向背的レイクサイド3

……

 何も見つけられないままに無情に、無常を伝えるように、時間だけが過ぎていく。池の中を覗き込むように見るが、やはり、青が覗くだけである。


「一周してみたけれど、辺りの森林地域にも特に何も無かったね。薄暗くも無く、木漏れ日が気持ちいいことを発見できたくらいじゃ無いかな」

 流石に木漏れ日の気持ちよさ以外も色々に発見はあったが、だからといって確かに、目的のそれ、河童伝説に繋がる何かは一切出てこなかった。


 実際、一周をしたと言っても、河童ヶ池をグルリと時計回り一周したわけでは無い。と言うか、およそ1日かけてもそれは不可能だ。

 河童ヶ池の構造上、メインの湖部分、そのサイズはこのこぢんまりした河童ヶ池とは比べものにならない。


 僕たちが行った航路は、旅館の真正面から左側を調べたのち、一度正面を回って、右側を調べるものだった。


 結果として、今いる場所、旅館の右側の湖畔から遠く見渡す、山間に続く水と陸の境がその巨大さを思わせる。


 巨大な湖に、おまけについたような池、どのように出来たのだろうか。


「森林地域を調べたと言っても、それも周囲数メートルだけの話だ。まだ、何も無かったとも言い切れないんじゃ無いのか?」

ぐるっとこちらに首を回し、白い顔がこちらに露出する。

グッと、親指を立てる。


「そうそう、そうだよ。京介君乗ってきたね。あたしも諦めないよ。勿論、モチのロンだよ」

おー!っとまた大きく声を出す大学生。


 乗せられて、僕もオーっと出す。

 ちなみにこれは訓練の賜物であり、僕の自前のやる気でないことはここに宣言しておきたいと思う。『乗せられてオー』、やらないと後が怖いのだ。


 心からふぇーっと溜息をつく。

 急遽動かした体に、ガタが来ているのかもしれない、まだまだ若いはずであるのに、やはり動かしていないと、なまってダメだな。


 フンフンと腕を振って、腰を捻る運動をする。気道を広げておくと、ヒューヒューと腰を捻るたびに、肺から息が抜け出ていく。


 バキバキと気泡を腰が鳴らす。次は、腰を前方に折り曲げて、前後に体を伸ばす。

 1、2、3といつぞやのラジオ体操を頭に奏でながら、スマートに運動をこなしていく。


 ふっ、うっと息を吐く。その時、ガチャっと、耳の中に音が響いた。

 風呂のあるというスペース辺りからか。間違いなく、扉が開いたと思い、その音の方向にドアを探す。


 前方に倒された上半身を上げないままに、横目でその方向を見やる。


 グググと視界を限界まで、広げていく、もう少しで見える、おっ、やっとドアノブに差し掛かった…


「おーい!団子だんごちゃん。こっちだよ、こっち」


およそ、ドアとは僕を挟んで、真反対に存在するデッカい声に、体は一周、前方へと回転した。


「もぉー、何やってのさ。京介君、楽しいのは分かるけども、分かるけれども、あ、いや分かるな。あたしも後でやろっと、でんぐり返し」

「流石やるね、京介君」

指をパシッと鳴らす大学生。流石にやるつもりでやったわけでは無い、大学生では無い男。妙な関係性であると僕は思った。


 つまり、その彼女。その僕のでんぐり返しという名の、ズッコケを見ていた彼女にとってその光景もそう見えたことだろうと思う。ともすれば、それ以上に余裕なく見えたのかもしれない。


 気がつけば、ずっと立ち尽くしてしまっている。白目こそ向いてないが、そっぽというか、どこか遠くを見ている。


「おい、おい!すみません、小鳥ことりさん聞こえてますか?でんぐり返しは後にしてさ。ほら、いいから、一人、ピンチな人がいるから、それを救えるのは君だけだから」

でんぐり返しに挑戦している大学生を無理にでも、こちら側へと意識を回帰させると、指示を伝える。


「あー!そうだね。忘れていたわけじゃ無いよ。何かを忘れていたとすれば、童心を忘れていただけで、それも思い出したし、またあたし強くなれちゃったかも」

え!お前、失った記憶を手に入れていくごとに、力が増していく系キャラだったのか?


