向背的レイクサイド

13

「話っていうのは、ここにまつわる、この旅館にまつわる伝承のお話」

 何か、百物語の一つでも話し始めるように、ひっそりと空間に音が響く。


「伝承っていうと、まだ決まりきった言い方ではないな。伝統、風習、風俗、技術に、伝説、信仰。言葉のうちなら何に近い?」

 百物語らしくない点があるとすれば、僕という人間が話に質問という水を差す所であろう。

 よってというか、空間は重々しくはならずに、ただ、からっと言葉が反響するだけである。


 いや、ほんと良かったと思うね。暗くなりすぎない。


「伝説って分類してしまうのが、1番近いと思うかな。伝説っていうと磊落な物言いすぎるけれど、だからこそ、一般的な意味合いで、勢いで、伝承、はたまたそれでも強いなら、噂とでも言えば良いと思うよ。それほどでありながら、またそれほどでも無いと言うことなんだよ」

 随分と言葉を選びながら、女子大生はその話の大枠を説明する。伝える上で、話は知名度的に、致命的にマイナーということなんだろうけれど、それはもちろん伝説の面白いところで。

 人の訪れるところほど、神話が生まれるという、人と神の分ちきれない部分というか。人ならざるをこの世に生むために、話し書きする人が沢山必要とかいう矛盾だ。

 有名であれば、本物だと言い切れない部分に深みがある。


「伝説というと、神話から、人類史、妖怪、幽霊、怪奇現象、自然現象と色々あるけれど、これらの中ではどれに近い?」

またもや、言葉を羅列していき、話を進めることに尽力する。一寸、冷静になったりもするが、乗った船に迷いは無駄だと断ずる。


「ズバリ、妖怪だね。妖怪伝説ということだね!」

妖怪か、これまた疑わしいものを挙げてくる。

 出来れば、神話系。特に地方宗教との結びつきでもあれば、嗜好的には合っているのだけれど。まだ、信用しているのだけれど。


「君の言葉の威勢から察するに、マイナーなそれだと予想するけれど、マイナー妖怪だと愚考するけれど、そうすると力になれないかも知れないな。その辺は詳しくない、半可通どころにも、生半可程度だ」


「じゃあ何?降りるの?」

流し目でこちらを見やる。

僕はビクつく。


「あ!違う違う。これは最近見たカジノ映画で、大損の可能性のあることが判明した、相棒にかけるセリフなんだよ、ほら、カッコよかったからさ。言いたくもなるじゃん」

まぁ、そういうこともあるか。男だって憧れの形の一つや二つあるもので、女だからと言って、ない訳は無い。僕だって…と想像に入る前に自制した。


「ほら、京介君、固いんだよね」

「頑固と言うことなんだよ。もっと肩の力抜いていこうよ。知識なんて、後からで良いのさ。実地調査、フィールドワーク、これこそが、リアリティでしょ!」

至って、楽しそうに、いや、正しく健康に楽しく彼女は言葉を述べる。


「私だって、あれだよ。知識なんてからっきしだよ。知ってる妖怪なんて、ほんの少しだし」

それには少しは調べてこいと思った。


「少しは調べてこい」


「あ!言ったな、言われちゃったな。でもね、あたしはさっきも言ったけど、後から主義しゅぎズムだからね。気にしないね、全くね!」


「気にしないのは、良いとしても、気にしないといけないことはあるだろう。君が直面しているのは、実生活における算数ではなく、実地試験における数学だろう?」


「そう、真面目に返されちゃあ、返す言葉も無いけれど、でもそれが大丈夫なのさ」


「大丈夫とは?」


「だって、調べるものっていうのが、有名や有名、妖怪の中の殿堂、かの『河童かっぱ』なんだから」

なるほど、知識が必要ないというよりも、あえて、加える知識が必要ないということらしい。河童といえば、メジャー妖怪の一つ、基礎知識としてある程度のことを知ってはいる。


「さっき、マイナーと言ってなかったか?」


「マイナーではない、情報が河童だけならね。つまり、河童は河童でも、ただの河童ではないということなんだよ」

「ここの河童はね。人を殺すらしいんだよ」


 また物騒な話が持ち上がる。人を殺す伝承、妖怪。これぞ、人が必要な伝承ってやつで、興味深い。


 ズズズと、膝を少しにじりよる。


「河童、確かにそれは人に危害を加えない、ひどい悪さをしないと言うけれど、それも全てじゃないだろう。河童といえども、妖怪と言えども、個性はある」


「そこらへんは流石に調べてきてるよ。個性はあるよね。姿形一つにとっても、体色なら、緑色をしたのもいれば、赤色をしたのもあるし、体格を見れば、大人を描く者もいれば、子供のように小さい奴だと言うものもいる。皿がある、皿がないとか、安全、危険とか。元を辿って、その姿を猿だと言う人さえいるし、そうだからこそ、爬虫類的知見でさえ浅かったりもする」

「京介君、君が言うところのまさに性格だって、一様であるわけが無いとはあたしだって思う。何が、マイナーかなんてより、どんな河童が存在しないかを言及しないと、マイナーとは言えないかもしれない」

「でもね、確かに河童といえども、色々な伝承があるのを知っている。いや、河童だからこそかな、まとまりはないし、様々な形態があるのを知っている。その上で、あたしはマイナーだって言っているの」

それほどまでに、情報を提示する中で、見つけられなかった、つまりの本当の意味でのマイナーだと言われる河童とは何なのか。


 喉が、膨らみ、内を暖める。


「ここからはあたしの、あたし事で出来てる話」

「それを初めて見つけたのは、あたしの所属するサークルに保管されてある過去資料、バックナンバーの小さな小さな枠を取られた一部分。ある先輩の名前が印刷された文章に書かれた河童の話だった」

「異様に、興味の湧いたあたしはそれから、少しばかり、調べてみたりしたけれど、その河童伝説のほんの尻尾の先さえ、捕まえられなかった」

「でも、進展がないわけではなかった、進展というか、発見、灯台下暗し、その大きなヒントは文章にあった。ある旅館に向背する池、名前こそ、知られないけれど、調べても中々見つからないけれど、旅館と池、この二つのヒントからあたしは辿り着いた」


「ここの河童伝説はマイナー。人殺しをする河童の中でも、溺れさせたり、尻子玉を抜いて殺すってことでもない。もっと現実的に、狂気的に、凶器で殺すの」

「そう、河童は河童でもここのは『人斬り河童』とそう言うらしいの」




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