第一王子に婚約をすっぽかされた私は、第二王子に婚約を申し込まれました
@kurona0
第1話
「僕と結婚してください、リリアナ」
そう、夢の中で囁かれたところで目が覚めた。
何度目の悪夢か、幼い頃交わした口約束など十年経った今ではおとぎ話。実際、王子は異国の姫と数年前に結婚している。まったく、いつになったら記憶から消え去ってくれるのだろうか? そもそも、下級貴族の令嬢である私が王子との結婚など何度人生をやり直したところで叶わないというのに。
ぼうっと窓の外を眺めているとお付きの侍女であるナラが見計らったかのように入室してきた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう。今日の予定は?」
「その前に朝食をお済ませになることを提案します」
「私、朝は食が細くて。後でスープでも持ってきて」
「は、はい」
ナラとは長い付き合いだが、彼女が臆病な性格もあって委縮されてしまうことが多い。そんなに怖がらなくてもいいのに、私ってきつく見えるのだろうか。
姿見の前に座るとナラは慌てた様子で駆け寄り、背中まで伸びた髪をとかし始めた。鏡を何度見ても、幼い頃に亡くなった母の面影が残った顔をしている。栗色の髪も、青い瞳も、父親から受け継いだ要素はどこにもない。顔立ちが良かった母に似て美人と言われることもあるが、なんだかお下がりのような気がして嫌になることも多かった。
「本日は記念式典への参加予定がございます」
「そう」
「ドレスは何着かご用意しております。後ほどご覧になりますか?」
「いい、いつもので構わない。どうせ下級貴族であるヴェシュタイン家の令嬢である私に興味のある者などいない。適当なドレスを着て、適当に談笑して終わる。ホント、式典って退屈よね」
「は、はあ」
返事に困った様子のナラは苦笑いを浮かべたまま身だしなみを整える手伝いを続けていた。
夜になり、乗り込んだ馬車は都市中央の王城前に到着する。
すでに近隣の王族、国中の貴族が集まっており式典は賑わいを見せている。記念式典と名うってはいるが、所詮は貴族の暇つぶしの舞踏会。夜空にも似た着慣れた漆黒のドレス姿で馬車から降りるが、近くの近衛兵以外誰も見向きはしない。
片隅で時間を潰しておけば、いずれはお開きとなるだろう。
会場に入りウェイターからグラスを一つ受け取る。成人していればお酒で気も紛れるというのに、いつまでもぶどうジュースでは飽きてしまう。会場を見渡し比較的静かそうな席に座ると、私を小馬鹿にしてはストレスを発散するどこぞの令嬢が高笑いとともに現れた。
「あら、リリアナ・ヴェシュタイン嬢は今日も一人? わたくしのお付きを一人、わけてあげようかしら?」
大きなため息をついてみせるが彼女の高笑いの前には耳に届いていないだろう。シュリ・レッドフェルン。かつてはヴェシュタイン家と並んで下級貴族であったが、シュリの母が名のある貴族に嫁いでからは貴族としての地位を高め、今では数人の男性を引き連れるような令嬢になっている。幼い頃よく顔を合わせていたせいか、事あるごとに絡んでくるのが鬱陶しい。
「結構です」
「そう遠慮せずに、あなた顔だけは良いんだから」
「シュリ様。私のような下級貴族には勿体ないですよ」
「そうかしら、そうよね。そうだったわ!!」
満足そうに笑みを浮かべるとシュリは去っていく。ホント、厄介な人物。見つからないようにしていたのに、視野が広すぎる。
苛立ちを隠すようにぶどうジュースを一気に煽ってみるが、酔いは回ってこなかった。
時間が経って会場が優雅なダンスを踊り始めた頃、私はパートナーにされるのも面倒で一人バルコニーに出て夜風に当たっていた。会場の雰囲気が嫌で一人になりたかったのもあるが、私がいたところで主役にはならない。かつて私に求婚した王子と異国の姫のワルツの脇役になるだけ。女の子として生まれたなら、一度くらいは舞踏会の主役を夢見るが、現実は魔法使いがガラスの靴を用意してくれるほど甘くはない。
このまま抜け出して、一人の少女として生きたとしたらどうなるのだろう? ぼうっと夜空を眺めていると誰かがバルコニーに出てきた。
「先客、か。君も舞踏会の煌びやかさに充てられたのかい?」
振り向くと濡羽色の髪にサファイアにも似た瞳を持つ均整の取れた顔立ちをした男性が立っていた。細めの印象を受けるがきちんと鍛えられているようで、すらりと四肢が伸びている。私のドレスにも似た、黒を基調としたタキシードが印象的だった。
