向背的レイクサイド6
17
手っ取り早く信用を得るために必要なのは、こっちの情報を、手札を曝け出すことっす。
これはわたしの信用の信条、心情。ではでは、わたしの話から始まるっす。わたしわたしの、昔々の話っす。
「宗教を信仰する家庭だったっす」
出し惜しみなく、答えから彼女は話し始めた。
「親父がどっぷりと浸かってたものでして、まぁ、ほんと使う金、貯める金、何から何まで、信仰に賭けてました」
宗教への、無理な献金。いつの世もある、信仰という名の裏の顔。それにしても、信仰に賭ける、とは謎な言い方を彼女はした。
「信仰に懸けるではなく、信仰に賭けるなのかい?」
「はい、間違えてはないっす。信仰に親父は賭けていたっす」
「有名な名前で言うなら、『
三辻。
が、四辻はよく聞くが、三辻とは。
「四辻ではなく、三辻、辻の声を聞くのは変わりませんけれど、それほどではなく、偉大でも何でもありません」
「辻占の名を借りた、狐、まさに化かすばかりの新興宗教っす」
新興宗教という言葉に、引っ掛かりを持たない自分でもなかった。ただ、三辻、これが信仰名の宗教とは?
「三辻と言うと、伝わってないと言う顔ですが、信仰のトップ、その名は有名だと思うっすよ」
「左右信仰会創始者、
なるほど、光辻か。僕の知識の範疇の話であったのは助かった。
左右信仰会と呼ばれる、宗教団体。左右の進み方、つまるところの三辻による、人生の二者択一に絞った信仰。
なりを潜めていたと思ったが、団体名を変えていたのか。
内容。二者択一のアドバイスをただするだけ。神の託宣だとか、悪魔の呼び声、天使のラッパだと、聞こえたと呼ばれるものは様々だと言われているが、確かに言われてみれば、やっていることは辻占の根底に似ている。
似ていると言うか、似せているのであろうと思う。隠すために、隠れたが、信者が探せば、見つかる程度に、軽快に、警戒。
改めて、『左右信仰』、今の『三辻信仰』、それは二者択一のアドバイスをするだけの信仰である。そして、それこそが、ただそれがこの信仰の恐ろしいところである。
「占い師がどうやって、客を集めるか知ってるっすか?」
従業員の質問から入る。後ろ手を組んだまま、僕の周りをぐるぐると回る。
「占いの手法、基礎の基礎、バーナム効果か?」
「そうっす、そしてそれだけじゃ、わたしが求めている答えには不十分っす。占い師・浮向きに客は集まらないっす」
不十分の答え。占い師が客を増やす、根を張らせる方法。
それは何か。
「いや、分からん。教えてくれ」
「答えは、数っす」
「数を集めるってことか?」
「そうっす。数を集めて、数を打つんす。その中の、100人の中の1人、それが当たれば、もうその1人は2度目の客になるっす」
「絶対にこれは逃げられはしないっす」
口元に人差し指を押し当てる。奇しくも、先ほどの内緒話とアクションがだぶる。そのせいか、唇が上と下で接着されたように動きが悪くなる錯覚がする。
「あの人は知っている、当たる。1度当てても、半信半疑、でも2度当たれば、百依百順っす」
「次第に、外れたら、自分のせいだと責め出すんす。あの人のことを信じきれなかったからとか、自分の不徳の限りだとか、バカみたいっす。アホっす」
「でもそれは、普通の占いの話だ」
僕は、彼女の二の句を手助けする。
「そうなんす、その点が三辻の最たる点っす」
「占い、100人やって、当たるのは1人いれば良いとこっす、1度当てた人を、2度当てさせるのは1%のさらに1%っす。それでも、信じられるかはまた運次第っす」
「三辻は違うと言うことだね。違うとも言い切れないが、やっている博打の大きさが違う」
数打ちゃ当たるではない、数を打たなくとも当たる。
「博打の大きさ、良い言い方ですね。そうっす、大きさ、ギャンブルの勝率を上げる方法それはもちろん、勝ちの確率の高い方に賭けることっす」
「それが、二者択一の三辻っす」
もし、人が2度、未来を当てられたら信用を得るとすれば、100人いれば25人の信用を得られるのである。
「でもでも、これはわたしが宗教を恨んでるって話じゃないっすよ」
「それにしては、面白そうに、興味深そうに、楽しそうに話すように見えたが」
「それはもちろん、でも、奴らはもうほとんど落ちたも同然っすし、三辻の名だって、最近知ったばかりで、名の変わったことも興味なかったっすから」
「見て見ぬ振りが出来たっすから」
着物が少し、力んだのが見える。
途端、勢いよく、こちらを見る。
とびきりの笑顔で。
「わたしには夢が出来たっす。しがない、つまらない、貧乏臭い夢が」
「わたしがそれはそれは小さかった頃、8,9歳っていった所っすかね」
「そんなこんなでわたしの家はとてつもなく貧乏だったっす」
貧乏、また身近で、また簡単に差別的で、曖昧な言葉を彼女は敢えて使った。
「貧乏。もちろん、その言葉を使うに至るにはそれはそれは何か、貧乏であるというエピソードを持っているのが、一番なんだと思うっすけど」
「貧乏と言っても、それは、その言葉は相対的な貧乏か、絶対的な貧乏かという所に帰結されるっすから」
「相対的か、絶対的、君はどっちなんだい?」
彼女が聞いて欲しそうな質問をぶつける。
左右を与える質問を。
「答えることができれば、さっきも言った通り、最高なんすけどね」
「地域差、大きくとれば、国際差。今、この国のこの地域ならば、お金があるが、もっと都会に、はたまたもっと経済力のある国となら、なんて言い始めると、貧乏でない人はみんな石油王っす」
「相対的評価はダメだと言うことだね。じゃあ」
「じゃあ、絶対的になるんすけど、絶対的な貧困って、目に見えるっすか?分かるっすか?」
「わたしにはとても見えないっすよ。遠い国の、見えない国の、一生見る機会のない、有りもしない現実っす」
「石油王なんかよりも、非現実的で、それでもいる存在っす。一番の貧乏。それだけが、貧乏を使って良いってことっすか?」
「お前より、誰々の方が、食べるものがないんだなんて、しょうもない意見っす。親としては情けない最低の意見っす」
「お前が、稼いでない所為だろうって、お前が、お前がって、思いますよ」
「つまり、君は何が言いたい?」
「つまりっすね。大事なところはそんな相対的、絶対的などころではなくて、その当人が貧を感じていることにこそ、それだけに意味があると思うんす」
「貧乏と言いたい時に、言いたい奴が言える場所を作ってやるってのは最高っす」
「最高に低俗な、だらしない心地よさっす」
笑いながら、最高の笑みをしながら、従業員はそう言う持論を述べる。
空気感は重たくなかった。重く感じない自分には、経験が足りなすぎると、自分の胸にネジを打つ。
「それは最高な世界だな全く」
「本当に最高っす」
「金が欲しいっす、力が欲しいっす。金を持って、貧乏になり、力を持って、底辺にいたいっす」
馬鹿っぽく、馬鹿っぽいバカは嬉しそうに理想だけを語る。
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