第8話 竜巣地帯を抜けて聖炎祭壇へ

 精霊湿原を抜けた先、ゴツゴツとした岩場へと二人は足を踏み入れた。

 この岩場は二人の目的地である聖炎火山の手前に位置する。

 竜巣地帯と呼ばれており、その名の通り、多数のドラゴンが生息する。


 聖炎とは古代の竜が残した炎が今なお燃え続けているものだ。

 炎自体が特殊な力を持ち、魔獣を寄せ付けない。それ故、聖炎の周りには主にドラゴンしか生息していない。 

 しかしドラゴンという生物自体が多種多様であるために、独自の生態系を築いている。


「おー、ドラゴンじゃん強そう」


 岩場で早速、ゼテスはドラゴンを見つけた。


 ドラゴンは岩のような外殻を持ち、鉱石をボリボリと食べている。人間を襲うことはなく、二人には目もくれない。


「あれは岩竜ね~。見ての通り鉱石が主食だから、襲ってはこないわよ」


 今までならそれだけで終わっていたが、ライザは気になることがあった。


「あれも焼いたら美味しく食べられるのかしら?」


 岩竜は何度も見たことあるが、こういうことを言うのは初めてだった。

 ゼテスのワニ肉のステーキを食べてから、ライザの世界は変わった。

 今までただなんとなく食べていた動植物を、どう料理すれば美味しくなるかという目で見るようになった。


 ワニ肉のステーキは美味しいことこの上なかった。ライザは生涯あの味を忘れることがないだろう。

 それ故にどんな料理でどう素材が美味しくなるのか、考えるだけで楽しかった。


「わからんなあ~。岩ばっか食ってるから肉も硬いかも」

「じゃあいいわ」


 ライザは食えないとわかったものに対しては全く興味を示さなかった。


「あ~れが目的地かあ」


 ゼテスが顔を上げる。竜巣地帯の最奥に大きな山が見えた。


「あれ、火山じゃないの?」

「聖炎山って呼ばれてるのにはちゃんと理由があるの。まあ、行けばわかるから」


 二人が聖炎山のすぐそばまでたどり着く。目の前まで来ると聖炎山の雄大さがよりはっきりと感じられる。


「あれ、登んないの?」


 ゼテスはてっきり、後は登るだけだと意気込んでいた。

 しかし、ライザは登るのではなく、山の外側を歩き始めた。 


「こっちよ」


 ハードな登山を覚悟していたゼテスは肩透かしをくらったような気分だ。せっかく水分も多めに確保したのに、予想よりも早く山での用事が終わりそうだ。


 しばらく歩くと、ライザが立ち止まった。

 そこには巨大な岩がある。近づけば見上げなければならないほど大きく、威圧感がある。


「さ~てと」


 ライザが肩を回し始める。まるで力仕事の準備のように。

 山に登るのではなく、こんなところで何をするのかとゼテスは怪訝に思った。


「ふん……!!」


 ライザはなんと、岩を押して動かそうとした。腰を落とし、両手を岩肌につけて全体重をかけている。 


「おいおいおい、一人で大丈夫か!?」


 ゼテスは心配になった。

 なにせ岩はライザよりもはるかに大きい。


「よいしょおおお!!!」


 ライザは掛け声を出しながら、岩を押した。

 巨大な岩がずるりと動いた。


「おお……!!」


 岩のあった地面には、扉が隠されていた。

「どうよ!」


 かなり力のいる作業だった。それを終わらせたライザが自信満々に力こぶを誇示した。別に二人で協力することもできたが、一人でやったのは単純に褒められたかったからだ。


「すげえ! ゴリラじゃん!」


 ゼテスの賞賛にライザは満足した。

 ライザが隠し扉の鍵を開ければ、地下に続く階段がでてきた。


「この階段で炎山の地下まで行くのか?」


 階段の向いている方向は炎山の方だ。それを見たゼテスが階段の導く先を推察する。


「あら、わかっちゃった? 行ってから説明しようと思ったのに」

「い~や、行き先がわかったからこそ期待も膨らむ。こんな方法で山に入るってのは初めてだ」


 未知の光景を想像し、心を躍らせるゼテスは、やはり空賊というより冒険者らしい顔をしていた。

 二人が階段を下りる。長く下りの階段が続いた後、横ばいの道になる。


 さらにその先を進むと、デカい扉が現れた。最初にライザが動かした岩よりも大きい。

 縦にも横にも広く、扉自体がまるで一つの建築物のように大きい。

 複雑な彫刻が上から下まで余すところなく刻まれ、黒と金を基調とした装飾は荘厳な雰囲気を纏っている。


「どうしよう、ちょっと緊張してきちゃった。なんかすごいデカ偉いおじいさんとか出てきたりしない?」


 いかにもな入口を前にして、ゼテスは手汗を拭いた。自分の太ももを両手でごしごししている。

 何度か来たことがあるライザは緊張は全くしていない。


「ふふ、ないわよそんなこと。あんたでも緊張することなんてあるのね」

「うるさいやい」


 ゼテスが珍しく照れたような顔をした。


「扉は一緒に開けるわよ」


 ライザが両開きの扉の片方に、両手を添える。どうやら押して開くようだ。

 ゼテスもそれに従い、反対側の扉に両手を添えた。少し触っただけでも、その分厚さが伝わってくる。


「せーのっ!」

 ライザの掛け声に合わせ、扉を押す。

 扉が重量を感じさせる音を立てながら、開いていく。

 扉自体を全開にせずとも、二人が入れる隙間が開き、中に入った。


 二人が入った場所は、聖炎山のちょうど真下。 