どこかの貴族のご子息か、上流階級のしなやかさを持ち合わせている。
「え、っと。はい。少し、疲れてしまって」
「気が合うね。僕も少々疲れて夜風に当たろうかと思ってね。隣、いいかい?」
物腰柔らかな雰囲気をまとう少年は頷く私の隣に来るとふう、と大きく息を吐いた。
「君、綺麗な顔をしているね」
「え、はあ。ありがとうございます」
初対面の相手にいきなりなんだというのだろう。容姿を褒められるのは嬉しいが、少し失礼な気もした。会話を続ける意思はない、会場に戻ろうかと口を開こうとしたところで先手を打たれた。
「名乗るのが遅れた。僕はイヴァン。君は?」
「私はリリアナ・ヴェシュタインです」
「リリアナ?」
「なにか?」
「いや、なんでもないよ。……突然だけど、僕は君に一目惚れしてしまったようだ」
口説いて来たと思ったら急になんなのだろう。自分の顔立ちにでも自惚れているのだろうか? 顔立ちは良いが、教養は足りていないように見える。教養に自信のない私だが、この人が変わっているということはすぐにわかった。早くこの場を立ち去ろう、と急いたのが良くなかったのか、段差に躓いてしまう。
「きゃっ!」
目前まで石造りの床が迫る。
ぎゅっと目をつぶった瞬間、体がふわりと浮いた。
痛く、ない? おそるおそる目を開くと、イヴァンと名乗った青年が私を力強く支えていいた。
「大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込むイヴァン、近くで見ると青い瞳に吸い込まれそうになる。
「は、はい。ありが……」
「近くで見ると、より綺麗だね。やっぱり、一目惚れだ」
「は、はあ? なんなのよ、もう!」
イヴァンを突き放し、距離を取る。心臓が早鐘を打っているのは危険人物である彼への警戒心であってときめきではないことを祈る。ドレスを整え、きっとイヴァンを睨んだ。
「助けてくださったのには礼を言いますが、私は一目惚れと言われて落ちるような軽い女ではありません! 失礼します!」
強引に場を収め、足早に立ち去る。願わくばもう二度と顔を合わせたくない。
まさかシュリ以上に厄介な人物がいるなんて、式典が終わるよりも前に逃げ出したくて、会場前に停めてあった馬車に乗り込んだ。
貴族の令嬢と言っても、絢爛豪華な毎日を送っているわけではない。式典や舞踏会はたまにあるだけで、普段は父の遣いでどこかへ赴いたり、教養のために勉強したり容姿を保つために稽古したりの毎日。代り映えのしない日々を過ごすだけで、いつかは名も顔も知らないどこかの貴族の男性と結婚させられるのだろう。
父の遣いから戻る帰り道。途中で馬車を拾う前に城下街で個人的な買い物にナラを付き合わせていた。
「付き合わせて悪いわね」
「いえ、お嬢様の頼みとあればこのナラ火の中でも水の中でも!」
相変わらず忠誠心の高い子だ。幼い頃は友人のように接していたが、私が十になった頃には専属のお付きになっていた。身の回りの世話から業務の補佐まで、感謝を伝えたいが私は素直な性格ではなくてありがとうと伝えるのは少し恥ずかしさがあった。
「そうだ。ナラにもなにか買ってあげる。欲しいものあったら言って」
「そ、そんな! 私は……」
「いいの、こ、これは、日頃の感……」
「あ、可愛いお洋服! お嬢様に似合うのでは!?」
言い切る前に、ナラは目を輝かせて服飾店を見つめている。たまに天然を発症するところが憎めないところである。私の服を選ぶ気満々であるが、次いでにナラの服も買おう。
ナラの気が済むまで露店に並んだ色とりどりな洋服を適当に見ていようと思ったのだが、少し目を離した隙に城下街の人波に飲み込まれナラとはぐれてしまった。
「ナラ? どこにいるの?」
ナラを探し辺りをうろついている間に気づけば人気の少ない城下街の外れに出ていた。先ほどまでの賑わいはなく、あっという間に人相の悪い数人の男たちに囲まれてしまった。
「嬢ちゃん、いい身なりしてるな。金目のモノ持ってるだろ?」
「持っていません、持っていたとしてもあなたたちにあげません」
「随分と生意気な嬢ちゃんだ。いいぜ、モノがないならあんたを売ればいい。その前に俺たちと遊んでもらうがな」
太い腕が伸びてくる、捕まれば逃れられないだろう。護身術も習ってはいるが、咄嗟の恐怖に体が動かない。このまま売られてしまう? そんなの嫌だ!
