第14話「新しい住人」

 季節はすっかり夏だ。


 緑が生い茂り、少し動くだけで汗が滴る。


 子供達も元気だ。


 婚約者になってから特に。


 なんだか新妻感が強くなってしまって、時々どぎまぎさせられる。


「ラクト様、お口にご飯粒が付いてますよ」


「あ、ああ、すまん」


 ランは献身的なタイプだ。


「今日の靴下はこれとこれ、どちらにしますか?」


「こっちかな」


「では、足を出して下さい」


 なんでもかんでも世話を焼きたがる。


 悪くはないが、甘やかされてダメになりそう。


 ランはきっと、ダメ男製造女子に違いない。



「ラー様、腕枕して」


「あ、はい」


 アイは女王様タイプ。


 普段は凛々しい態度だが、二人になると突然スイッチが入ったかのように甘えてくる。


「ラー様……チューしよ?」


 一番積極的なのもアイだ。


 お陰で色々大変。


 頼む早く大きくなってくれ。


 町で処理する事は自重した。


 子供達に気づかれて大変な事になるし、悲しませる。


「ご主人様好きー!」


「分かった分かった! だから変な所を嗅ぐな!」


 リサは相変わらずだが、行動が本能的過ぎる。


 そして何故か、婚約者になってから急スピードで肉体が成長していた。


 身長も一月で5センチは伸びているし、胸も膨らんできた。


 本人はその理由が分からないみたいだ。


 気になって町に行った時にギルドマスターのベルさんに聞いてみた。


 その結果、獣人は人生のパートナーを見つけた時に体が妊娠出来ない子供の場合、成長を促進させ早く子孫を残そうとする体質だと分かった。


 後三ヶ月もすれば大人と変わらない体になるみたいだ。


 うん、大変迷惑である。


 成長するのがダメという訳ではない。


 大人の体で求愛されたら耐えられる自信がありません。


 対策を考えないと色々不味い。


 子供達からはズルいズルいのブーイング。


 張本人のリサはドヤ顔で腰に手を当てていた。


 ヤナは策士だ。


「殿、今日は稽古で負けてしまいましたので、我と契りを交わして下さらぬか」


 いや、絶対わざと負けてたよね。


「鬼人は勝負に負けた相手が異性の場合、その者に全てを捧げなければいけないのです!」


 なにかと俺を唆そうとする。


「あれはわざとだよな?」


「そ、そんな事はありません!」


「刀に誓えるか?」


「くっ、刀に嘘はつけん!」


 だが、詰めが甘い。


 そこはまだまだ子供よのう。


 こんな感じで、みんなからの愛を一身に受ける幸せな生活を送っている。


 あと、朗報。


 村に住人が増えた。


「おーい、ラクちゃん! 来たぞ!」


「お世話になります」


 皆さんご存知、ギルドマスターのベルさんと、その家族だ。


 ベルさんと奥さんのシンディさん。


 それと娘さん二人が、ラミオ村に移住してきた。


 因みにベルさんはギルドマスターを辞めた。


 元々引退を考えていたみたい。


 ギルドの職員になる前は、バリバリの冒険者として活躍していたのでお金の余裕はあるらしい。


 引退して田舎に引っ込み、娘さん達をのびのび育てたいと考えていると聞いた時には、勧誘するしかないと思った。


 ベルさんには、ラミオ村の副村長に就任してもらった。


 俺が不在の時に村を任せる大事な役割だ。


 そして、ベルさんの奥さんであるシンディさんは、貴族の家庭教師を務めていたと聞いていたので、村の教師に就任してもらった。


 子供達の教師を探していた俺としては、是非とも欲しい人材だったので超ラッキーだ。


 シンディさんは元貴族でもある。


「家を捨てて二人で駆け落ちしたんです。慣れない貧乏暮らしに苦労しました」


 なんとも激動の人生だ。


 子供達はベルさんとシンディさんの恋物語を食い入るように聞いていた。


 話し方もゆっくりで分かりやすいので、つい聞き入ってしまう。


 これは良い教師になってくれると確信した。


 娘さん二人は、七歳の双子ちゃんだ。


 恥ずかしがり屋なのか、ベルさんの大きな体の影に隠れている。


「ラクちゃん。うちの娘には手を出すなよ」


 いや、流石にそんな事しません。


 俺をなんだと思ってる。


「ロリコン。ほら、店に行った時だって小柄な――」


 それ以上言うな!


「あなた。そのお話、詳しく聞かせて頂戴」


 言わんこっちゃない。


 耳を引っ張られ連行されるベルさん。


 今からきっと、怖い怖い事情聴取が行われるのだろう……。


「私達にもお聞かせ下さい」


「ラー様が関わっているなら聞くしかないわね」


「聞きたい聞きたい!」


「うむ、殿の癖を知る絶好の機会」


 え、お前らも?