「まだ、あと三段回強くなるよ」

「ちなみにその後は変身もする」


 なんか、回を追う毎にというか、会話を追う毎に極端に頭のネジが飛んでいる気がする。彼女も、僕も。


「すみません、私、お邪魔でしたか?」

流石に見かねたのか、見慣れたのか、左の彼女、団子ちゃんと呼ばれる女性が恐る恐るという感じでこちらに近づいてきていた。


「いんや、団子ちゃん。大丈夫だよ!遊んでただけだしね。フリーよ、自由時間ってやつ」


「あ、そうなの。いえいえ、何か探し回ってるようだったし、調べ物をしているとばかり思っていたから」

いつから見られていたか、分からないが、観察されていたようだ。

 別に隠し立てることは何一つしていないけれど、人の視線が気になる自分としては避けたかった事実であるが。

 まぁ、およそ彼女、料理人が見ていたのは知り合いであろう大学生である。

 つまり、大学生の知り合いだ。大学生が気にしないなら、僕がどうこう考えるのは大袈裟なアクションである。


「そうなのよ、団子ちゃん。あたし達、河童を探してるの、人斬りの河童を」

知ってる?と大学生。


「いえいえ、知らないね。聞いたこともないし、聞かされたこともない」

聞いたことと、聞かされたこと、そう丁寧に二つに言い分ける料理人の言葉。


「本当にあるの?いえいえ、人斬りの河童なんて、ここ以外でも聞かないけれど」


「大丈夫、あたしは聞いたことがあるし、京介君は聞かされたことがあるから」

それはそうだが、正しいことだが、それはつまり、君しか知らないということなのだけれど、君しか聞いていないということなのだけれど。


 心の中でツッコミを続ける。これがあれだ、集団心理って奴だ。みんな持ってるとか、みんな知ってるとか、妙に説得力が出るのが便利なところ。


「あなた、今日から宿泊の『浮向さん』ですよね。あなたも河童へ興味を持って?」

後ろの大学生、前の料理人。『いや』とも『うん』とも言いづらい状況である。

何と返すのが正しいのか。


「『河童』。彼女がいうところの『人斬り河童』という話を聞いたのは今日が初めてです。興味があるかと問われれば、これからというのが、正しいでしょうね」


「なるほど。いえいえ、浮向さんも強い興味がお有りだと、言葉を選ぶところです。けれど、どうやら私と似たような境遇であるようですね」

「いえいえ、境遇と言っても、これまでの生まれ育ちという意味ではなくて、小鳥さんに振り回されているという意味でね」

クスリっと料理人は微笑む。


「あー!酷いな全くもー。聞こえるように、悪口なんて、陰口並みに悪いんだ」

飛んで、小鳥が会話に割り込む。


「それじゃ、悪口ならどこで言っても、同じだけ悪いということにならないか?」


ひなた口、陰口。間を取ればいいのさ。間口まぐちってさ」


「ほとんど正面切ってるようじゃないか」


「それで良いんだよ。建前だけ良ければ、人は1番見栄えが良くなるって意味じゃない?」

人間関係の嫌なところを言いやがる大学生である。


「でも、実際そうじゃない?人が、どれほど仲の良い友達が、裏では自分の陰口を言ってるかも知れない。どんな友達でも、何もかもを知れるわけじゃない、なら目の前では仲良いフリをして欲しくない?」

笑いながら、自分のそんな意見を主張するこの大学生に、僕は関心を持ちはせずとも、それでも感心していた。

 これまた、『うん』とも『いや』とも言わずに黙りこくる。


 数瞬。ガサっと、料理人は手荷物を抱え込み直す。

「すみません。いえいえ、お話は面白いのですが、少々手荷物がありまして。立ち話をするなら、一度、館内へ戻りませんか?昼食の用意がありますし、すぐに昼食もございますので」


 腕に取り付けられた、時計盤を見れば、時間がお昼に近づいていた。


「こちらこそ、すみません、こんな訥弁を」

言いながら、手を差し出す。

自然に、僕はその彼女の手の中にある手荷物を持つように体を動かして。


 その動きに、料理人は半歩引いた。


「いえいえ、構いませんとも。この荷物は私の荷物ですから。それに、お二人は玄関から外へ出たでしょう?」

「私は裏口を利用しているので」

そう言い終えると。

ふらっと料理人は消える。


「あーあ、振られちゃったね。建前だけで生きようとするからだよ」

振られたわけじゃないし、悔しくないし。

 建前だけで良いとか言ったのは、どこのどいつだと思っているんだ。本当に。参考にならん奴め。


「さあ、行こうよ。あたしもう、お腹ぺこぺこのぺこだよー!団子ちゃんの料理食べたい、食べたい」

駄々るな、この大学生が。


 駄々っ子を引きずり、僕たちはもう一度、食事場へと向かった。









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