第9話 空賊と空賊
ゼテスは五十人で取り囲まれても何ら臆することなく、先制攻撃で一人倒した。
ゼテスたった一人の圧が、空賊団全員を飲み込もうとしている。
頭も含めて空賊団全員が、ゼテスに底知れない何かがあることを本能で感じとった。
空賊団が怯んだすきに、ゼテスは次々とナイフを投げて相手の頭数を減らしていく。ナイフ投げ一回に対して確実一人ずつ倒していく。
「相手はたった二人だ! ビビってんじゃねえ! 行けー!」
空賊の頭が吠えた。
ゼテスが数を減らしたといっても、まだまだ残っている。数の利はまだ活かせる。
「そんなお散歩スタイルで俺ら全員を相手できるわけねーだろ変態女ァ!」
ゼテスとライザは見慣れているが、二人の絵面はヤバい。荒くれたちは首輪に繋がれた男と、首輪を引く少女を変態男女とみなした。
空賊団が二人に向かって一斉に襲い掛かる。
「うるさいわねええええ!!!」
ライザは向かってくる人の波を、文字通り一蹴した。その一撃に、変態女と呼ばれた怒りを込めた。
ただの蹴りであったが、闘気を纏っていた故に、攻撃範囲も威力も、素の人体で繰り出すよりもはるかに上回っていた。
「雑魚、次」
ライザは怒りを暴力として解放し、一旦冷静になった。
「名詞以外も喋れこの野郎!」
それを一人の空賊が毒づく。
その空賊も頭に小石を当てられ、気を失った。小石とは思えないものすごい衝突音だった。
ゼテスによる指弾だった。投げナイフがなくなると、次の飛び道具としてその辺にあった小石を拾い、使った。小石の指弾とはいってもゼテスのそれは威力が高く、まるで拳銃の弾丸のようだ。次々と空賊に命中させ、数を減らしていく。
「こいつら……闘い慣れてやがる……」
飛び道具は厄介だ。ゼテスを仕留めにいこうとしても、ライザがそれを許さない。
飛び道具を使うゼテスが後衛、ライザはそれを守る前衛。二人は意志の疎通がなくともその連携を取れていた。
「ならこいつはどうだ!」
空賊の頭が、小さな玉を地面に叩きつけた。
煙玉だった。辺り一面が黒い煙に覆われて視界が利かなくなる。
ゼテスとライザはお互いの姿が見えなくなる。
「火薬入りの煙玉だぜ! ちょっとでも炎を使えばドカンといくぜ!」
ライザの権能対策だった。視界と同時に炎を封じる、対抗策としてはかなり合理的だ。
「ゲホゲホ……小癪な真似をしてくれるじゃない……!」
ライザが怒りを滾らせる。
(対抗策……? こちらの手札を知っていた……?)
ゼテスが闘いながら不可解な点に思考がいたった。しかし、それを一瞬で振り払う。考えるのは空賊団を倒してからでもいい。
「!!」
何人かが、ゼテスとライザを通りすがるように攻撃をしていった。
二人とも全て弾いたが、反撃はできなかった。攻撃を加えた後は直ぐに煙の中に消えた。
ヒットアンドアウェイだ。攻撃の練度も上がっている。盗賊団の中でも手練れの連中が出てきたのだろう。
見える限りは黒い煙だ。向こうからもこちらが見えないと思いきや、そうはならない。
ライザは聖炎を絶対になくさないように、瓶を胸から下げている。そのため、聖炎の明かりが向こうにこちらの位置を知らせてしまうのだ。
「い~い的だぜ。狂獣令嬢様よお!」
「お~にさんこちら!」
空賊たちがいい気になり、挑発を重ねてくる。
「ライザ!」
ゼテスが叫んだ。怒りを抑えるためだ。
「わかってる! 煙から出た途端、一斉に襲われるわ!」
ライザはキレやすいが、戦闘中に安い挑発には乗らない。ただ怒りを蓄積していく。
敵はこの状況を最大限利用している。
ゼテスもライザも、お互いの姿が見えない。故にお互いの動きも掴めず連携もとれない。それに加えて鎖が二人の動きを制限する。
それを理解した上で空賊たちは嫌な攻撃をしてくる。反撃をしようとすれば、鎖が引っ張られ、相方の態勢を崩してしまうような、そんな絶妙な攻勢を保っていた。
ゼテスの頭に妙案が浮かぶ。それをライザに伝えようとして、肩に触れた。
「んうううううう!!!!!」
「いだだだだだだだ!! 噛むな! 俺だ!」
しかし、ライザは敵と勘違いし、ゼテスの腕を思い切り噛んだ。顎の力が物凄い。確実に跡が長く残る威力だ。
「あ、ごめんなさい」
