第53話 嫁の世話をしたいから固有魔法を使わせてくれ
多頭雷龍が襲来したことによる大混乱は、一ヵ月が経過した頃には落ち着きを取り戻していた。
レベッカのほうは、魔獣の討伐数を着実に伸ばして、すでにレベル10に到達していた。同期の中では(オレを除けば)最速のレベルアップだ。さすがは学年次席だな。ヤル気も十二分にあるし、ひょっとしたら一年もかからずにレベル20の一人前になれるかもしれない。
一方のレニはというと……冒険者になってから早四カ月は経っているのだが、未だにレベル2のまま。体調を崩してダンジョン攻略を休むこともちょくちょくあるし、同行したところで、頭を抱えてしゃがみこみ、ぷるぷると震えている有様。
だから先輩冒険者のゲオルクが、レニのために防御結界を展開するハメになり、結果、オレが前衛と中衛を兼ねることになっている。
オレ、職種としては剣士で、適性としては回復師なんだがなぁ。なのにいまやオールラウンダーと化していた。
まぁこのメンバーには、オレが固有魔法持ちであることはバレているし、多頭雷龍を一人で倒したことも気づかれているようだから、オレ一人でが前衛中衛を兼ねたところで不安はないのだろう。
だがユーティがなぁ……不安はなくても不満が明らかに堪っているようだ。
何に対して不満なのかといえば、もちろんレニに対してだ。まるで役に立っていない(そして今後も役に立ちそうにない)レニに、ユーティは苛立ちを募らせている。
ユーティは、普段から口数も少なくて、外見も大人しそうに見えるのだが、なにげにかなり好戦的なんだよな。好戦的というか……何かに焦っているようにも見える。
レベッカも戦闘に前向きではあるのだが、それは「空を見たい」という純粋な憧れから来ているものだ。だからそこに焦りみたいな感情は見受けられない。しかしユーティは、まるで何かに怯えていて、そこから逃げたいから強くなろうとしているように感じられる。
まぁ……オレの思い込みかもしれないし、ダンジョン都市の住人は、元より魔族に怯える生活を強いられているわけだから、ユーティに限った話ではないのかもしれないが。
だがどんな理由であれ、ユーティが不満を溜め込んでいるのは事実だった。
レニに直接苦言を呈することはしないが、オレには度々文句を言ってくる。文句というより本来は助言なのだが……オレとしても分かっているから文句にしか聞こえないんだよな。
だが──確かにユーティの言うとおり、そろそろ潮時なのかもしれない。
レニの性格からしたら、ああしてダンジョンに入るだけでも大した進歩なわけだし、それ以上を求めてもさすがに酷だろう。
レニが度々体調を崩しているのだって、もしかしたらメンタル面から来ているのかもしれない。当初は、ダンジョンの魔力に当てられたのかと思っていたが、レベル2になってもまだ体調不良になるということは、相当に心労が堪っているのだろう。
とはいえ、都市内でレニに出来そうな仕事はないし……
となるともはや『専業主婦』という肩書きを持たせるためだけにオレと結婚して、実質的にはニートになってもらうしかないのか?
いやだから、それはそれでメンタル面によろしくないと思うのだが……自宅でひとりぼっちにしてしまうわけで。
学生のころは、オレが毎日レニの元を訪れていたわけだが、冒険者として本格稼働を始めたら、それもままならなくなる。これは、ギルドスタッフになったケーニィに指摘されていることでもある。
だとしたら……残機を使うか?
残機の中でも準本体なら、オレ本体と同等の会話と判断が可能になるから、その準本体にレニの面倒を見させるとか……
白昼堂々と固有魔法を使うなんて、バレたら都市追放待ったナシの状況なのだが、そもそも、レニの面倒を見るだけの準本体は戦闘しないわけだからバレる可能性は低い。
それにレニに友達はいないから(涙)、誰かにうっかり口を滑らせる心配もない。
あとは、ご近所様の目さえ気をつけていれば──例えば生活に必要な買い出しとかはレニに言ってもらって、準本体のオレは専業主夫としてレニの世話をするとか。今のレニなら、買い物に行くくらいの体力は付いただろうし。
そんな感じであれば、準本体がなんとかレニの面倒を見ることは可能かもな。あとは実際にやってみて、問題が起こったら都度都度対処するしかないだろう。
今ならミュラとカリンの覚えもいい。何しろあっちは、多頭雷龍討伐の件ですごく感謝してくれているようだから、万が一、固有魔法がバレたとしてもすぐさま都市追放にはならないかもしれない。
もっとも「嫁の世話をしたいから固有魔法を使わせてくれ」などとバカ正直に申請したら、間違いなく却下だろうから、可能な限り秘密にはしておくが。
そんな感じで、オレがいよいよ結婚する決意──というか、気分的にはもはや養女を引き受ける感じではあるが、いずれにしてもそんな決意を固めたその日。
その不穏な噂は、オレの耳に届くことになるのだった。
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