画一的リングサイド4

12

「あたしの名前は宿木とまりぎ小鳥ことり。よろしく〜。絶賛20歳の大学生でーす!」

 喜色満面といった表情で始まった彼女の自己紹介。今一度、座敷に座り直して、あぐらをかきながら話を聞く。

 絶対に警戒は怠らずに、これだけを心に思う。


 部屋に存在する自称殺し屋少女だろうと、この目の前にいる奇怪な女子大生だろうと、僕の思うことは同じだ。危険である。


 もちろん、危険の種類は似て非なるものだが、こと女子大生は避けるに限る。女子大生なんて、危険も危険、触れたら犯罪、連絡を取れば犯罪、とっておきには話しただけで犯罪なんてのも聞いたことがある。


 容疑者の「何もしていない」などと言う意見に社会は看過的である。

 解決策があるとすれば、意識改革として、「何もしていない」ではなく、「何も出来ない」を証明しろということだ。

 そう思って生きてきているし、今もそうだ。だからこそ、腰を落ち着けて、1メートル半のその先に女子大生を据えている状況というのに、僕は一体何をやっているのかと自分をビンタでもしてやりたいくらいだ。


 しかし、ビンタも出来やしない、あぐらの膝から、両掌を離さない。


「僕は浮向うわむき京介きょうすけ。年齢は〇〇歳」


「〇〇歳!ふーん、あんまりあたしと変わらないね。大人っぽく見えたけれど」

そんな普通の紹介から、会話はスタートした。


「話があると、話しかけられた訳だけれど、何を話すのかな。話すことを僕から話して良いのなら、状況説明として、本当は実は、部屋に帰らなくてはならない非常にマズイ理由があるのだけれど」


「あ!そうなの?知らなかった。気づかなかったよ。あたしはてっきり、あなたは部屋に帰りたくないから、残った漬物で時間を潰しているとばっかり思ってたよ」


「いや、いやいやさっき漬物を突いていたのは、部屋に帰りたくないからではなく、部屋に帰るためなんだよ。満腹中枢を刺激するために、15分ほど時間を取っていたんだ」


「満腹であることは確かに大事だよねー。あたしの友達にもいるよー、朝ごはん抜いて来る子。あたしには出来ないね、真似出来ないね」

「でもでも、あの子達は時間がないから、抜いてるって子達ばっかりだよ、あなた、京介君とは違ってね」


「時間は僕にだってないよ。だからこそ、君との話を早く切り上げて、部屋に戻らねばと思っているんだよ」


「嘘だね!」ピシッと指を鳴らして、闊達に放つ。


「何を持ってそう言うのだ。証拠は?証拠はあるのかね」としどろもどろ、犯人らしく犯人である僕は返答する。


「なぜなら、ずっとあたしは京介君を見ていましたから!」

えっ!僕は貞操を両手で守るように体を動かす。二人の距離も2メートルへと引き延ばし、防衛体制を整える。

 まさか、貞操の危機がこんな所に転がっているとは。いやはや、僕は男の子だから自分ばかりが加害者にならないようなどと考えていたが、なるほど被害者になる危険性も孕んでいるということか。


 じっと僕は、彼女を訝しみながら視線を突きつける。子猫みたいに、されど大根。


「違う、違うよ!ずっと見ていたっていっても、ずっと見惚れていたって意味の見るじゃないから、ずっと見張っていたって意味の見るだから」

 少々のニュアンスの違いで説明する女子大生、その程度の意味合いの差で埋められる危なさではないとは思うけれど。見惚れようと、見張ろうと、普通ではない。


「あたし、大学生って言ったでしょ、大学生といえば、サークル活動じゃん」

「あたし、新聞サークルに入ってるの。将来はマスコミ志望でね」


「それで見張っていたと?」


「そうそう、そうでもなきゃ、君なんて見ないよ。見てられないよ。あたし、どちらかと言えばマッチョ派だからさ〜」


「君の嗜好も、僕の体型もこの際どうでも良いのだけれど」


「あたしには関係ある考え方よ」


「じゃあ、訂正して。君の思考はどうでも良いのだけれど、辞めておくべきだと思うね」


「マスコミ志望を?」

若干、シワがデコにより、顔が歪む。


「違う、人を見張ることだ。君の少し年上だから忠告しておくけれどね。学生という、肩書きをもう少し重要視するべきだ。その程度で社会を、人を軽んじるべきでは無い。今は大丈夫かもしれないけれど、怪我する可能性も大きくある。心身ともにね」


「何か、京介君ってうるさいね。一回しか、人生生きてないくせに、全知でも気取る父親みたいだね」

うるさい?

いや、そうだ。

うるさかった。忠告ごもっとも。

頭を冷やせ僕。


「そうだね。そんな話をしたいのではなく、そんなことを聞きたいわけでもなかった。君がマスコミ志望であることも、だからの結果もどうでも良いんだね。さっき知り合った程度なのだから」


「そうそう、そんなこと気にする必要は無いよ。無駄だよ。無理だよ。要らないよ」


「じゃあ、そうだな。小節11と12の間にあった時間つまり、僕がご飯を食べている時間、漬物を突き始めての時間を理解して、見て、知って、何故僕などという人に話しかけているのかを僕は知りたいね」


「暇だからだよ、暇だったからだよ」

単調に、答える。言葉の芯が、言葉が真だと訴える。


「暇っだからだよ。カエラちゃんがいない。部屋にいる。だから、暇だった。すると、食事している男がいるでは無いか、カエラちゃん同様、歳も近そうだ。よし、大丈夫そうなら、話しかけようと言う思考原理だよ」


「じゃあ、なおさら大丈夫じゃなさそうに映ったんじゃ無いのか?」


「小1時間、漬物を突いてること?笑わせないでよ、京介君。あたしの友達は、毎日、毎朝4時間かけて、メイクしてくる。メイクが必要だったから、彼女は4時間でも使う。あたしだって、4時間も要らないけれど、時間がかける。それと同様に、君にも理由があって、漬物を突いていたというだけでしょ」

「何も、自分の行動だけが、おかしい訳じゃ無い。感性の違いから、人が何に重きを置くのかなんて、全く違うよ。その程度で変なんて、笑い話よ」


「あたしは話しかけた。君は普通だった。それだけだよ。特別じゃ無い代わりに、おかしくもないでしょ」

……


「もちろん、いきなり体でも触られたら、叫んで、喚いて、人呼んで、刑事事件にでも仕立て上げてあげる所だけど、そこの所は頑固そうだからね〜!」

膝上の手のひらに汗が滲み、関節がギシギシと根を上げている。


「だからさ、固くならないで、せっかくの旅先だよ。旅は道連れだよ。楽しみすぎて、疲れるくらいが、丁度いいって、ね」


「やれやれ、小うるさい年下だな。全くもって鬱陶しい。それで、なんだって、暇なら、何を話す?僕は聞くだけだけれど」

言いながら、卓の上にある、おしぼりで僕は手のひらを拭った。


「そう来なくっちゃ!」

言って、女子大生は指を鳴らした。

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