ぐっと身構えたところで乾いた音が鳴った。震えながら目を開くとどこかで見た濡羽色の髪が特徴的な少年が私を庇うように立っていた。
「申し訳ないが、お下がり願おう」
「ああ? 優男がなんの用だ?」
「彼女は僕にとって大切な人でね。手を出すというなら相手させてもらうよ。まあ、警備兵を呼んでおいたから先に彼らに追われることになるだろうけど」
「ちっ! お前ら、面倒なことになる前にずらかるぞ!」
横槍が入ったこともあり、男たちはそそくさと逃げていく。
ふう、と息を吐きながら振り返った少年は、やはりあの日私に迫ったイヴァンだった。
「怪我はない?」
「怪我は、ないです」
「良かった」
「……偶然? それともどこかからつけてきたの?」
「偶然だよ、僕もたまたま城下に買い物に来ていただけ。そう警戒しないで、あの日のこととは謝罪するよ。初対面のご令嬢相手に失礼だった」
イヴァンは深々と頭を下げる。変わってはいるが、悪い人ではなさそうだ。
「いえ、いいんです。二度も助けていただきましたので」
「ところで、どうしてこんな裏路地に?」
「付き人とはぐれてしまって」
「それは大変だ。探すのを手伝うよ。どんな人だい?」
一人でも、と言いかけてやめた。一人で行動して問題に巻き込まれたのだ、ここはお言葉に甘え彼に助けてもらおう。ナラの特徴を話すと、イヴァンは城下街の中心の方へ案内してくれる。
「城下街にはよく来るの?」
「いえ、あまり。イヴァン様は?」
「イヴァンでいいよ。僕はよく来る、近衛の目を盗んでくるのは大変だけどね」
近衛が生活の中に自然といるということは、彼は地位の高い人物なのだろう。家名を聞いていないが、立ち振る舞いは一流の貴族を思わせる。後でお礼をしないと、家名くらい聞いておくべきだろう。
「イヴァン」
「なんだい?」
「あなたの家名を聞いても?」
「家名、か。うーん、今は秘密にしておいて」
「秘密って、それではお礼が出来ません」
「お礼? いいよ、君が無事だったのがなによりのお礼さ」
はぐらかすようにイヴァンは笑顔を向ける。昔、どこかで見たような笑顔だった。記憶が薄れていて思い出せないが、彼に似た笑みをどこかで……。
「あそこにいるのはリリアナ嬢の付き人ではないかい?」
思い出しかけたところでイヴァンが噴水近くを指差した。視線を移すとそこには見慣れたメイド姿に薄紫の髪色を揺らして周囲を見渡すナラの姿があった。
「ナラ!」
「お嬢様ー! 申し訳ありません、お嬢様を見失うなど付き人失格! この身を持って償いますぅ!!」
「良いの、私も勝手にはぐれてしまったのだから。道中この方に助けていただいたし、万事問題ないわ」
「この方? はて、どこに?」
「え?」
辺りを見渡してみるがイヴァンの姿はどこにもない。先ほどまで隣にいたはずなのに、一体どこへ? 神出鬼没な彼に振り回されながらも泣きじゃくるナラをなだめながら帰路につくことにした。
数日が経った頃、私は風邪をひいた父の代わりに国王の生誕を祝うパーティーに出席することになった。生誕祭ということもあり、国中の貴族が呼ばれていると聞いた。本来ならナラも付いてくるはずだったのだが、所用があって屋敷に残っている。