 聖炎、この土地に住む人間が生活の命綱として信仰しているものを、ゼテスは初めて目にした。


「はぇ~……」


 ゼテスは一度感嘆すると、しばらく黙ってしまった。それくらい目の前の景色は神秘的だった。

 聖炎山最奥、聖炎祭壇のある場所は巨大な半球状で、中央に大きな炎が燃えている。

 マグマではなく巨大な炎だ。燃料も何もなく、ただ、炎だけが燃え続けている。その炎の前に祭壇があった。


 神秘的な聖炎も、ただの炎とは違う。炎の色が濃淡に移ろうことがなく全体的に濃く、通常の炎とは輝きの度合いが違う。聖炎はまるで目の前に太陽があるように明るい。


 明るいとはいっても、眩しすぎることはなく温かみがあり、決して人の目に影響を及ぼすことはない。燃えている音もバチバチというものではなく、心臓の鼓動にも煮たような響きがあった。



「どう? 初めて聖炎を目の前にした感想は?」

「す」


 すごい、という言葉をライザは予想した。


「住みてえ~」

「なにそれ?」


 全く予想外の言葉が出てきたことに、ライザは呆れながらも、笑った。


「こんなにでっかい炎が目の前にあんのにさあ~。全然熱く感じなくてむしろあったけえんだわ~。普通の炎よりも確かに明るいのに眩しい程じゃないし目に優しい。いくらでも眺めてられる。デカいい地下空間に炎と祭壇だけあるって殺風景な感じするけど、炎が空間全体を彩ってる。彩ってるよー空間」

「意外とちゃんと見てるのね……」

「聖炎は魔獣を寄せ付けないから、ここに住めば魔獣に襲われることもない! 欠点は交通の便が悪いことくらいすね!」

「内見じゃないのよ」


 ゼテスは聖炎だけでなく、聖炎が燃えている空間も見渡した。二人がいる空間自体も相当広い。聖炎山の地下全体にこの空間は広がっている。


 聖炎の上には大きな穴がある。それが火口のようになり、熱気やら煙やらを上空に出してるのだろう。


「聖炎の火種を持って帰るわよ」


 二人は聖炎の前にある祭壇まで行った。


 ライザが祭壇の上に瓶を置く。リリーが持ってた瓶と同じものだ。

 祭壇が光を放つ。すると聖炎から小さな火種がひとりでに出てきて瓶の中に入った。


「さ~て、持って帰りますか」


 ライザが空き瓶を取り出し、首から下げた。

 空き瓶の中で燃えていても、神秘的な輝きは失われない。むしろ手の平サイズになったことで、小動物のような愛くるしさが生まれた。ゼテスはどうしても手に取って見たくなった。


「ちょっとだけ見せてくんない?」

「罪人だからダメ」

「ケチ! 令嬢!」


 そんなやり取りをしつつ、二人が聖炎祭壇を後にする。

 意外と滞在時間が短かったので、ゼテスは二度と来れないであろう聖炎祭壇をしっかり目に焼き付けるべく、扉が閉まる最後まで聖炎を見ていた。


 二人が聖炎山を後にする。


「しっかしいいもん見れたなぁ~。ああいう景は中々見えるもんじゃないね」


 ゼテスは満足げであった。未知の光景を目にする。空賊の醍醐味の一つを堪能できたのだ。


「!!」


 何かが風を切る音がした。二人に向かって飛んでくる。


 ゼテスとライザ、二人とも飛び道具に気づき、はたきおとした。

 投げナイフが地面に転がる。

 明らかに何者かによる待ち伏せだった。


「誰だあ……? こんななめた真似しやがって」

「どうせ聖炎目当ての空賊よ」


 ゼテスはせっかく聖炎を見れていい気分だったのに、この一瞬で台無しにされ、一気に不機嫌になった。できることなら気持ちよく帰りたかった。


「出てこい! ここら一帯焼き払うぞ!」 

「ちょっと……」


 とんでもないことを言いだすゼテスを、ライザが咎めた。


「はっはっは! 聖炎デリバリーご苦労だったなあ!」


 まず初めに空賊の頭である男が姿を現した。

「誰だコイツ?」

「さあ……でも聖炎を狙う悪人は多いのよ」


 ライザは聖炎守護としてこの手の輩と何度も闘ったことがある。


 聖炎は魔獣を寄せ付けつけない力だけでなく、炎を操る権能を人にもたらす力もある。ライザがそうであった。例え小さな火種であっても、その利用価値は計り知れない。


 次々と他の空賊が姿を現す。その数およそ五十人。全員が布のマスクをしている。

 ゼテスとライザは完全に待ち伏せされ、囲まれてしまった。


「てめえらに大した恨みはないが、とりあえずここで大自然に帰りな」


 空賊の頭がマスク越しでもわかるくらいに嫌な笑みを浮かべる。

 ゼテスはただ冷ややかな目で空賊の頭を見ていた。


「なるほど、いい場所を選んだな」


 ゼテスが空賊の奇襲の手際を評価する。

 その言葉にライザは少し驚いた。


 目の前にいるのは、似ても似つかないが、ゼテスにとっては同業者だ。今までとは違うゼテスの空賊らしさが顔を出した。


「もし俺たちがここで殺されてたとしても死体は食われて証拠が残らねえし、邪魔も入りにくい……」


 ゼテスがナイフを投げた。

 それを他の人間が気づいたのは、空賊が一人倒れてからだった。

 ゼテスのナイフ投げは他の誰もが気づかないような速度だった。

 倒れた空賊の頭にナイフが突き刺さっている。しかも、最初にゼテスとライザへの奇襲に使ったナイフだ。


「だが相手が悪かったな」

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