第13話 もうこうなったら……呑むしかない!

 レニわたしは、引きづられるように卒業パーティに連れてこられると、ジップの背中に隠れてビクビクしていた。


 何しろ、一年もの間、登校拒否きゅうがくしていたというのに、卒業パーティにだけ参加するなんて……なんだか、人見知りなのに寂しがり屋の痛い子みたいじゃないか……!


 しかも狭い酒場に40人くらいのクラスメイトが密集しているので避難する場所もない! 立食なのに、人とすれ違うのにも体をよじらなければならないのだ!


 こうなったら、トイレに行くフリをして会場から逃げよう!


 わたしはそう思って「ちょっとトイレに行ってくる」とジップに言うと、なぜかジップに手を取られた。


「な、なに……?」


 しかしジップはわたしの疑問には答えず、その代わりにお酒を片手に立ち話をしていたレベッカに話を向ける。


「レベッカ、レニがトイレに行きたいって」


「分かったわ、それじゃあ行きましょうレニ」


「!?!?」


 すると今度はレベッカに腕を取られて、人混みの中を移動していく。


「あ、あの……!」


 うるさい酒場内なので、わたしは声を張り上げるしかなかった。


「な、なんでレベッカも……!?」


 するとレベッカは振り返って、ニヤリと笑う。


「ジップから頼まれているのよ。トイレに行くフリをして、レニが逃げないよう見ててくれって」


「な……!?」


 まさかトイレの監視までされるとは思っておらず、わたしは絶句する。


 さすがはジップだ。わたしのことを理解してる──


 ──でも、だからといって!


 こんな理解のされ方はしたくないのだが!?


 もはやまったく逃げ場を失ったわたしは、渋々ながらもトイレへと続く通路に入る。とくにもよおして、、、、、はいなかったけど、わたしはとりあえずトイレにも入った。


 ……このお店のトイレ、窓がない。


 仕方なくわたしはトイレから出ると、レベッカはにっこり笑ってわたしの手を取った。


「あ、あの……!」


「あら? レニからおしゃべりしてくれるなんて珍しいわね。どうしたの?」


「い、いえ……その……」


 トイレ用通路には人の姿はない。会場からほんの少しだけ離れているから、わたしの小声でもレベッカに届けることが出来た。


 このタイミングを逃したら、レベッカに真意を尋ねることはもう出来ないかもしれない。


 だからわたしは、うつむきがちに、でも意を決して言った。


「レベッカは……ジップのこと……どう思ってるんですか……?」


「………………」


 わたしのその質問に、レベッカは少しの間沈黙する。


 その沈黙が痛くて、わたしはにわかに震えだした。怖くてレベッカの顔が見られない。


 ああ……わたしはどうして、こんなことを聞いてしまったのだろう……


 ジップをどう思っているかだなんて、そんな分かりきっていることを……!


 これで「わたしはジップが好き」だなんて言われたら、もはやわたしの出る幕がなくなってしまう!


 そんなの死刑宣告に等しいのに、だというのにわたしは自ら聞いてしまった!