国中の貴族が来るというなら、イヴァンも来ているのだろうか? ……な、なんでイヴァンのことなんて。たまたま、たまたまよ。先日のお礼をし忘れたから伝えたいだけで、他意はないの。しかし、生誕祭の会場に顔を出す前に廊下でシュリと顔を合わせてしまった。
「あら、リリアナ嬢じゃない。下級貴族も呼ばれていたのね」
「はい、父の代わりに」
「そう。でも、貴方もかわいそうね。今日は第一王子ディリッヒ様も出席するらしいわ。かつては口約束とはいえディリッヒ様と結婚を約束していた貴方が顔を合わせたら、貴方はどんな反応をするのかしら? 他国の姫君に取られてしまう、哀れなお嬢様の歪む顔、見てみたいわぁ」
くすくす、笑うシュリはなにかを企んでいるようだが、いくら彼女でもできることには限りがあるはず、無視して会場に急ごう。
生誕祭の会場に入ると以前の式典以上に賑わいを見せていた。国王陛下も出席し、演説をしている。こういった場は苦手だが、下級とはいえヴェシュタインの家名を汚すわけにはいかない。演説が終わり、会場が拍手に包まれると自然と会場は食事会へと姿を変えた。
生誕祭も閉幕に近づいた頃、お手洗いから会場に戻る道中で庭園にいるディリッヒ様の姿を目にした。幼い頃から変わらないブロンドの髪に優し気な翡翠色の瞳。もしかしたら、彼と婚約していた未来もあったのかもしれない。顔を合わせたくなくて早足に会場に戻ろうとしたのだが、どうやらディリッヒ様の近くにシュリもいたようで、彼女に大きな声で名を呼ばれた。
「あら、リリアナ嬢! 貴方もこっちに来て話したら?」
「リリアナ? ……リリアナ・ヴェシュタイン、か」
私の名を聞いた途端、あからさまに王子の顔が曇った。彼の顔色を悪くさせるような行動をした覚えはないが、ここで逃げるのは余計に事態を重くさせるだけだと、シュリに呼ばれるまま庭園に足を運ぶとディリッヒ様は低い声で言った。
「彼女と二人で話をしたい。他の者は席を外してくれ」
王子の命に周囲にいた者はシュリを含め全員庭園から出ていく。二人残された庭園には小鳥のさえずりと風が草花を撫でる音だけが奏でられていた。
「お久しぶりです、ディリッヒ様」
「ああ、久しぶりだね。俺を裏切っておいて今まで挨拶もないくらいには」
裏切る? いったいなんのことだろう? 幼い頃に王城で出会い、婚約の約束までしたのに距離を取るようになったのはそちらなのに。しかし、反論も許さないと言わんばかりに王子は言葉を紡ぐ。
「シュリから聞いたよ。家の為に俺に近づいて、いずれはすべてを取り上げるつもりだったんだろう? 君を信頼していたのに、本当に騙された気分だ」
「な、なんのことを言っているのか、私にはわかりません」
「とぼけても無駄だよ、証拠はシュリから見せてもらっている。君と彼女は親友だろう? その彼女が言うんだ、間違いはないだろう」
証拠? 騙された? 話が一方通行過ぎて理解が追い付かないが察するにシュリが王子によからぬことを吹き込んだように思える。しかもありもしない証拠つきで。昔は友人だったはずなのに、いつからシュリは私に対してつらく当たるようになったのだろう。ありもしない噂話を作られるほどに嫌われてしまったのは、私のせいなのだろうか?
