第12話 男女が入り乱れて! 組んずほぐれつしながら!!

 レニわたしがジップにしごかれるようになってから……二ヵ月が過ぎる。


 全身筋肉痛だと泣き叫び、息切れで死んでしまうと懇願し、体のスジが切れると訴えているのにジップは容赦してくれない。


 まるで人が変わったかのように、ジップはわたしをいぢめ抜いたのだ……!


 うう……わたしを好きにしていいとは言ったけれど、こんな激しさは望んでなかった……そもそも野外プレイだなんて想定すらしていなかったというのに……


 でもわたしが「訓練なんてもうしたくない! ヤダ! やめる!!」と怒ると──


「そうか? ならオレは、レベッカと一緒に訓練してくるから、お前は好きにしていいぞ」


 ──だなんて言ってくる!


 ジップとレベッカを二人っきりにすることなんて出来ないんだから、そんなことを言われたら一緒に行くしかないじゃない!


 と、いふわけで。


 わたしが七転八倒していたら、季節はいつしか早春になり、草木は芽吹き始め、ダンジョン都市を吹き抜ける風も少し柔らかになって──


 ──気づけばわたしは、高等部を卒業することになっていた。


「はぁ……結局お前は、就職先が決まらなかったな……」


 卒業式を終えて、その会場だった武道館から出てくると、わたしの隣にいたジップがぼやき続ける。


「せめて、商店か食堂かの手伝いが出来ればよかったんだけど……」


 しかし残念ながらどこのお店も空きがなかった。


 だからわたしは、肩を落とすジップに言った。


「仕方がない。都市の仕事は、基本的に退役冒険者の仕事だもの」


「そりゃ分かってるけど……じゃあお前はどうする気だ?」


「わたしを哀れと思うなら、お願いだから結婚して」


「あのなぁ……」


 せっかく、卒業式という絶好の機会に愛の告白をしたというのに、ジップは頬を赤らめることすらしない。


 な、なんで……? 告白には理想のシチュエーションじゃないの……?


 やっぱりわたしに飽きちゃった!?


 わたしが呆然としていると、ジップが口を開く前に、背後から声が掛けられる。


「ようジップ! せっかくの卒業式だってのにシケた面してどうした!」


 視線をそちらに向けると、クラスメイトのケーニィ・スミスがやってきた。確か、ジップとよくつるんでいた男子学生で、その仲はかなりよかったはずだ。


 サラサラの髪の毛に、ほっそい垂れ目で肌は色白。女子学生からはイケメンとか言われていた気がするが、わたしは、あの軽薄そうな薄ら笑いがどうにも苦手だった。


 だからジップの背中にわたしはサッと隠れると、ジップがケーニィに言った。


「いやなに……コイツの就職が決まらなかったもんでな」


 せっかく隠れたというのに、ジップがわたしを引っ張り出してしまう。


「おお、レニじゃんか。卒業式前の教室待機のとき、いたっけ?」


「トイレに隠れてたらしい。レベッカに頼んで捜し出してもらったんだ」


 わたしは卒業式なんて出たくなかったのに、またもやジップに無理やり連れられ、だから女子トイレの個室に隠れたというのに、今度はレベッカに引っ張られ、卒業式に出る羽目となったのだ。


 以前なら、校長先生の長大な話に体力が追いつかず、式典の途中で意識を飛ばして保健室で寝られたはずなのに、ここ二ヵ月の強制訓練のせいで、屋外の活動限界が延びてしまったのが恨めしい……


 恨めしがりながら、わたしはジップの腕にしがみついて顔を逸らしているというのに、ケーニィは声を掛けてきた。


「そしたらレニも卒業パーティーに行こうぜ! うちのクラスは近くの酒場で開催すっから。今日から酒もオッケーだぞ!」


「ひいぃぃぃぃ……」


 グイグイ詰め寄ってくるケーニィに、わたしは怖くなって再びジップの背後に隠れる。ケーニィの「相変わらずだなぁ」という、呆れているのか笑っているのかよく分からない声だけが聞こえて来たがどうでもよかった。


 すると、わたしの変わりにジップが答えた。


「もちろんこれから連れて行くから、ケーニィは先に行っててくれ」


「分かったよ。じゃあ後でな」


 ケーニィが立ち去ってから、わたしは激しく抗議する。


「わたし、行くなんていってない!」


 わたしが後ろで震えているというのに、どうして分かってくれないの!? いや、分かっていて承諾したんだ!


