エンテレケイアのプロトコル

神山良輔

序章(True Bride)

第0話

 少しだけ日が傾いてきた昼下がり。

 

 マンションが立ち並ぶ合間に、砂場とブランコ、シーソーだけの簡易な公園がある。

 その砂場では、幼い少年と少女が遊んでいる。似ている顔立ちから、二人は兄妹のようだ。


「はい、あなた。きょうのごはんですよ」


 少女は持ってきた鞄から、目玉焼きやハンバーグ、カレーなどを模した、プラスチック製のおもちゃを取り出し、少年へ差し出す。おままごとをしているらしかった。

 少年は砂場で絵を描いていたいようだったが、少女の呼びかけに応じてその手を止める。

 多分、いいお兄ちゃんなのだろう。

 そして、おもちゃの食卓で食事をするフリをして、「おいしいよ、芹那せりな」と笑う。


「でしょ? わたし、りょうりはとくいなの」


 妹の方は自分で料理したわけでもないのに、自慢げな様子だ。

 その様子を、公園の電柱に括り付けられた監視カメラから〝彼女〟は眺めていた。


――羨ましいです。彼女は心底そう思った。自分も、その輪に入りたいと思った。

 

 気が付くと、彼女は〝島〟から抜け出していた。島内に敷かれた幾多のセキュリティを突破し、島へと出入りしている業者の船に潜り込むと、ついに彼女は本土へ上陸を果たす。

 

 文字通り「持って生まれた能力」を用いて、都内に潜む数々の電子機器を狂わせ、公共交通機関を違法に乗り継ぎ、監視カメラで見たあの公園へと、彼女はようやく辿り着いた。


「はい、あなた。きょうのごはんですよ」


 少女がプラスチック製の食卓を手で示すと、少年は露骨に嫌そうな顔をした。


「……昨日も同じ食事だったよ? うちは毎日別の献立なのに」


 途端に少女は「よよよ」とウソ泣きを始める。


「ひどいわあなた。ぱーとでいそがしいなかつくっているのに、あなたのじっかとくらべるなんて! せいしんてきでぃーぶいよ!」

「なんだこいつ怖い」


 少年は「まったく、どこで覚えたんだ、そんな台詞」とぼやく。


 公園に着いた彼女は、目の前で繰り広げられる二人のままごとに、不思議なリアリティを感じてクスっと笑う。彼女はリアルの家庭など知らなかったが。


「あの」


 勇気を出して、一歩を踏み出し、彼女は二人に呼び掛けた。


「わたしも混ぜてくれませんか? もっとおいしい料理を作りますよ」


 彼女は精一杯のニコニコと明るい笑顔で兄妹の元に乱入する。

 二人の兄妹は、突然現れた少女に対し、目をぱちくりとさせている。


「キミ、誰?」

「ど、どろぼうねこ! ひどいわあなた! わたしというものがありながら!」


 兄妹の反応は様々だったが、憧れの二人が自分に気づいてくれたことが、嬉しくて

嬉しくて、彼女はもっと自分の存在を二人に伝えたくなった。


「わたしの名前はUtopia Tentative-model No.4! 一緒に、遊びましょう!」


 兄の方は「ゆーとぴあてんたてぃぶもでる?」と不思議そうに呟く。妹の方は「あめりかごなんてわかんない!」と怒りだす。


「とりあえず、今日からわたしがお嫁さんです! さあ貴方、ごはんですよ」

「気付いたら奥さんが変わっている……」

「むー。およめさんはわたしなのに……!」


 妹の方は不満げにぐずり出す。確かに、突然現れて不躾だったかもしれない。本当はお嫁さんが良かったが、ここは譲歩しよう。


「じゃあ、わたしは娘役をやります! お母さん、お腹が空きました!」

「どう見ても君の方が年上だから、倒錯した関係性を感じる……」


 兄の冷静な指摘に対し、彼女は「とーさく?」と首を傾げる。わたしですら知らない言葉を使うとはこの兄、中々やりますね。


「……せりな、おかあさんなんてしらないもん。やりかたわかんない!」


 彼女は驚くと同時、兄の方を見る。少年も困惑したような、悲しそうな顔をしながら、


「うち、母さん居ないんだ。死んじゃって……」

「――! そうなんですか……。ごめんなさい……」

「お嫁さんは昼ドラで学んでいるみたいだけど……」


 妹の方は顔を赤くし、目に涙を溜め始める。水滴が砂場に落ち始めた。自分の不用意な言葉で、兄妹を傷つけてしまった。彼女は腕を組み、「分かりました」と告げる。


「では、お母さんの勉強をしましょう! 大丈夫。わたしも母親は居ませんが、わたしは何でも知っています! だって、わたしは、ぜんちぜんのーなのですから!」


 胸に拳をあて、「えっへん」と胸を張る少女。そこには、自信満々な笑みがあった。

 

 兄妹はそんな彼女の顔を不思議そうに眺めている。


 遠い遠い記憶。でも、ずっと心の拠り所にしていた大切な思い出。

 

 それは、今や砂漠の地ヘグリグで独りぼっちの自分を支える、名も無き頃のメモリーだった。



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