なにかを言い返したいが、なにを言っても彼には届かない気がした。
せめて、せめてシュリの吹き込んだことは嘘であると伝えたいのに。
「そこまでだ、兄さん」
劣勢に立たされた状況で誰かの声がした。ディリッヒ様を兄と呼ぶということは第二王子、かつて私も面識のある、黒髪の……。黒髪? まさか……。
「何用だ、イヴァン」
「イヴァン?」
振り向くと二度も私を助けてくれた少年、イヴァンの姿がそこにあった。
正装に身を包み、濡羽色の黒髪を陽に照らされながら歩み寄ると私を庇うように前に出る。
「兄さんはシュリに騙されている」
「なにを言う、証拠だって」
「証拠ってこれのこと?」
イヴァンは懐から一枚の紙きれを取り出すとディリッヒに見せつけた。覗き込んでみると私に関する悪い噂の載った記事と証拠となる写真がピンでとめてある。
「そうだ。見間違えることのない、証拠だよ」
「残念だけど、違う。確かめたから間違いはない。写真も、この記事も全て個人で作られた捏造品だ。きっと幼い兄さんはシュリの言うことを鵜呑みにしたまま十年経った今もそれを信じていた。かつて、自分で婚約を申し込んだリリアナの言葉も聞かずに、ね」
「そ、それは……」
「言い訳があるなら、聞くよ? それとも幼い頃に交わした口約束での婚約などお遊びだったのかい? 我が兄ながら、ひどいものだ」
「し、仕方なかったんだ! 国を大きくするための結婚! 確かにリリアナに恋をしていたが、政略結婚を持ち込まれたのとシュリから嘘の情報を伝えられたのは同じ時期! 事を急いても仕方ないだろう?」
「知らないよ。好きになった女の子を不安にさせ、挙句に裏切ったなんて妄言を吐く兄のことなんてね」
イヴァンの強い口調にディリッヒ様はなにも言い返せなくなり、逃げるように庭園から出て行った。救われたのは三度目。偶然か、必然か、イヴァンを見つめたまま私は動けなくなっていた。
「大丈夫?」
「は、はい。でも、イヴァンも人が悪いです。第二王子なら早々に伝えてくれても……」
「第二王子って伝えたら君に警戒されてしまう。それに、幼い頃にリリアナに優しくされて惚れてしまった手前、一目惚れなんて嘘を吐いて近づくことしか出来なくて。我ながら子供っぽいよ、大人になったと思ったけど君より年下なのは変わらないみたいだ」
ニッと笑うイヴァンを見て思い出した。幼い頃、王城でシュリと共に迷い込んだ庭園でディリッヒ様や黒髪の男の子にあったことを。身分の違いはあったけれど、仲良く遊んだ覚えがある。初対面じゃなかったんだ。自分を救ってくれた人を忘れていたなんて、恥ずかしい。……今、彼さり気なく私に惚れたって言わなかった?
「えっと、あの……」
「いい、今すぐ返事が欲しいわけじゃない。ただ、僕は兄のような男じゃないよ。一度心に決めた相手は生涯をかけて幸せにする。相手はリリアナ、君だけどいいかな?」
「そ、その! まずはお互いを知るところから!」
「そう、だね。はは、望みありってことかな?」
苦笑を浮かべるイヴァンの顔に思わず吹き出してしまう。
庭園を二人で後にすると生誕祭は終わっていたが、ディリッヒ様に詰められたのか、震えるシュリが残っていた。真相を問いただしてみると素直に認めてくれた。理由は私への嫉妬によるもの。第一王子と親交を深め口約束とはいえ婚約まで交わした私への妬みだった。
本来は罪を償ってもらうべきなのだろうが、そんな気は起きなかった。
城のバルコニーから城下を見下ろすイヴァンに私は目を奪われていた。私にとっての王子様は彼なのかもしれない。魔女はガラスの靴を容易には運んでくれない、と思っていた。
「聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「望みあり、と思って聞くけれど」
「はい」
「僕と結婚してください、リリアナ」
「ふふ、考えてみます」
でも、今ばかりは。
少しくらい夢を見てもいいだろう。
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