向背的レイクサイド4
15
「口には合いましたか?」
そう言いながら、エプロンと割烹着を折衷した、白い料理着をつけた女性が僕の隣に座り込んだ。
探索、捜索を終えた僕と大学生は玄関から、一度靴を脱ぎ上がり、食事場へと向かい、昼食と相なった。そのため、ここ、旅館・白雪の料理人である彼女の料理を先ほどまで頂いていたわけで、加えて、今まさに僕はその料理の評価を聞かれている。
「とても美味しかったです。お昼も、もちろん朝食も」
「いえいえ、それはありがとうございます」
「こちらとしても、言葉にしてもらえるのは嬉しいばかりです」
丁寧に、頭を下げる。丁寧繋がりで言うと、ここの女将、不知雪さんの所作もそうだけれど、少し動きというか、何かバラツキが感じられる。
出来栄えではなく、出来の目指すところが違うというか。何だろう。
「何か?」と、声がかかり、思考が遮られる。
「いえ、特に何も」と返す。
「小鳥さん、今はカエラちゃんの所に話に行ってるらしいですね」
そうなのか、僕は聞かされては居なかったけれど。途端、食後に消えたと思っていれば、あの大学生、友達のカエラちゃん、従業員の彼女のもとに行ったのか。
「彼女達、随分と仲がいいみたいですけれど、例えば、元々知り合いだったとか、そう言った繋がりがあったりなんですか?」
言い終えると、ふっと目の前の腕が引き上げ、人差し指をこちらへと指し示す。
ぴっしりと伸びるその健康的な指のさまが、視界にありありと存在する。指を向けられると、怒るなどと言う、活気的な感情はこの時湧かなかった。
ただ、こっちに向いたと思った。
赤切れこそ無い、ただの強い指が。
何か…と言おうとする前に言葉が発される。
「何も、この指先には何も意味は有りません。ただあるのはあなたで有り、あなたが意味です」
「強く受け止めないで下さいよ。そうよく分からない顔をしないで下さい。いえいえ、あなたも、そうではありませんか?と言うことです。あなたも仲良しさんだと、言うことです。浮向さん」
「いや、僕は…」と言いかけるところで、こちらから、切り上げる。
「つまり、彼女達は初対面で、あそこまで仲が良いということなんですね」
「僕的には、その関係の見聞きは慣れ親しんだものを感じたのですがね」
「私的には、その関係も、あなた達の関係も慣れ親しんだものに感じますよ」
そういうものだろうか。人から見た自分の交友関係と、自分が感じる自己の交友関係に差があるのことは考えてみれば普通か。であれば、カエラというあの従業員も振り回されているだけ?
「いえいえ、そういうことは無いと思います。旧知でなくても、窮地に助け合うような仲の良さだと思います。奇怪です」
奇怪とまで、人に呼ばせるその関係が如何程かは想像に易くない。一体、どんな関係だ?
「言葉を選ぶならば、波長が合ったと言えば良いのでしょうか。ほら、学校のクラスで異様に、ハイスピードで仲良くなる彼ら、彼女らと言ったところでしょうね」
「社会に出ようと、歳を食おうと、その可能性は侮れません」
きっぱりと、料理人は言い放つ。
「今更になって、こんなことを聞いて良いか分からないけれど、彼女、小鳥はいつからここに宿泊しているんですか?」
率直な疑問だった。もちろん、この数字が彼女において、あの女子大生にこそおいて、関係形成の指標になるかと言えば、期待薄ではあるが、だからこそ興味もある。
あっさりのこの質問に対して、意外にも、料理人は頭を抱える。
「実のところを言うと、宿泊者に関して、関せずというタイプでして、いえいえ、知らないと言うことも無いのですけれど、はっきりとは知らないんですよ」
「私の仕事は料理を作ることで、配膳も、部屋作りも何もしないんです。ただ、料理を作るのみです」
「目分量で良いのなら、大体、四日前から過ごしておられると思います」
四日間。
確かに、僕とのことを考えれば、さらに女性同士と言うことも含めれば、その親交の進行も侮れまい。
「四日間、先ほどは彼女達の波長があったなんて言いましたが、実際のところ、小鳥さんがその関係構築の大方を占めているのは疑いようの無いところでは有ります」
「いえいえ、お客様を立てているだけではなくてですね。疑いない経験です」
「あなたと、私の」
またもや、指を差したかと思えば、すぐさまその先を自分へと方向を転換する。
経験、仲が良くなりすぎる経験のことであろう。
「私は生まれ故郷が人里より離れていましたから、家族以外の他人との交流といえるものが殆どありませんでした。だから、彼女はとても新鮮です。知らない文化の人のようで」
ひどく孤独になりませんか?仲良くなければ、良かったと思えるほどに。こう、自分は問いたかった、問わなかった。
四日はこの質問に対して、あまりにも些事だ。
「でも、それにしても、仲良しであると思います。あの二人は」
「羨ましかったりしますか?その、カエラさんの立場が」
顔に憂いが映っていた。
その弱い見え隠れに、反応してしまい随分と、子供っぽい質問をしてしまった。言った後にそう思ったが、唾棄した言葉は飲み込めない。
「羨ましい。そうですね…羨ましいと思っていますよ」
「羨ましいと、そうですか」
意外だった。大人びたように見えるその女性に、子供っぽさが這い出てくるようである。
一つ、僕は飲み込んだ。
「しかし、これは私にとって、不相応で、不十分な欲だと言って良いでしょう」
「いえいえ、私は彼女とは違います。そして、彼女もまた私とは違いますから」
「違うとは?」
「役割でしょうか。この建物において言おうとも、私は料理人で有り、彼女は小間使いで有ります」
「仕事内容をとると、私が出汁をとる間に、彼女が物を用意し、私が魚を下ろす間に、彼女が人と話すのです」
「人と仲良くすることがしたいのであれば、私は料理人になるべきではなかったという、それだけの話なのです」
彼女は飲み込んだ。目の端が角度を強めて、はたとその顔が強く大きくなる。
錯覚だ。肥大化したわけではなく、巨大であるように感じる。
「料理人が好きです。その肩書きがとてつもなく、途方もなく好きです」
「料理が好きです。下準備も、味付けも、盛り付けも、全てが好きです」
「私はなるべくしてなった人間です。なるべくして料理人なんです」
「それ以上があろうとも、それが良かったのです。こう思える環境があることに、満足しています」
目に明るさが満ち満ちる。顔に力強さが、腕に技術が見える。
ふと、料理人は流れるように言った。
「あなたはいかがですか?浮向さん」
失礼生まれぬ、四角四面の話文句。自問自答、他問他答。自分を曝けて、他人が話しやすく。
およそ、僕はそれだけは聞かれたくなかったであろうと思う。喉につっかえる何かが、声の出さんと拒絶する。カハカハと出ない言葉も、表情もひた隠す。
つと、にっこり笑顔で、茶を濁した。
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