 聞かなきゃ聞かないで不安で堪らなかったのだ……


 わたしが後悔でどうにかなりそうになっていると、やがてレベッカが言ってくる。


「そうね……とても優秀なパートナーだと思っているわ」


「…………?」


 その答えのニュアンスが分からず、わたしは思わず顔を上げた。


 するとレベッカは、わずか18歳にして、とても母性に満ちた笑顔でいる。


 ああ……レベッカがお母さんだったらいいのに……と思えるほどだった。


「今は、それだけしか答えられないわね」


「えっと……パートナーって……いったいどういう意味……」


「ふふ。それは内緒♪」


 聖母のようだったレベッカは、堕天使のごとき笑みを浮かべて言ってきた。


「わたしがどう思っているかは、わたしと一緒に行動して、自分で確かめたらいいでしょ?」


「うう……そんなことは無理……」


「もぅ。何事も、最初から無理だなんて決めつけるのはよくないわ。全力で頑張ってみて、あらゆる可能性を探ってみて、それでも諦めなければ無理だなんてことないんだから」


「で、でも……これからわたしとジップは……離ればなれだし……」


「ああ……なるほど」


 わたしの言葉足らずな説明でも、レベッカは理解してくれたらしい。


「レニは焦ってるのね? 来月から、ジップは冒険者としてダンジョンに出向くし、しかも、そのパーティにはわたしが一緒だから」


「………………はい」


「ふふっ。そういうところ、ちゃんと女の子してるのねぇ」


 まだ18歳なのにおばさんくさいことを言いながら、レベッカは微笑していた。


「そんなに心配なら、あなたも冒険者になればいいじゃない」


 そして、思いも寄らないことを言ってくる。


 だからわたしの思考は追いつかず、あっけにとられてレベッカを見るばかりになった。だというのにレベッカは話を勝手に進めてしまう。


「わたしたちのパーティって、まだ前衛がいないのよ。防御系の適性を持った人員がね。確かレニって防御魔法に適性があったでしょう? ならちょうどいいわ」


「む、無理……!」


「ほら、すぐ無理だって言う。この二ヵ月の基礎トレで、レニだって成長したでしょう? これから頑張っていけば、きっと冒険者にだってなれるわよ」


「日常生活と冒険者とじゃ、まったく違う……!」


 ジップが言うには、わたしをしごいていたのは、ちょっと買い物に出るだけでも階段とかで息切れを起こすようではさすがに健康が心配だ、という話だったからだ。


 確かに……わたしもさすがに体力の衰えは気になっていたし、最近はちょっとぷよってきてたし、だからこそ、ジップにしごかれても甘んじて受けていたのだけれど……


 しかし、それが冒険者用の戦闘訓練となったら話はまったく違う! もはや異次元レベルで!!


 しかしわたしの口は、ジップ以外だとうまく回らないので、わたしは絶対にイヤという意思表示を、頭を横に何度も振ることでレベッカに伝えた。


 するとレベッカは、ますますイヤらしい笑みを浮かべてくる。


「そっかぁ。なら別にいいけどね? しばらくは先輩冒険者が付き添ってくれるから当面は問題ないし、だからわたしとジップで、ふたりで一生懸命、力を合わせて冒険してくるわね?」


「……!?」


 さっきの、聖母みたいな笑顔はどこへいったの!?


 わたしが目を白黒させているのも気にせず、さらにレベッカが言い募る。


「そうなると、朝から晩までジップと一緒になっちゃうな〜? 当然、ダンジョンから帰ってきても、夜遅くまでジップとは作戦会議をしなくちゃだし。そういう場合、余計な移動時間なんかは節約したいから、ジップにはうちに泊まってもらおっかな〜?」


「そ……それはダメ……!」


 もはや涙が溢れんばかりになってきたので、レベッカの小悪魔的微笑も見えない。だけど彼女の澄んだ声だけは聞こえてきた。


「なら、一緒のパーティに入ればいいじゃない」


「だから無理……!」


「やってみなくちゃ分からないでしょう?」


「ジップだって反対する!」


「それはそうかもだけど……わたしが説得するわ」


「むりむりむりぃ……!」


「あ、ちょっと!?」


 そしてわたしはレベッカから逃げ出して──


 ──本当はお店から出て行こうとしたのだけど、人混みにもみくちゃにされて出入口がどこかも分からなくなる。


「おや? レニじゃんか」


 すると横から声が聞こえてきて、そっちを見たらケーニィがいた。


「なんだ、ジップとはぐれたのか?」


 いえ違います、わたしは帰りたいので出入口まで案内してください。


「おーいジップ〜! レニはこっちにいるぞ〜!」


 だから違うんですってば!?


 しかしわたしの言葉は声にならず、その結果、ジップに捕まってしまう。


「レベッカとはぐれたのか?」


「違う……! レベッカにいぢめられた……!」


「はぁ?」


 わたしがジップの片腕にしがみついて告げ口しても、ジップはまともに取り合ってくれない。そのうちレベッカが合流してしまい頭を下げてきた。


「ごめんごめん、今後のこととか、レニをちょっと焚きつけちゃったの」


「ああ、そういうことか。いいよ、レニにはいい薬だからもっと言ってやってくれ」


 よくないよ!?


 この女、わたしを冒険者にさせようとしてるのよ!


 ジップはわたしが冒険者になるの反対だったでしょう!?


 ──などとは声にも出せず、やかましい店内でわたしは悶々とするばかり。


 もう……


 もうこうなったら……


 呑むしかない!


 だからわたしは、テーブルに置かれているお酒に手を伸ばした!

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