第10話 わたしはヒキガエルのような悲鳴を上げる
「今日は、レベッカと一緒に訓練することになったから、お前をかまってはやれないぞ」
今日も今日とて、早朝からジップの布団に潜り込んだというのに、ジップは顔色一つ変えずに、そんなことを言ってくる。
だからわたしは、慌てふためいて声を荒げた。
「もうわたしには飽きてしまったというの!?」
「飽きる以前に何もしてねぇよ!?」
必死で引き留めるわたしに、でもジップは聞き入れてくれない。そうして、まだ冬休みだというのにジップは学校の訓練場へと出掛けてしまった。
ま、まずい。これは非常にまずい……!
ジップとレベッカと、ふたりっきりで訓練なんかさせていたら、卒業後のダンジョン攻略を待つまでもなく、ふたりは相思相愛になってしまうかもしれない!!
危機感に駆られたわたしは、久しぶりの外出着に着替えると、慌てて自宅を飛び出した。
すると通りの向こうにジップを見つける。今ちょっと、ジップが誰かを待っていたようにも見えたけど……気のせいだったらしい。
「うう……寒い……何もこんな日に訓練しなくても……」
しばらく外気に触れていなかったせいで、わたしは余計に寒気を感じて、身震いしながらジップの後を追う。
でもずいぶんと外出していなかったものだから、元々少なかった体力はさらに低下していて、高低差の激しい街を歩くだけで息が上がってしまった。けどなぜか、ジップはのんびり歩いていたので、かろうじて跡をつけることは出来た。
そうして訓練場に辿り着くと、すでにレベッカの姿があった。訓練着に着替えて、髪の毛をポニーテールにまとめた彼女はストレッチをしている。
わたしは二人に気づかれないよう植木の陰に隠れながら、訓練の様子を凝視する。離れているから声は聞こえないけれど、どう見ても、ふたりは仲睦まじかった。
「あああ……あんなに体を密着させて……!」
ジップがレベッカの背中に手を添えて前屈を補助したり、二人で背中合わせになって担ぎ合ったりしている。
昨日も今日も、わたしが全裸で迫ったって、ジップは肌にも触れてくれなかったのに……!
わたしは悔しさのあまり奥歯を噛みしめていると、ふたりはランニングを開始した。白い息を吐きながら、ジップとレベッカは、恋人同士で仲睦まじく、スポーツデートでもしているかのようにグラウンドを周回してる!
さらには戦闘訓練が始まると、レベッカは攻撃師だというのに、ジップが体さばきなんかを教え始めて、レベッカの体をベタベタ触ってる!!
もはやアレはセクハラではなかろうか!?
訴えられてもおかしくないレベルだと思われますが!?
わたしが木陰で地団駄を踏んでいると、やがて訓練は休憩になったようだ。
レベッカはフェイスタオルで汗を拭っている。
その姿は、もはや輝いているかのように見えて、薄暗い密室でいつも食っちゃ寝しているわたしが見たら、浄化されてしまいそうだった……
「あ……あんな美少女が相手じゃ……わたし、勝ち目ない……」
レベッカの様子をじっくり見て、どうしてジップが、わたしのプロポーズを受けてくれなかったのか……その理由が分かった気がする。
それはそうだよね……レベッカみたいな美少女に迫られているのに、わたしのような、根暗で引きこもりで怠け者で、体だけが取り柄の女になんて興味出るわけないよね……
そんな事実を突きつけられ、わたしは涙目になっていると──
「ねぇレニ、さっきから何をしているの?」
──突然、声を掛けられる。
「ふえぇ!?」
いきなり声を掛けられ驚きまくったわたしは、思わず飛び上がったのちに腰砕けになり、尻もちまでついてしまう。
そんなわたしを不思議そうに見下ろしているのは──わたしの目が焼けそうなほど健康美で輝いているレベッカだった。
「お久しぶりね、レニ。もしかして訓練にきたの?」
「あわわわわわわ……!」
急に声を掛けられても、どう答えていいのか分からない。わたしはジップに助けを求めようとキョロキョロしたけど、ジップの姿はどこにもない!
「もしかしてジップを捜してる? 彼なら水を汲みに行ったところよ」
「そそそそそそ、そうなのデスカ!?」
思わず声が裏返ってしまった。
ワタワタとしているわたしに、レベッカは手を差し伸べてきた。
「とりあえず立ち上がりなさいな。ほら」
「ああああああ、ありがとう……ございます……」
わたしはレベッカの手を取って立ち上がる。とりあえずお尻を叩いて間を持たせようとしたら、間髪入れずにレベッカが聞いてきた……!