「この状況を打破する秘策がある」
「詳しく聞かせない!」
煙の中でナイフや矢を弾きながら、ゼテスは秘策を伝えた。嚙まれたことについては戦闘中にとやかく言わないことにした、
「ホントにやっていいのそんなこと?」
「首輪の状態で闘うにはこれしかねえ!」
「あとで文句言うんじゃないわよぉ!」
煙を出してからしばらくたった。
空賊団の頭は煙から離れた場所で闘いを見ている。
そろそろ女の方でも仕留めたかと思ったが、煙の中から一人、また一人、煙の中から空賊がはじき出される。
「何が起こってんだ?」
空賊の頭が違和感を感じた。
「頭! こいつらヤバいですよ!」
煙の中から一人、負傷して這い出てきた。
「何がヤバい!?」
煙の中、しかも二人共鎖でつながれ、思うように動けない状況で、一方的に多人数を倒せる策などあるのか。
「う、うわああああ!!」
別の盗賊の悲鳴が上がる。
「嘘だろ……」
やがて煙が晴れ、ライザとゼテスの姿が露になった。
空賊団の頭は息をのんだ。
「この女、人間をフレイルみてえに……!!」
ライザが、腕輪から伸びる鎖を手に、首輪を繋がれたゼテスの身体を振り回している。まるで武器のように。
しなる鎖によって遠心力が加わったゼテスの身体が、打撃武器のように次々と空賊をなぐりたおしていく。
発想の転換。鎖で繋がれた腕輪と首輪、邪魔になってしまうのなら、いっそ有効活用した方が良い。
「ヤバいすよこいつら! 発想も変態だ!」
「うるさいわねえ!」
ライザが変態と言った空賊をゼテスで叩き伏せた。
「お、お前それでいいのか!?」
ゼテスは今、武器として完全にライザにいいように使われいる。
空賊の一人がその是非を問いかけた。
「い~いナイフ持ってんねえ」
「結構余裕ある!」
ゼテスは何回も敵に叩きつけられながらも、抜け目なく敵が持つ武器をぶんどっていた。
「いけーライザー」
ゼテスは武器としての役割に徹し、精神を脱力させていたが、ライザへの応援はかかさなかった。
「うおらあああああああ!!!」
ライザが自分の身体を軸に、コマのように回転する。
その動きと共にゼテスも、風車の羽のように回り続ける。
残りの空賊たちは全員石ころのように弾き飛ばされていった。
空賊の頭が最後に残った。
「ラストオオオオオオ!!」
ライザが気合の声と共に、空賊の頭に向かってゼテスを振り下ろす。
しかし、空賊の頭はそれを真正面から受け止めた。
「こんなふざけた闘い方で俺が……」
反撃に移ろうとする盗賊の頭。
ゼテスを受け止められていたが、ライザはあろうことか口の端を吊り上げ笑っていた。つまりこの状況は想定内なのだ。
武器となったゼテスの役割は打撃だけではない。今までの空賊は全て打撃で倒していたから、使うことのなかった二段階目の攻撃がある。
それが今、空賊の頭に炸裂する。
「「雷属性付与~(エンチャントライトニング)!!」」
「ぐわああああ!!!」
ゼテスの身体に電撃が走り、荒くれの頭にも電撃が伝わる。
二人に着けられた腕輪と首輪の拘束具、腕輪をつけた側から任意によって電撃が流れる魔術的効果。
それが決め手となった。
ゼテスとライザ、二人の息の合った連携と掛け声と共に、荒くれの頭は気絶した。
かなり強めの電流だったが、ゼテスは素で耐えた。
空賊の頭が目を覚ました。身体を木に括り付けられ、手足はどう頑張っても動かせない。
目の前には殺気立ったゼテスとライザがいる。
「お前ら誰に雇われた?」
ゼテスの問いかけは真実であった。この空賊団は何者かの依頼によって、ゼテスとライザを狙った。
空賊は無法者だ。法に縛られることがない。それ故に誰かの命令によって誰かの命を奪うという傭兵や暗殺者まがいのことをする輩もいる。
炎を封じる火薬入りの黒煙。二人が拘束具を着けられ思うように動けない状態を利用する。など明らかに二人の情報を事前に知ったうえでの策だった。
空賊団の頭は一瞬驚いた後に目を逸らした。
誰かに雇われたのは本当ですと言っているような挙動だった。
ライザは腹が立った。
「コラァ! この期に及んで往生際の悪いことしてんじゃないわよ!」
空賊の顔面を蹴り飛ばした。鈍い音がする。気絶しない程度に手加減はした。
