絶対的アウトサイド3
8
金300万は無事に渡した(奪われた)けれど、殺し屋、
それほどまでに、背は小学生とまではいかないがほどほどに小さく、服装も正装と言えるだろうが、両親の友達の結婚式のために卸されたシャツとサスペンダー、吊るしたショートパンツのようで服に着られている感が否めない。
「正真正銘じゃ。神に誓って、偽物ということはない」
ハキハキと殺し屋であることを神に誓った少女だったが、畏れ知らずというか、本当に恐るべきはこちらが不利益を被りそうだろうことだろうか。
少女とこんな街外れの旅館の一室に二人きりと言うのは司法的に許されるものなるか?
それもこれも彼女が殺し屋だとはっきりしない故の悩みだ。確かめなくてはならない。
「だからと言って、名乗ったからと言って、かの殺し屋とは判断ならないよ」
分からない、骨董店のように真贋を見極める能力などもちろんない。
強いて言うなら、信用がないというより、身長がないのが痛い。本物のそれらしさが欠けている。
「言っても満足せん奴じゃな。何が不満足と言うのか、若いうちから傲慢で、考え方が凝り固まっとる」
上方から聞こえる声に僕は答える。面は上は向かずに、前方に。けれど、言葉は上に向けて、前方に。
「ところで、いいですか?」
「何じゃ?答えて良いぞ。何か言いたいことがあるなら言えよ」
許可してやる、と堂々と偉そうに自称殺し屋は答える。
「じゃあ、言わせてもらいますけれど。肩の上、何故体を人の字にしながら乗っているんですか?」
肩に触れる少女の足から、熱が伝わる。親指がじんわりと硬化する。
「あの、足裏から嫌な熱を感じるけれど、何かな何なのかな、何するのかな?」
「いや何、京介。お前が気にするようなことは無いぞ。全くお前がすることは無いし、出来ることもない」
さらに足の指が硬化していく、鋭利な刃物へとその感覚を研ぎ澄ませる。
グッと、それは僕の肉に侵入した。肉と筋、皮の隙間にめり込んでいく感覚である。
危険信号が脊髄まで到達した時点で行動は開始される。反応は反射的、痛みが脳へ改めて移動していく前に上半身を振り回す。
グゥわ、ギヴェいん、グッふ、く。痛みで言葉にならない。除けようと、いくら体を振り回しても、痛みが少しも引かない、引く気配もない。
殺人技とは言えない程度の、肩のツボに向かって豪快なマッサージ、自称殺し屋からの熱烈な逆足裏マッサージである。
倒れ込むことさえ、出来ない。そうすることを体が拒絶しているようである。肩の肉が掴まれているからか、手首を強く握られた時、手のひらが動かないように、腕も一切上がらない。
首から熱気がすたたり上がり、ゴリゴリと血管が皮膚を押し上げる。この時、人生で初めて悶絶を知った。
「おい、何じゃったかの?人がどうしていることに疑問を抱いたと言ったかの?」
一旦、足裏への力みを失わせると、耳に血が回り始め、まともな呼吸の味を体が思い出す。酸素と共に質問もやっと聞き取る。
「気にしているのなら…聞かないでくれと、言えばいいものを…」
言い終えると、グラッと前に僕は倒れ込みかけた。
疲れたのではなく、上方のそれが半分、移動し重心がブレたのである。その影響でグイッと身体を折り曲げる少女の顔が視界の上の端に少し見えた。
編んだ黒髪が垂れ下がる。
「儂は気にしてなどおらんよ。何も気にしてなどおらん。完全無欠で、完全無血じゃ」
気にしていない人間の握力ならぬ、足力ではなかったけれど、冗談では無い痛みだったけれど。
「まぁ、そうだな。いや、これは別にお前の…」
「
丁寧に、呼び名を矯正される。微弱の肩の痛みを付随させてなければ、可愛い行動なのだけれど。これでは矯正でなくて、強制だ。どう考えようと、行動を矯正されるべきはこの少女のはずであるのに。
「切落、これは別に切落の身長の…ゔぅん、そう、切落のプロポーションの話では無いんだよ。だから、ちょっと力を抜いてくれると助かるんだが」
「そうか。ではプロポーションの話ではなくて、何の話なんじゃ、言ってみい」
「ところで、と話を変えたのはこの体制では話しにくいと言うことを言いたい訳だよ」
下着こそ、上を向こうが見えないがショートパンツからはみ出る白い足がしっかり見えてしまう。
ショートパンツの少女を、美少女を下から覗くと言うのは、そういった趣味嗜好を持ち得る人には絶好の絶景なのだろうが、僕のような普通な感性の持ち主からすれば絶交の案件に他ならない。しかも絶交するのは社会とである。