 頼むベルさん。


 骨は拾ってやるから耐えてくれ。


「ありゃ地獄だった……」


 女性陣の猛攻を見事耐えきったベルさんに祝福を。


 そうそう、ベルさん達が移住してきたタイミングで家の配置を少し変えた。


 地下ダンジョンに繋がる階段は俺の家をスッポリ被せ、その左隣には畑が広がる。


 右隣はベルさん宅にした。


 俺達の家と同じ二階建ての家をプレゼント。


 子供達も納得済みだ。


 村の副村長と教師という重要な役割の人達なら、これぐらいの待遇は当然だ。


 それに、ベルさん達なら俺の事がバレても秘密を守ってくれると思う。


 広い家とハイテク家電に腰を抜かすベルさん達。


 家でお風呂に入れると聞いたシンディさんの目からは、うっすらと感動の涙が溢れていた。


 ベルさん宅の向かい側には、平屋を配置して寺小屋代わりに使う。


 子供達の新しい教室だ。


 平屋の居間と寝室の襖を取り除くと結構広く使えるので、暫くは大丈夫だろう。


 収まり切らない人数にまで増えるのは、だいぶ先の事だろうし。


 そんな寺小屋にて、さっそく授業をしてるようなので覗いてみる。


「であるからして、かの国は戦争に負け歴史から姿を消したのです」


 おお、やってるやってる。


 DYで黒板なんて物も買えたので、居間に設置。


 その黒板には、色んな国の名前やちょっとした地図が書かれていた。


 教科書はないので、分厚い本を見て教えているようだ。


 子供達は並べたテーブルで授業を聞きながら内容を紙に書いている。


 今は歴史のお勉強だな。


 シンディさんの担当科目は、歴史と地理と国語。


 数学と道徳は俺。


 体育にはベルさんを任命した。


 毎日三コマ授業だ。


 あんまり詰め込むと楽しくなくなるからね。


 ベルさんとシンディさんの娘ちゃん達も、まだ小さいながら一生懸命頑張っている。


 二人はまだ小さいから読み書きや簡単な計算など、優しいメニューだけどね。


 みんなが勉強に勤しんでいる間に、俺は畑に向かった。


 町から買ってきた小麦の種を蒔いていたので、成長を確かめる。


 お、良い感じに成長してる!


 やっぱり外から持ってきた種も育つんだな。


 しかも成長速度はダンジョンのルールが適用されている。


 後は収穫して外に持ち出せるか。


 外に持ち出す事が出来れば、安定した資金源になる。


「こんなに早く成長するなんて変だぞ……」


 一緒に見ていたベルさんが、あまりの成長速度に怪しんでいる。


「この土地が特別なのかもしれませんね!」


 とりあえず誤魔化しておいたが、そろそろ秘密を打ち明けても良いかもしれない。


 ベルさんなら頼れるアドバイザーになってくれるだろうし。


 その日の夜、外にテーブルと椅子を出して二人で肩を並べた。


「くぅ~! なんだよこの酒! 美味すぎるだろ!」


「ですよね。喉ごしが最高なんですよ」


 キンキンに冷えた缶ビールで乾杯。


 つまみは定番の枝豆と唐揚げだ。


「この塩気が利いた豆も最高だ! この唐揚げとやらも、噛む度に肉汁が溢れてきて堪らんな! うむ、酒が進む!」


 気にいって貰えて良かった。


 ある程度酒が進み話が弾んできた所で秘密を打ち明けた。


「なるほどな……やっぱり、ダンジョンを守る種族がいたのか」


「種族? どういう事ですか?」


「ダンジョンの奥に進むと、必ず戦う事になる奴らがいるんだ。俺達はダンジョンボスと呼んでいたが、ダンジョンを守る種族だとも言われてた」


「ベルさんは、何故種族だと?」


「だっておかしいだろ。こうやって普通に会話出来るし、冒険者になっちまうし。俺達と変わらん存在だと思うしかねえ。まったく、えらい秘密を打ち明けられちまったぜ」


「すいません……」


 やっぱり迷惑だったんだろうか。


「良いか、俺達家族以外には絶対喋るなよ! ダンジョンに眠るコアを狙う冒険者や国もある。俺はここに骨を埋めるつもりだ! だから死ぬまでここを守るぜ!」


「ベルさん……」


 あんたやっぱりナイスガイだよ。


 男なのにちょっと惚れそうになってしまった。


 男の中の男――ベルデガル。


 頼りにしてるぜ。

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