第9話 今は激しく後悔しているわけだが……

「まったく……レニのあの怠け癖はなんとかならないものか……」


 ジップオレは自宅の自室に帰ってくると、盛大にため息をついてからベッドの縁に腰を下ろした。


「やはり教育を間違った……もうちょっと、オレ自身が努力しているフリでも見せておけば……」


 しかし後悔したところで、もはやどうにもならない。


 オレは、初等部のころを思い出しながら再び吐息を吐いた。

 

 この異世界の学校は、初等部・中等部・高等部に分かれていて、すべてが義務教育となっていた。そして魔法や魔族の研究をする大学部は選抜制だ。


 期間と就学年齢も日本と同じで、初等部は7歳からスタートする。


 戦闘訓練が中心の異世界でも、初等部では、戦闘訓練より基礎学力の向上に重きを置く。


 子供ではまだ体が出来ていないから厳しい訓練なんて出来ないのと、読み書き計算も出来ないようでは、文明レベルが中世然とした異世界であったとしても、生活に支障が出まくるからだ。


 小規模の都市で、他都市とほぼ交流がないとはいえ、貨幣は存在しているから、基礎学力がないと買い物も出来ないからな。


 ただし初等部と言えども、年次が上がるほどに訓練が増えていく。つまり体育のような授業が増える。五年生くらいからは、けっこうハードな基礎トレーニングとなるのだ。


 だからその雰囲気は、日本の小学校とは一線を画していて、映画とかで見た軍学校のような感じに近い。まぁダンジョン都市自体が軍事政権みたいなものだから当然といえば当然か。


 そしてオレは、そんなシビアな初等部内にいながらも、のんべんだらりと過ごしてしまったのだ。


 さらにオレの隣には、今も昔もレニがべったりだったから、怠け者という人格形成に拍車が掛かってしまったのだろう。


 とはいえ……その内情は、オレとレニではまったく違う。


 オレは身体生成を使って、膨大な勉強をしていたのだ。固有魔法があるから当たり前だが。


 初等部低学年の当時は、魔力がまだ少なかったので、ルーティンで動く残機を5体しか作れなかった。とはいえ、だ。


 そもそも転生者であるオレの頭脳は大人なのだから、集中力や自制心は7歳の子供達と比べるまでもなかったし、日本での受験を経験しているわけだから勉強の仕方もそれなりに知っている。読み書きは新たに修得する必要があったが、計算はお手のものだ。


 新たな魔法を生み出す使命のある大学部では、高等数学を学び、それを駆使するらしいが、高等部までは算数レベルでよかった。だから理数系が苦手だったオレでも余裕だったのだ。


 つまり転生しただけでも、子供と比べたら圧倒的なアドバンテージがあった。


 そんな大人、、が5人も、よってたかって小学校程度の勉強をするのである。1年も掛からず、オレは初等部課程をマスターしていた。


 方法はこんな感じだ。


 まず本体であるオレは、とくに何もしていない。当時から、レニは見た目だけは抜群に可愛かったから、本体はレニをベタ可愛がりしたものだ。


 レニが「勉強したくない」と言えば、多少は窘めるものの結局勉強にならなかったし、「あれが食べたい」と言えば料理を作ってやり、「お洋服が着れない」と言えば、上着もスカートも着せてやり、靴下だってはかせたもんだ。


 その結果……今は激しく後悔しているわけだが……


 そんな感じで、本体はレニの面倒を見て、レニと遊び、レニと寝ていた。子育てしているようなものだろうか。だから食っちゃ寝したり怠けてたりしている気分はなかったのだが……


 しかも当然ながら、ルーティンをこなす残機は徹底的に勉強していた。


 オレが学校に通って授業を受けている間も、残機5名は自宅に籠もって、教科書をひたすらに暗記させていた。生まれ変わったオレの頭は、生前とあまり変わらない性能だったが、結局のところ、暗記なんてルーティンワークに過ぎない。


 覚えるべきところを、時間を掛けてひたすら反復すれば誰だって覚えられる。反復方法に効率の違いはあれど、時間がたくさんあるのなら、愚直にやるだけでも天才に追いつける。


 そしてオレには、残機五人分の時間があった。


 しかもその五人は、どれだけ勉強させても疲れないし、文句も言わない。


 いや……文句を言わないだけで疲れはするか。あまりにハードな勉強をさせた結果、最初期は加減が分からず、残機が倒れてしまったりしたからなぁ。とてつもないスパルタ教育だった。


