第6話 餓狼の森・ライザ邸に忍び寄る影

「こっからが本当に危険なエリアよ」


 二人は森の中を歩いている。この森にはウルダラークという巨大な種の狼が多数生息しており、いくつもの群れに別れて激しい縄張り争いが繰り広げられている。このことから、この森には餓狼の森という名前がつけられている。


「あれがウルダラークの爪痕」


 ライザの指差した先、大木の幹に巨大な三本の線を引く爪痕がある。爪の大きさから、ウルダラークの体の大きさも想像できた。簡単に表現するなら熊よりデカい狼だ。


「ライザの足より太いな」


 要らんことを言ったゼテスに軽く蹴りを入れるライザ。「いでっ」とゼテスが呻く。


 そんなゼテスの様子を見ながらライザは不思議に思っていた。もういつ魔獣と遭遇してもおかしくない場所に来ているのに、ゼテスは相変わらず自分のペースを崩さない。森の歩き方も慣れており、明らかに経験がある。


 ライザがゼテスに興味を持ち始める。旅人だと聞いていたが、一体どんな旅をしてきたのであろうか、なぜ自分と渡り合えるほどの強さがあるのだろうか。どこから来たのか。一度考えると疑問が止まらなかった。ライザがこんなにも特定の人物について考えるのは生まれて初めてだった。


「あんたってどんなやつなの?」


 ゼテスはライザから話しかけられたことに、内心で多少驚いた。聖炎を持ち帰る目的とは何の関係もない話題が出てきたのも意外だった。


「空賊だ」


 ライザが固まった。


 空賊とはこの天空世界において、大体の犯罪者はそう呼ばれる。市民から財産を略奪するものも多く、ライザは街を守る聖炎守護として、多くの空賊と闘ったことがある。


 しかし、ライザの倒してきた空賊とゼテスは明らかに違う。


「俺はな、未知の土地に足を踏み入れることや、未知の景色を見ること、未知の食を味わうこと、そういうことが大好きなんだ。だからなんにも縛られない空賊をやるのが一番性に合ってる」

「それ、冒険者じゃない? 空賊の必要ある?」

「空賊じゃないとダメなんだ」


 冒険者ではなく、空賊。


 ライザはゼテスからただならぬ執着を感じたうえに、いつになく真剣だった。それについて聞くのはまだ早いかもしれない。


「でも羨ましいわ。私も何にも縛られずに自由に生きてみたい」


 今のライザを縛るものは多い。


「やめといた方がいいぜ?」

「どうして?」

「自由の代償がデカすぎる。なんにも縛られないってのは、自分を守ってくれるのは何もないってのと同じ。実態はチンピラやゴロツキとあんま変わらんのよ。いつどこでぶち殺されても文句は言えない。聖炎守護の方がよっぽど立派だと思うぜ俺は」

「でもあんたは……」

「良い空賊なんざこの世に存在しない。空賊は空賊って時点で全員犯罪者で、悪人だ」


 ライザの言いたいことを察した上で、ゼテスは自分の意見を述べた。


「ふ~ん、あんたのことチャランポランで能天気なアホのろくでなしだと思ってたけど、意外としっかりしてるとこあるのね」

「言い方」

「でも、今のを聞いたうえでもね、まだ空賊に憧れてる自分がいるの」

「なんで?」

「さあ、正直自分でもよくわからないわ」


 そんなこんなで、二人は餓狼の森を抜けた。ウルダラークには遭遇しなかった。








「は~はっはっは! これもう観光地にした方がいいんじゃないですか? 絶対うけますよ!」


 アンリが落書きだらけのライザ邸を見て嘲笑った。


「凄いですねこんなに嫌われるって、この落書き盛ってないですか?」

「盛ってない。全部本物だ」


 アンリと共にライザ邸に来たエルデスが答える。


「ライザさんは一体どんな人なんですかねえ?」

「本人に会っただろう」

「私が知りたいのは、他の人間がライザをどう見ているのか、です」


 エルデスとアンリが、ライザ邸に入る。


「中きったな!」


 アンリが驚きの声を上げる。外の落書きとは別に、ライザ邸の中は別の意味で汚い。


 まず館に入ってすぐに吹き抜けの広間がある。広間のそこら中に、ライザの生活の痕跡がある。ライザは部屋ではなく、広間で寝食をしている。広間に直接ベッドを置いているのだ。故にあちこちに、ゴミが落ちていたり、飲みかけが置いてあったり、服が散乱している。生活臭もやばい。


「くっさ! 汚部屋どころか汚広間やんけえ!」


 アンリの連れてきた部下があまりの汚さと臭さに叫んだ。


「いいから探すのです! どんな些細な証拠でも構いません!」


 アンリが多くの部下に指示を出し、館の中をくまなく捜索させる。


 エルデスが踵を返し、館の外へ出ようとする。


「どこへ?」

「臭いから外」

「ああ……」


 アンリもついて行き、二人が中庭に出た。


「かつて外の世界に憧れ、この街を飛び出した貴族の息子に、オーリンという男がいた」

「ライザは?」

「その男がどこからか拾ってきた赤子が今のライザだ。しかし、ライザが五歳の時に氷狼の襲撃によってオーリンが戦死した。その後ライザは聖炎守護、その長になることに決めた。父親の死に報いるためにな。今や聖炎守護の中では俺の次に強い」

「立派な話じゃないですか、本人が嫌われる要素がどこにも見当たらない」

「これは表向きの話だ」

「ま、答え合わせはこれからするんですがね」


 エルデスの行為には、アンリは何も言わない。


「隊長! 見つかりました!」


 アンリの部下が何かを見つけ持ってきた。古くて傷んだ一冊の手記で、オーリンの名前が書かれてある。


 アンリはそれを受け取ると早速中身を受け取り、パラパラとめくっていく。ほとんどの情報が彼にとってどうでもいい。自分が求めるそれらしい言葉を見つけるまで、流し読みをする。


「親バカがぁーーー!!」


 アンリが手記をめんこのように勢いよく叩きつけた。


「燃やしてください!」

「なぜだ?」

「ライザは今日も可愛いとか、今日一人でウンチできたとか、クッソどうでもいいことしか書かれてないんですよ!」

「そうか燃やす」


 手記が一瞬にして灰になる。


「隊長! 見つかりました!」

「隊長! 見つかりました!」

「隊長! 見つかりました!」


 館の窓から次々と、アンリの部下が顔を出した。みんなその手にオーリンの手記を持っている。


「見ろ。同じ手記が全部別々の部屋から見つかった。あいつのズボラさは親譲りのようだな」

「言ってる場合ですか! ああもう面倒くさい!」


 数分後、オーリンの手記は大量に見つかった。その中から、アンリは自らが求める情報を見つけなければならない。一人で目を通すには多すぎる量だったので、部下もエルデスも含め、最終的に全員で手記を読むことになった。


 一人の少女の成長記録を追う変態ストーカー集団がそこにいる。


「隊長……」


 やつれた部下が手記の中のある記述を示した。


「やはり間違いありませんねえ……あの女は……」


 アンリが意味深に呟いた。 

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