 わたしがジップを睨み付けると、しかしジップは真剣な表情になった。


「これからの事を考えたら、少しでも人に慣れておかないと」


「慣れたくなんてない!」


「けどな……」


「わたしはジップがいればそれでいいの!」


 真摯なわたしの気持ちが届いたのか、ジップは少し赤くなる。だけどそれでも、ジップはわたしの意向を汲んでくれない。


「ダメだ。そもそもオレは、来月からダンジョンに行くんだぞ? もう本当に、お前を構ってやれないんだよ」


「ならずっと自宅で待ってるからいい!」


「そんなの寂しいだろ?」


「寂しくないもん!」


「はぁもう……」


 ジップは大きくため息をついてから、辺りをキョロキョロ見回す。


「あ、いたいた。お〜い、レベッカ〜」


「な……?」


 たくさんの卒業生や在校生が入り交じる正門広場で、ジップはレベッカを見つけると唐突に声を掛けた。


 女友達と立ち話をしていたレベッカだったが、声を掛けられた彼女は、ニコニコしながらこちらにやってきてしまう。


「あらジップ、なぁに? もしかして愛の告白?」


「こんな往来でするかよ……」


 つい先ほどのわたしは、こんな往来で愛の告白をしたんだけど……


 周囲がうるさすぎて、ジップ以外には聞こえていないと思うけど。


 っていうか!


 そもそもなんでハッキリ断らないの!? 「愛の告白を往来でしない」んじゃなくて、「そもそも愛の告白なんてしない」が正しい対応なんじゃないの!?


 婚約者(候補)がすぐ隣にいるというのに!


 わたしがジップの腕をつねると、ジップは「な、なんだよ?」と首を傾げてわたしを見た。


「わたしの告白は断ったのに……」


 わたしが小声でそう言っても、聞こえていたはずのジップはわたしをスルーして(!)レベッカに話しかける。


「レベッカもパーティに行くんだろ?」


「もちろんよ。あ、レニは休んでたから出欠とってなかったけど、行くんでしょう?」


「それが行かないって言い出してさ」


「え、なんで? みんなでこうして集まれるなんて、この先はあんまりないかもしれないのに……」


「だよなー。でも本人が行きたくないって言うんだから仕方がないじゃん?」


「けど……」


「というわけで、オレはレニを自宅に送り届けてから合流すっから。その後、一緒に楽しもうぜ、レベッカ」


 くっ……!


 ジップはレベッカにそう言いながらも、ニヤつく顔をわたしに向けてくる!


 ま、またこの手口なの!?


 レベッカと何かをすると言えば、わたしを強制的に連れ出せる……だなんて最近のジップってば思ってるんじゃない!?


 そんな脅し、今回は効かないんだから!


 だってパーティともなれば、ふたりっきりになるはずないもの!


 であれば学校の教室と同じ!


 だから断固拒否の構えを取ろうとしたら、ジップが白々しい伸びをした。


「う〜ん、それにしても今日で最後かぁ。卒業パーティでは、きっと告白大会になるんだろうなぁ」


 ジップのその台詞に、レベッカも苦笑する。


「そうね。とくにお酒も入るし、その勢いに乗ってそうなるかもね」


 え? え? ……ええ!?


 告白大会!?


 告白大会とは──


 ──男女が入り乱れて! 組んずほぐれつしながら!! 愛を叫び合うってこと!?


 そ、そんなことになったら……


 その雰囲気に当てられて、レベッカが本気の告白をしないとも限らない。あるいはお酒に酔って、告白以上のナニかをしでかさないとも限らない!


 そうして酔った勢いのまま、ジップがそれを受け入れてしまったなら……!?


 わたしが青ざめていると、ジップがわたしの顔を覗き込んでいた。


「念のためもう一度確認するけど、お前は帰宅でいいんだな?」


「……………………………………わたしも、行く」


 そうしてわたしは、ハラハラと涙を流すのだった。

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