第54話 耳に届いた不穏な噂

 ジップオレの耳に届いた不穏な噂とは『多頭雷龍は魔人が召喚したのではないか?』というものだった。


 最初はオレも、そんなバカなと思っていた。


 なぜなら、このフリストル市を魔人が狙うなら、多頭雷龍を召喚するまでもなく、自らが攻めてくればいいのだから。


 フリストル市全冒険者の総力を結集しても太刀打ち出来ない魔人が、わざわざ多頭雷龍の力を借りる必要はない。そもそも、魔人が召喚魔法なんて使うのかも分からない。


 それにダンジョンの天井に大穴が開いていたことからも、多頭雷龍が自らの力で縦穴を穿うがち、そこから下層に降りてきたと考えるほうが自然だと考えていたのだが……


 しかし、魔人側で何かしらの事情があって、自身ではダンジョン都市を攻められない、という可能性もある。とても低いとは思うが。


 いま思えば、戦場跡になった大空洞調査の際、ミュラが縦穴の魔力痕跡を調べていたのは、誰が縦穴を穿ったのか確認したかったのだろう。多頭雷龍が穿ったのであれば、雷撃系の魔力を感知するだろうから。


 そのときから、ミュラは魔人の可能性を考慮に入れていたってわけか。オレは思いも至らなかったので恐れ入る。


 だが結局、時間が経ちすぎて魔力の痕跡は失われていた。


 いずれにしても、いったんは沈静化したと思われた多頭雷龍の話が、またぶり返してしまうのは頂けない。なぜなら「あれは本当に同士討ちだったのか?」という疑念もまた持ち上がってしまうからだ。


 だいたい、多頭雷龍の死骸は一匹しかなかったのだ。その点からも同士討ちだというギルドの見解は疑問符が付く。


 もっともギルドの見解には続きがあって『同士討ちの末に勝利したほうは、天井の縦穴を使って上層に帰った』ということにはなっているが、その証拠はどこにもない。


 カリンの固有魔法のおかげで、フリストル市近辺に、多頭雷龍と同格の魔獣がいないことだけは確認できているのだが、なぜそんな確認ができているのかの根拠も発表できない。根拠を示せば、必然的に固有魔法を知らしめることになるのだから。


 つまりギルドの公式見解にしても、不可解な点が多すぎるわけだ。というより多頭雷龍が下層に出現したこと自体が不可解なのだから、結局は憶測が憶測を呼び、いちど流れ始めた魔人召喚説はくすぶり続けることになる。


 そうなれば、唯一現場にいたオレにも、否が応でも注目が集まってくる。


 オレは、大怪我のあげく気絶していたわけだから『詳しい状況は何も知らない』で今のところ通せてはいる。


 しかし……いつまでもこの噂が消えないのだとしたら、いつしか、本当はオレが倒したという噂も流れるかもしれない。そうなれば固有魔法が言及されるのは必至だ。


 いや、違うな。


 オレが倒したという説は、実は誰もが一度は思い描いたはずだ。


 しかしそうなったら、まず間違いなく、オレが固有魔法持ちだということになるから、誰も口にしないだけなのだろう。


 だけど噂なんて、どうなるかは分からない。


 いちど口火が切られたなら、固有魔法の件は一気に流布するかもしれない。そうなったら、いくら口にするのも禁忌な話題とはいえ、ミュラにも止められないだろう。


 言わば、今は弾薬が目一杯詰め込まれた拳銃のようなものだ。あとは引き金を引けば噂は爆発的に広まる。その引き金は、なんのキッカケで引かれるのかが分からないだけだ。


 だとしたら……そうなる前に……


「オレが、自主的に都市追放するとか、かな?」


 オレは自室のベッドで横になり、自虐的に苦笑する。


 明日もダンジョン探索だから早く寝付かないといけないのに、最近はこんなことばかり考えていて、睡眠の質が低下しているようだった。


 だからといって思考のループをすんなりやめられれば苦労はない。


「はぁ……ちょっと考えてみるか……」


 オレはため息をつきながら起き上がると、寝間着のまま机に向かった。


 自主的にしろ強制的にしろ、都市追放されたらどうなるのかをきちんとシミュレーションしてみようと思ったのだ。


 ちなみにフリストル市の紙は高級品なので、メモ書き程度なら布片を使う。ということでオレは、布片を広げてそこにペンを走らせた。

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