール伯爵家の下男としてお仕えする事となりまして、その後に従僕となりとんとん拍子にお取立て頂き、25歳となりました時に執事に昇格致しました。


 それから3年が経ちまして、順風満帆な私の人生にも陰りが見え始めたのでございます。

それは……この伯爵家が『没落』寸前である。という事でございます。


 先日、麗しの我等がエリアリスお嬢様と、この国の第二皇子であるレオリオ様との婚約が破断となりました。

当家が傾き出した原因はこれなのでございますが、あまりにも酷い話なのです。お付き合い頂けますか?いや、頂けなくとも吐き出させて頂くのですが……。

 

 お嬢様は、確かに他のご令嬢と比べ、突出して美人という訳ではございません。いや、決して不細工という事ではございませんので、誤解無きようお願い致します。そうですね、欲目で申し上げたとして……普通。で、ございますかね?可愛い系か美人系かで申し上げますと……間を取って素朴系でしょうか?

散々な言い様ですって?いや、ここで本当に思っているお姿を申し上げるのも無粋ではありませんか。


 我等が心よりお慕いするお嬢様の美しさは、その顔面偏差値では語れぬ所にあるのでございます。

その凛として咲く花の様な佇まいや、所作の美しさは皇妃様ですら一目置く程で、姿美人とはまさにお嬢様の事であると、我等使用人一同、そう思っているのでございます。

そんなお嬢様のお相手として、立場だけは釣り合っていた第二皇子でございますが、事も有ろうに男色に走りまして、皇子妃として側使えの者を据えると言い出したのでございます。

当家も大分危うくありますが、この国も大概危ういと言わざる得ません。


 それに致しましても、我々使用人の運命は旦那様の身の振り方一つに掛かっているのですが、不安しかございません。と、申し上げますのも……人が良過ぎるのでございます。私も、主の事を悪し様に言いたくはございませんが。


しっかりして下さいませ!旦那様!


と、内心いつも思っております。

先日も、当家の物であった鉱山が他家へと渡った所為で、職を失った鉱夫数名が、職が見つからぬ、伯爵の所為だと押しかけて参りました。

はっきりと申し上げます。


そんなのテメェ等の甘えだろうがぁ!このクソ共が!散々旦那におんぶにだっこで何寝ぼけてんだこの豚野郎!

文句があるなら一度死んで生まれ変わって出直してこい!



と、言いたいのを堪えた私を褒めて頂きたい程でございます。


 何故彼等が甘えていると私が申し上げるかと言いますと、我等がテルメール領では他の領には無い、自慢の制度がございます。それは【職業訓練】でございます。これは、旦那様の肝入りで始めた事業の一部でございました。

多くの者に手に職を付けてほしい、そう考えた旦那様は、ありとあらゆる講師を招いてはここで領民に無料で講習を受けさせていたのです。なんだかんだで女性は強うございますね。

訓練が始まると、女性の領民の多くがここで基礎学力を身に着け、他にも裁縫や料理、マナー講座に経営学を学んでおります。ここを卒業した者達の多くは、己で店を立ち上げたり、領地運営に携わったり。他の領地で会計士をする者や、ガヴァネスとなった者もいるのです。

そうして皆さま領内だけではなく、他領や他国にて稼ぎ、我が領を潤してくれているのです。

それを知る私からすれば、一つの事しか出来ず、変わらず働いていればなんとかなるだろうと甘えている男達には溜息しか出ないのでございます。


 ですが、旦那様は事もあろうかこの鉱夫達に一人につき1000カルーネ(1千万)をお与えになり、他の領地での職の斡旋まで行って差し上げたのでございます。1000カルーネもあれば、家族4人で10年は楽に生活できる金額でございます。旦那様は何ですか?破滅願望でもあるのですか?


我々はどうなるのでしょうか。




「ロバート、ちょっと良いか?」


「はい。旦那様」



 何か悪い予感が致します。地下の使用人の談話室に旦那様がお顔をお出しになるとは。何かあったのでございましょうか?しかし、にこやかに私を呼ぶその旦那様が私には恐ろしくて溜まらないのは何故でしょう。


 我々が日夜手を掛け磨き上げた美しい屋敷の中を、旦那様と共に私は歩いておりますが、掃除が完璧な所為か、不備が見当たりません。何かしら不備を見つけて逃げ出したいのに。

そして、二階の突き当りにある旦那様の書斎に入り、私達は向き合うようにソファに座りました。


 一枚板で出来た紫檀の本棚。オークディスプレイキャビネットの中にはクリスタルのグラスのセットと旦那様のコレクションのウィスキー。翡翠の天板が美しいローテーブル。

我々が客人の様な扱いを受ける事は決してあってはならぬ事ではございます。ですが、初めて私はその様な扱いを受ける事となりました。



「ロバート……君さえ良ければなんだけど。キャピレット男爵家がハウス・スチュワードとして君を雇いたいと言ってきたんだ。どうだろうか?」



ほらねーーー!やっぱり!

当家はもう…もう!ダメなのでしょうか!?



「君は良く私達に仕えてくれた。感謝しているんだ……だがね、爵位を返上し、終わらせなくてはならないかもしれないんだ……そうなった時、私に君たちの仕事を紹介出来るだけの力はないだろうからね……良く考えてみて欲しい」



 現実は氷河期よりも氷河期でございます。キャピレット男爵家ですか?成り上がり男爵のキャピレット男爵家!?格下も格下ではございませんか……私に突き付けられた現実は……お嬢様の言う『こんなもの』程度ではございません!しかし、旦那様達を置いて……私がどこに行けると言うのでしょうか?


主と奥方様には絶対忠誠!エリアリスお嬢様は目の保養!マリーお嬢様は心のオアシス!アルマお嬢様は可愛い妹!


この様な素晴らしい職場環境を捨てる程、私……愚かではございません。


完璧な執事たるロバート・ギャロット28歳独身。

私は今ここで宣言致します。


「当家が爵位を失おうとも!私、一生旦那様とおじょ…ゴホン。ご家族の皆様に付いて参ります」



さて、この決断が吉と出るか、凶とでるか。皆様は如何思われますか?


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