「ふん、そうか。そこまで言われれば仕方ない。仕方がないし、仕様もない。降りてやろう」
言うと、ピョンと飛び降り自殺のように、倒れ込むようにして、地面へと向かう。
フワリと空気が小さな少女をキャッチした擬似を想像されるほどに、繊細な体運びをまざまざと見せられる。
「降りてやったぞ。儂と言うものが京介のような者の言うことを聞いてやったぞ」
人の上から降りただけでこの言いよう、もしかして、もしかすると僕は相当不味いことを頼んでしまったのではないか、不味いことをマズい人に頼んでしまったのではないか。
300万持ってきたけれど、さらに
「ところでの話から帰って、話を初めに話し始めるけれど、切落、君が本当にかの殺し屋であるとは確信していないんだよ、僕は」
「おいおい、まだその話をするのか?あれだけのことをされておいて、欲しがりな奴じゃな」
「マッサージのことを言っているなら、僕に言わせれば、あんなものはマッサージの枠を出ない、最良のマッサージと言えるね」
熱気をはらむ肩には痛みが一定周期でやって来ている。余裕だぜ、笑えるね。
「強がりはよせよ。
そう言い放つと、またもや自分が座っていた椅子に座り直す。サイズ感の合わないオシャレな椅子にふんぞるように。
言われて、僕は手を伸ばそうとする。何かを求めるでもなく、少女に向かって手を伸ばそうと。
「おいおい、何だこれは腕が上がらない」
痺れたようにして、ある一定以上の高さに腕が持ち上げられない。
「まさか、本当で本気で言っていたんじゃないんだろう?筋を断ち切るなんて」
何もかも切り落とす殺し屋、そう自分が言ったことを思い出す。
「嘘だよな、嘘なんだろう。筋を切ったなんて」
「そう、嘘じゃ」
「え」
短と答える少女に、今、こいつは何て言った?なんて心で偽りなく、作った言葉でもなく、自然に思った。
嘘だとでも言ったのか、嘘であれと思いはしたかもしれないが、いやいや、嘘であれとは思ったのか…自分の言葉すら信じれなくなっているではないか。
「だから、嘘じゃって。僧帽筋も、はたまた
安心せい、と手をパタパタと振る。
「京介はあれじゃな、正直者という奴じゃな。人の言うことは全部正しいと思い込んで、騙される。生きにくかろうなその性格」
はたと、そこまでを聞いて、何も答えなかった。答える、答えないまでを考えないほどにひっそりと熱が引いていく感覚がする。
肩の痛みも冷めていく。
「おい、じゃああれじゃ。そこのバックから、一本取れよ」
それそれ、と指差す方向には大きめの黒いボストンバックが一つある。
近づき、ガサっと鳴り止まない素材をジッパーを開けて上方、下方へ。
「一本取れと言われてもだな、何が何だか」
ゴロッと何かが飛び出した。
そのままゴロゴロとおにぎりのように、ボーリング球ほどのそれは僕の足元まで転がる。
何だ?と持ち上げる。髪のような材質が半球に。肌のような材質が半球に。双眸がガッチリとこちらを見てい…
おぁ。と、驚きのあまり僕は球を落とす。もとい球という名の生首であった。
「あぁ、すまん。さっきまで出しておったから片付けて、上の方にそのままじゃったか」
僕の驚きの醜態を見すました後、椅子から飛び降りると、近くまで寄ってきた。
まだ、腰を抜かしている僕を尻目にヒョイと生首を持ち上げる切落。
バスケットボールの要領でクルクルっと人差し指で回転させる。
「いい出来じゃろう?京介、お前も騙されよった名作だぞ。甚五郎と言う名じゃ」
「左?」
「右じゃ」
完全な名作の贋作であるとした名前の生首を切落はこともあろうか、ベットへ投げ捨てる。
「これは後でいくらでも遊べる。今はさっさと一本取り出せ。それで儂の真贋はっきりするじゃろう」
ほら、どけと足で蹴飛ばされ、あれやこれやとボストンバックの中を弄り始める。
蹴られた横っ腹をさすりながら、僕は切落を見やる。
「あったこれじゃ。これが京介を打った一本じゃー!」
天高らかに鞘に仕舞い込まれた刀を持ち上げる。悪びれもせず、銃刀法違反であるが、こんなアウトサイドには関係ない。見つからなければ良いのだ。
コンコンッ!
部屋のドアをノックされた。
切落を見やる。そう、見つからなければ良いのだ。
いや、見つかってはいけないのだ!
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