「三年生になって、学校に全然来なくなったから心配していたのよ?」
「そそそ、そうですか……」
「まぁジップから元気だとは聞いていたけど、でもやっぱり、ね?」
「ははは、はい……」
「レニは今まで、何をしていたの?」
「そそそ、それは……妄想を少々……」
「モウソウ?」
「あ、いえ!? ちゃんと自宅で自学自習してました!」
「そう……ならいいんだけど」
そこで会話が一区切りついてしまい、わたしは、ものすっごい気まずさに吐き気を催す。
まともに会話の出来ないわたしに、レベッカみたいな陽キャ代表と話せるわけがない! ちなみに陽キャとは、陽気なキャラクターの略でわたしの造語なのだ!!
まぁそんなことはどぉでもいい。
出来ればこのまま、レベッカのほうから「それじゃあね」と言って、この場を去ってくれたらいいのだけれど……
しかしレベッカは、わたしが想像だにしないことを言い出した。
「そうだ、レニも一緒に戦闘訓練しない?」
「………………は?」
セントウクンレンなどという意味不明な言語に、わたしは思考をフリーズさせていると、レベッカは勝手に決めつけてくる……!
「うん、それがいいわ。そうしましょう。せっかく訓練に来たわけだし」
「ちちちちちち──」
違います! と言いたくても声が震えてどもっていると、レベッカは突然、明後日の方向に顔を向ける。
「あ、ジップゥ〜〜〜!」
会話のテンポが掴めない!
「こっちこっち、レニが来てるわよ〜〜〜?」
そうして手を振り出した。その方向を見ると、両手に水筒を持ったジップがいて、レベッカの呼び声に気づいて小走りで近づいてくる。
「お、どうしたレニ。レベッカにみつか──いや、訓練しに来たのか?」
久方ぶりにわたしが家から出たというのに、どうしてかぜんぜん驚いていないジップが、あり得ないことを言い出した!
「ちちち違う!」
「なら、なんで訓練場にいるんだよ?」
「そそそ、それは……」
「やっぱり訓練しに来たんだろ?」
「なんでそうなるの!?」
「だって、ここは訓練場だし」
こ、このままではまずい!
もはや言葉の通じないジップにわたしは青ざめると、何も言わずに半回転してその場から逃げ出す!
しかし回り込まれてしまった!
不敵に笑うジップに、わたしは思わず後ずさる。
「レニは久しぶりの戦闘訓練だからな。まずは無理のない範囲で、基礎トレからじっくり始めようか」
「トレーニング自体が無理なんだけど──!?」
わたしの抗議を聞きもしないジップは、わたしの手を取ってグラウンドに引っ張り出す。
「それじゃ、まずはストレッチからだ!」
「やめて許して!? 酷いことしないで!?」
「ほーら、背中を押すぞー?」
「ぐえぇぇぇぇ……!」
強制的に長座させられたかと思ったら、無理やり背中を押されて、わたしはヒキガエルのような悲鳴を上げる。
わたしが苦しんでいるのに、ジップは呆れた感じで言ってきた。
「おまい……どんだけ体硬いんだ……?」
押されたり引っ張られたりの痛みでわたしが悲鳴しか上げられずにいると、さらにジップが言ってきた。
「よーし、そしたらランニングをしようか」
「……はいぃ!?」
「レベッカ。悪いけど、しばらくレニの面倒を見ててもいいか?」
「ええ、いいわよ。わたしは自主練しているわね」
よくありませんが!?
しかしわたしの抗議は声にすらならなかった!
そうしてわたしは、ほぼジップに腕を引っ張られる形で走り出す。
「はぁ! ひぃ! はぁ! ひいぃぃぃ!」
そうして地獄の周回が始まり、しばらくすると、わたしは脚をもつれさせて転んでしまう。
「ぜぇ! はぁ! ぜぇ! はぁ!」
地面にへたりこんで、肩で激しく息をするわたしに、ジップは驚いた感じで言ってきた。
「おまい……まだ300メートルも走ってないぞ?」
「はぁ! ひぃ……!」
「訓練以前に、人としてまずいだろその体力……」
「ひぃ……ひぃ……ふぅ……!」
「まったく……どれだけなまってんだよ」
「そんなこと……言われても……!」
「仕方がないから休憩でいいよ。15分後に、またランニングな?」
「まだ……やるの……!?」
「当然だろ。せめて、日常生活が出来る程度の体力は取り戻さないと」
「で、でも……!」
「あ、ちなみに」
そうしてジップは、あっけらかんと、わたしに死刑宣告をする。
「オレとレベッカが戦闘訓練をするときは、お前も付き合えよ?」
「はいぃ……!?」
「そうしてくれないと、オレは、どんだけレベッカと仲良くなるか分からないからなぁ?」
「はぁ……!?」
「ま、それでもいいっていうなら、家で食っちゃ寝しててもいいけど」
な、な、な……
なんという脅迫!?
ジップの鬼のような脅迫に、わたしは地面にバタッと倒れ込む。
そしてそのまま、意識が遠のいていくのを感じた──
──のだけれど気絶できずに、その後もジップにいぢめられることになったのでした……(涙)
もしかしてジップって……ドエスだったの……!?
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