 しかしそんな場合でも、残機交換すれば、新鮮な残機が勉強してくれる。現実に出せる身体は5人分なだけで、交換はいくらでも出来たのだ。


 そんなわけで、残機無限と身体生成を存分に活かして、オレは、24時間365日勉強しまくった。ガリ勉君も真っ青な程に。


 そしてもちろん、残機が身につけた知識は経験共有魔法により、本体のオレにも、残機全員にも共有される。


 日本にいた頃は、オレの代わりに誰か仕事をしてくれないかとよく思ったものだが、その感じに近い。しかも、誰かがやってくれたその仕事の経験値は、そっくりそのままオレへとフィードバックしてくれる。


 すげぇ……の一言に尽きた。


 生前のオレはストリートピアノの動画を見ながら、「人前で、あんなに弾けたら気持ちいいだろうなぁ」などと憧れたものだが、女神様にもらった3つの裏ワザがあれば、それだって余裕なのだ。


 18歳の今なら、ルーティン用残機は1万体作れるわけだから、1万人の残機に、ただひたすらピアノの練習と勉強をさせればいい。


 『何事も、1万時間の練習でプロレベルに達する』って話もあるし、1万人の残機が1時間練習しただけでピアニストになれる計算になる。まぁ1万台ものピアノをどう用意するかは別の話だし、『1万時間の練習で』ってのも賛否両論あるらしいが、とてつもない成長速度でピアニストになれるのは間違いない。


 そんなわけで、初等部のころのオレは、残機にスパルタ教育をしていたわけだ。レニはもちろん、誰にも気づかれることなく。


 当然だが、大人5人が寄って集って小学校の勉強をして、その知識が共有できるんだから、初等部6年間の知識を覚えるのはあっという間だった。


 だからオレは、大人の目を盗み見ては、大学部にある図書館に侵入する。


 その図書館内で、生前は苦手だった高等数学や物理や化学も習得した。日本の学問とはちょっと違うような気がしたが、オレの知識は動画サイトで得たものばかりだからなぁ。どっちが真偽なのかは定かではないし、この異世界は、物理法則そのものが違うのかもしれない。何しろ魔法のある世界だし。


 本当は、蔵書をすべて読み切りたいくらいだったが、同じ顔をした残機がウジャウジャ図書館にいたら大事件なので、図書館まるごと読破は出来なかったが。


 しかしそうであっても、オレは初等部在学中に、現存する魔法のほとんどを使えるようになった。


 ちなみにこの異世界の魔法は、魔族から盗んだ力だ。


 もともと人間は魔法が使えなかったが、ダンジョンに潜伏するようになってから魔力を宿したという。ダンジョンの影響で突然変異したのかもしれないな。


 魔力が宿れば魔法が使えるから、ご先祖様達は、最初は魔族の見よう見まねで、やがては自力で魔法の解析に全力を挙げた。そうして、少なくとも魔獣には対抗できるほどの魔法を持つに至る。


 だから魔法使いのことを魔導師と呼んだ。魔族から魔法を導く専門家というわけだ。そして魔導師は大別すると三種類いて、攻撃魔導師・防御魔導師・回復魔導師と呼ぶ。


 このうち防御魔導師は盾使いが兼務することが圧倒的だ。そして残り二つの職種は、よく略されて攻撃師・回復師と呼ばれるようになった。


 オレの場合は、回復系の適性が出たが剣士志望で、珍しいパターンではある。適性が回復系なのは最初驚いたが、よくよく考えてみれば、残機無限とか身体生成なんて蘇生魔法だし、回復系だったわけだ。


 だが経験共有のおかげで身体能力も飛躍的に向上したので、職種としては、適性とはミスマッチな剣士とした。そのほうが魔獣を多く狩れるからな。


 まぁいずれにしても、だ。


 初等部在学中に、現行魔法はすべて習得したので、オレにとってはもう職種とかは関係なくなっていた。


 だからこそ、それを見続けていたレニは、才能の違いを様々と見せつけられて、すっかりヤル気をなくしてしまったというわけだ。


 オレは、ベッドにゴロ寝しながらレニの顔を思い浮かべた。


「最終的にはレニを養うのもいいけど、ちょっとは活動的にさせないとな……せめて引きこもりはなんとかしないと……」


 しばらくは、寝っ転がりながら頭を悩ませていたオレだったが、思考がそれて、同じく気掛かりなレベッカのことが思い浮かんだとき、ふと名案を思いつく。


「そうか……レニは、オレとレベッカがくっつくのを嫌がっているわけだから、そこを利用すれば、アイツの引きこもり気質をどうにか出来るかもしれない……!」


 オレはさっそく、レベッカに通信魔法を入れることにした。

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