「は~い目を逸らさない。そんなとこ見ても僕はいなくなりませ~ん」
さらにゼテスが顎を掴み、強引に視線を自分の方に戻す。ものすごい力だった。
聖炎を見た後のいい気分を台無しにされたためか、口調はおどけているが大分頭にきている。
「言え、誰に雇われた?」
「言うわけないだろう。プロとして依頼主の情報は話せん」
この場合、ゼテスとライザのどちらか、あるいは両方が誰かの依頼によって、命を狙われたことになる。
「そうかい……」
ゼテスの眼が一瞬にして何かに黒く染まりきった。一切の感情を宿さない純然たる殺意。
ライザが街で他の人間から向けられる目よりも、はるかに冷たい目。命の価値を全く感じていない。
その場にいた誰にも見えない速さで、ゼテスは慣手を繰り出した。
「はいぶしゅ~」
ゼテスが手を抜く。みぞおちに穴が開き、そこから血が噴き出る。
「ご機嫌な血しぶきだぜ」
傭兵の頭はそれっきり動かなくなった。
殺害に至るまでの、あまりにも早い判断と行動。
ライザは、ほんの一瞬だけ身を硬直させた。
この世界では人殺しは日常茶飯事である。
目の前の男、ゼテスは、人間を殺す時に感情の起伏がない。まるで虫を殺すかのように人の命を奪う。何の躊躇もなしに。
ゼテスは飄々とした男だった。街の嫌われ者であるライザに対しても、ライザに痛い目に合わされても自分のペースを崩さない。
しかしそれは人を殺す時でさえも変わらぬままだ。
『善人か悪人かで言えば間違いなく悪人の側』その言葉が、否が応でもライザの頭に浮かぶ。
ゼテスの殺しには驚いたが、相手は人の命を奪うことを生業とするような輩だ。ライザもその手の輩と闘い、命を奪ったことがある。
「ま、ゴロツキの末路としちゃ当然ね」
ライザは強引に自分を納得させた。子供には優しいが、敵には容赦しない。自分にも似たようなところがある。
「これで話したくなったかな?」
ゼテスは相変わらずおどけた口調で、もう一人の空賊に聞いた。そのおどけ具合が逆に恐ろしかった。
「お、俺は知らねえ! 依頼主には頭しか会ってねえ!」
残りの空賊は完全にゼテスを恐れていた。嘘を言えばたちまち殺されるであろうことを否が応でも理解させられている。
「あっちゃ~、順番間違えたかな」
ゼテスは人を殺したばかりとは思えないような、気軽な口調だった。やったことは物騒極まりないが、本人からすれば道端の糞を踏んだ程度だ。
「ライザ……!?」
ゼテスが慌ててライザの方に駆け寄った。
ライザは不意に意識を失い、倒れようとしている。
ゼテスがその身体を抱えた。
ライザには服ごと裂かれた切り傷が背中にあった。煙の中でつけられたものだ。
本人はなんてことないと強がってはいたが。
「麻痺毒か……解毒薬は?」
「ない……だが五日もすれば動けるようになる」
残りの空賊はゼテスを恐れながらも正直に答えた。
「お仲間に伝えろ。二度と俺らに手ぇ出すんじゃねーぞ」
ゼテスは空賊を逃がした。
さっさと帰りたいところだが、ライザは麻痺毒で動けない。
「ごめんなさい……しくじったわ」
「気にすんなって、五日ならまだ猶予はある。ここで待つぞ」
いかにゼテスといえど、今のライザを抱えたまま帰りの道を行くのは危険極まりない。
毒が抜けきるまでの五日、この場で看病するしかなかった。
聖炎の加護が町から消えるまで一か月、ここに来るまでに一週間、帰るのにも一週間、ライザの看病に五日。今後何のトラブルもなければ、十分間に合う。
「本当に大丈夫なの? 正直不安なんだけど」
ライザは弱々しい気持であった。麻痺毒のせいだけではなく、ゼテスに自分の命を預けるのは不安でたまらない。
「任せとけって、新妻みてえに手厚く看護してやる」
ライザは全く動けない。ゼテスは食料調達や見張り、その他にもやらなければならないことが多い。にもかかわらずゼテスは何ら不満そうな様子を見せなかった。
「キッショい例え……」
気色の悪い笑みを浮かべるゼテスに、ライザは不安と嫌悪が入り混じった表情を向けた。
ライザは本当に指の一本すら動かせないので、ゼテスを頼るしかなかった。
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