第11話 まさに、必ず死ぬ努力をしていた
しかも基礎トレで体力気力を使い切ったレニは、オレに背負われていたから、耳元でエンドレスに愚痴られる。
挙げ句の果てに、昔はああだったとかこうだったとか、今日の基礎トレ以外のことにまでなぜか言及が始まった。
レニ曰く「ジップだって、大した戦闘訓練もしてなかったのに……!」とのこと。大変憤慨していらっしゃる。
中等部に上がって本格的に戦闘訓練が始まったあとも、確かにオレは食っちゃ寝しながら……いや、そこまで怠けていたりはしていないと思うのだが、とはいえ訓練に精を出していたわけでもなかった。
それでいて、学業・戦闘ともに他の追随を許さなかった。
他の生徒は、朝練や自主練をしているというのに、オレは、規則正しく毎朝7時には起床していたが朝練には出ず(そもそも朝練に出るためには6時起床だし)、のんびり朝食を食べてから悠々と通学し、夕方に戦闘訓練が終わった後は、居残り自主練をする生徒を尻目にさっさと帰宅していた。
ちなみに、病気や怪我でもない限りは、あるいは大学部への進学を狙うのでもない限りは、すべての生徒が早朝と居残りの自主練をする。当時、していなかったのはオレと──そしてレニだけだった。
それでもオレは、とくにひがまれることもなく、むしろ教えを請われるほどには人気者だった。命が賭かっている異世界では、嫉妬するより指導を受けたいという気持ちが勝るようだ。まぁ出来れば、命を賭けるほどに追い込まれたくはないが……
とはいえ、オレがまるで努力をしてこなかったと言えばそうではなく──まぁオレ本体は怠けていたかもしれないが、その裏では残機が必死で努力していたのだ。
まさに、必ず死ぬ努力をしていた。それは比喩でもなんでもなく。
中等部に上がるころのオレは、ルーティン作業でいいなら、数百体の残機を生み出せるようになっていた。だから冒険者達に紛れて残機達をダンジョンに送り込んでいたのだ。
残機の背丈は──つまりオレ自身は、少々背の低い大人くらいには成長していたから、オレがまだ学生である事には誰も気づかなかった。
何しろダンジョンへの出入りは時間制になっている。ダンジョン入場は朝9時〜10時にかけてで、そのときにダンジョンへの正門が開かれる。だから多くの冒険者達が、何重もの列をなしてダンジョンへ入っていくのだ。それをいちいちチェックしていたら、入場だけで日が暮れてしまうからチェックはない。異世界には自動改札もないし。
そうして10時以降は、ダンジョン都市を守るために正門は閉ざされ、ダンジョン退場も18〜19時の間と決められている。だが退場の場合は、時間外でも門兵に連絡を入れれば通用門から退場できる手はずにはなっていた。ダンジョン内で不測の事態が起きて、退場時間に合わないこともあるからだ。しかし基本的には、みんな退場時間を一定の目安として帰ってくる。
そんなわけで、ダンジョンの出入りに制限がないから、子供のオレでも入場自体は可能だった。そこで成果を上げても一切の換金が出来ないだけで。
なのでオレは、来る日も来る日も残機をダンジョンに送り込み、気づけば数百体の残機がダンジョン内で活動することになった。
しかし最初は、まるで魔獣の相手にならなかった。何しろ武器は包丁で防具はナシ。しかし台所の包丁が何度もなくなると母親が困るし、不審にも思われるだろうから、翌日からは手ぶらになってしまう。
だから魔獣との戦いは魔法戦となったが、魔法はたくさん覚えていたものの、いかんせん魔力が足りない。
よって最初の1週間は、送り込んだ残機はすべて全滅。結構なグロ映像を見るはめになってしまう。
なおダンジョン内で死ぬと、その肉体は蒸発して消える。どうやら、ダンジョンが死体を
ということで最初の1週間、オレの残機はダンジョンの肥やしになるばかりだった。
しかし2週目になるころには、オレたちはあっという間に成長し、少なくともダンジョン都市周辺の魔獣にやられることはなくなる。
魔獣にも縄張りがあるらしく、基本的にはダンジョンの階層によって魔獣の強さは推測できるのだが、絶対というわけではない。不意に強い魔獣と出くわして全滅するということも度々あった。この辺はゲームのようにはいかない。
