安倍晋三氏の悲願だった “自主憲法制定”
安倍晋三元首相は、大叔父に佐藤栄作氏、そして祖父に岸信介氏という、第56・57代の内閣総理大臣、初代の自民党幹事長と第3第の総裁を務めた大人物を持つ、自民党の本流中の本流と言っていい政治家だった。もっと多くの事を成すべき方だったに違いない。
自民党、正確には自由民主党の歴史は、1955年の自由党と民主党の保守合同の時から始まる。それは、55年体制が始まった時でもある。55年体制と呼ばれる政治的な対立構図は、与党自由民主党が過半数の議席を確保し政権を維持し、一方で、左右両派の統一に成功した社会党が中心となった野党が憲法改正に必要な3分2の議席を与えないため、3分1以上の議席を確保しようとして生じた膠着状態がもたらしたものと言われている。だから自主憲法制定まで漕ぎ着けてこそ、この戦いに勝利したと言えるのだ。いったい、どのくらいの自民党議員がそれを忘れずにいるだろう?
“自主憲法制定”とは、いったい、何であろう? それは、憲法改正という言葉とはまったく次元の違うものなのである。
現憲法が、連合軍マッカーサー最高司令官が、三つの原則を示し(それゆえマッカーサー三原則と呼ばれる)、GHQ民政局に憲法草案作成を命じてから、わずか一ヶ月あまりで作成された憲法改正草案によって生まれたものに過ぎないという驚愕の事実をご存知だろうか? まさか、ダグラス・マッカーサーを憲法学者として記憶している人などいまい。だが、日本国憲法の生みの親は、その、まさかのマッカーサーなのだ。けして、この英雄が嫌いなわけではない。特に、例の三つの原則の最初一つが、天皇制の存続であったことは、ありがたいことだった。それは大多数の日本人が同様に、感謝するべきことだと感じるのではなかろうか。しかし、すべてが、いい事ばかりではなかった。例えば、後に再武装させなければならなくなった時、戦争放棄というアイデアは軽率だったと、彼自身が感じたはずだ。これはクールではあったが、現実的ではなかったと。警察予備隊という奇妙な名前が如実にそれを物語っている。憲法といえども解釈次第だという悪い前例をつくることになってしまった。
軍人というものは究極の効率主義者だ。速さが命だ。それは分かる。だが、憲法となれば、話は別である。日本人が自ら作ったと自覚できる形で進めていただきたかった。時間的な制約や複雑な事情があって不可避だったのかも知れない。しかし、このやりようは、神の振る舞いではないか? 彼は、コーンパイプを咥え、レイバンを掛けて、人の姿になって厚木飛行場に降り立った神だったというのか? 無条件降伏した者どもには、誇りや名誉など微塵も与えないというのか? 『国の交戦権は、これを認めない』とは、なんだ? 誰が? 認めないというのだ? 二度と牙を剥くことがないよう、念入りに抜いておかねばと考えたのは分からなくもない。しかし、あまりにも馬鹿にしているではないか。日本が独立国ではないと言う人がいるのも頷ける。この憲法は屈辱である。「固いことを言うな。なんであれ、日本は復興し、復活を遂げたのだから、それでいいではないか」と、言う人もいるかもしれない。だが、経済面だけで満足していては駄目なのだ。それは人に例えて言うなら、体だけは大きく成長したというに過ぎない。
日本は成熟期にあるのだろうか? 大人としての自覚をまるっきり持たない国にしか見えない。まるで子供である。それも小学生並みだ。自分のことしか考えられない子供のように、自己中心的な視野しか持っておらず、世界をまともに見ようともしない。だが、もしも、もう少し成長して、自我に目覚めるようになったら、このような憲法を考えもせずありがたく掲げていることを、きっと恥じるようになるはずだ。マッカーサーだって、日本に民主主義が根づき、国民が自由な精神を持てるようになったら、自らちゃんとした憲法に替えるだろうと思っていたのではないか。だから、プロトタイプの憲法に時間を割くのを嫌ったのだろう。
我々に必要なのは、単なる憲法改正ではない。自らの手で、一から憲法を作り直すプロセスなのだ。それを自主憲法制定と表現しているのである。この自主憲法制定が実現する日こそが、連合軍に占領されて以来、本当の独立を果たす日になるのではないだろうか? だから、それが悲願であった安倍さんの無念は計り難い。
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