そんな感じで数百体の残機が、切った張ったの死闘を、昼夜を問わず連日連戦で繰り広げていたのだ。その経験たるや、想像を絶するほどに貴重なものとなる。しかも死の直前までの経験が手に入るのだ。
瀕死になった魔獣が、必殺の自爆魔法を繰り出してくるなんてこともあった。それで死んだら魔獣の特徴をギルドに伝えることも出来ないが、事実、戦った残機はそれで死んでしまったが、『この魔獣は瀕死になったら自爆する』という情報はオレにしっかり共有されている。
そんな経験がどんどん入ってくるのだ。もはや、貴重なんて言葉では言い表せないだろう。
そうこうしているうちに、魔力量は一気に伸びて、使える魔法も膨大になったので、戦略の幅が広がる。初等部で魔法を勉強し続けた効果が出たわけだ。
だから魔法のバリエーションを様々に組み合わせ、どの魔獣にどのような戦法が有効なのかもたくさん実験できた。
そしてもちろん、本体であるオレはまったく痛くも痒くもない。
冬はレニと一緒にコタツで丸くなり、夏はプールではしゃいでレニの成長を見守っていても(イヤらしい意味じゃないよ?)、オレはグングン強くなる。
最初期は、物珍しさから、残機が戦う様子を映画鑑賞よろしく見ていたわけだが、グロい映像を見せつけられるのですぐ見なくなった。そうして経験共有で残機の経験だけを手に入れていく。
だからオレ本体は、他生徒と比べれば、とんでもなく怠けているように見えるし、貴重な練習時間を自宅で食っちゃ寝しているだけのように思われるかもしれないが……その裏では、とてつもない努力をしていたのだ。努力なんて言葉が生ぬるく感じるほどに。
正確に記すなら「オレの残機たちが」だが。
さらに高等部生になると、授業でも本格的な戦闘訓練が始まる。中等部生が、もっぱら基礎能力の向上に重きを置かれているのに対し、高等部生は、対魔獣戦を想定した実戦訓練になる。それと高等部の3年間で、自分の適性・適職も見定めていく。
そして実戦想定だから怪我人が続出する。しかし異世界のいいところは回復魔法があることで、例え骨折したところで、なんと数日で完治するのだ。逆を言えば、トレーニングはより過酷になるのだが……
しかも戦闘訓練は、男女の区別なく行われる。異世界の住人は魔力を宿していて、魔法を使わずとも身体強化が成されているからだ。だから魔力量の多い女子なんかは、体つきは華奢なのに大男より力持ちであることもザラだった。言ってみれば、魔力というパワードスーツを着ているようなものだろう。
そんなわけで、中等部までは独学だったオレだが、高等部からは大人達に様々な技能を教え込まれることになる。その中には、独学では思いも寄らなかった戦法なんかもあって、さすがは先達だと思ったものだ。
そしてもちろん、オレ本体が授業で学んだことは、ダンジョン内に潜む残機達が実戦で使っていく。ちなみにその頃は数千体の残機を生み出せるようになっていた。
だからオレは、倣った戦法を数分後には完全マスター出来る生徒となった。リアルタイムで、オレも残機も技能が更新されていくわけだ。
戦闘訓練を施す教官のほとんどは、かつて冒険者をやっていた戦士たちだが、そんな歴戦の教官をもってしても、オレの習得の早さに呆然としていた。
だから「自分が監督をしている冒険者パーティに入らないか?」と勧誘してくる教官も後を絶たなくなったが、オレはパーティを組む気がなかったわけだから断るのに苦労したもんだ。
そんな高等部で三年間を過ごし、この春から、満を持してオレは冒険者となるわけだが──
「結局、わたしがこうなったのはジップのせいなんだからね……!」
──プンプンと怒るレニの声に、オレは現実に引き戻された。
まぁレニの言う通り、今のレニは、オレが甘やかした結果だと言われればぐうの音も出ないが……
「そうか、分かったよ」
だからオレは、おんぶしたレニを抱え直してから言った。
「ならこれまでの反省を踏まえて、今後は厳しくするよ」
「ぜんぜん分かってない!」
夕焼けの
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