第5話 罵詈雑言だらけのライザ邸

「待ちたまえ」


 エルデスがそう言いながら、ゼテスとライザの所へ走って来た。


「どうしたんすかエルデスさん」

「ふんっ!」


 エルデスが何かをゼテスの頭に向かって投げる。


「うげえ! なんじゃこりゃ!」


 ゼテスはなんと首輪をつけられた。


「お前はこっちだ」


 ライザは腕輪のようなものをつけられる。


 ゼテスの首輪からは鎖が伸び、ライザの腕輪へと繋がっている。最悪なのは、ゼテスもライザも自力では外せないことだった。


「いや絵面ぁー! こんなんモロにそういうプレイやん! チェンジでお願いします!」


 ゼテスが自分に着けられた首輪をなんとか外そうといじくり回す。


「まあ一応罪人を逃さないための規則だからね。ちなみに無理に外そうとすれば爆発するよ」


 それを聞き、ゼテスが首輪をいじくる手を止めた。


「とっとと行くわよ」


 ライザが鎖を引っ張った。ゼテスが引きずられる。


「ぬおおおおお! 断固拒否! 許さんぞこんな非人道的な仕打ちはぁ!」

「つべこべ言うな駄犬がぁーー!!」


 ライザに首輪を引っ張られても、ゼテスは抵抗した。首と頬の肉が首輪によって圧迫され、まさしく駄犬のような姿になった。


「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃ」


 ゼテスの体中に電撃が走る。


「罪人に言うことを聞かせるための術式がこれに刻まれている」


 電気はライザの腕輪の方から流れてきていた。


 この拘束具自体が持つ魔術的効果により、腕輪を着けた方の意志によって、首輪の方に電気が走る。しかも電流はある程度強くできる。


「ぶわははははは! いい気味ねぇ! これ漫画かアニメだと黒焦げアフロになるやつよぉ!」


「うおおおおー! 同じ苦しみを味わえ〜!」


 ゼテスが嘲笑うライザへとタックル! しかもその体には電流が走る!


「雷属性付与(エンチャントライトニング)・俺!」

「ギャアアアアア!!」


 ゼテスもライザも、電撃をその身に浴びて倒れた。


「何をしているのかね……」


 その狂態を見たエルデスはドン引きした。


「クソが世……」


 ゼテスはこの拘束具を作った人間を強く恨んだ。それくらいしかできなかった。


 完全に抵抗をやめたゼテスを、ライザは引きずっていく。


「エルデス! あの約束忘れないでよね!」

「ああ、精々頑張りたまえ」


 ライザとエルデスはそんなやり取りを残し、聖炎祭壇へと向かった。





 二人は街から少し歩いた。


 ゼテスが街の外れに何か面白いものを見つける。


「なにあの家~、住んでるやつすげえ嫌われてんじゃ~ん」


 ゼテスは家と言ったが、その建物は館というべき大きさであり、恐らく貴族が住む邸宅だ。


 その館は落書きだらけであった。


「あれ私の家よ」

 ゼテスは軽率な発言に罪悪感が湧いた。


 ライザは怒っているように見えないが、何か言っておきたかった。


「逆にありじゃね?」

「変に気使わなくていいから……」


 ライザの声音には諦めのような感情があった。


 館の外壁も屋根も、門も、塀も、中庭も、ライザへの罵詈雑言か恐喝で満たされている。


 まず、一番目立つ落書きは屋根に大きく書かれた『ライザ死ね!』だった。その他にも『殺すぞ!』『クソビッチ』『淫売ドクソ女』『ビビってんのか』だの、大小さまざまな落書きがある。数えればキリがない。


 ライザと対立しても、本人に対して言い返すことができない者が、腹いせに残した落書きだ。


「じゃあ『ゼテス参上』っと……」

「クソみたいなこと書かないの」


 ライザはゼテスを小突いたが、そのブレなさが逆にありがたかった。


「あっ、やっべ! 秒ギレ女だ! みんな逃げろ!」


 塀には落書きをしていた子供たちいた。ライザの姿を見て一目散に逃げ出す。


「秒ギレ女が誰かに首輪つけてる!」

「あいつら頭おかしいぜ!」

「こんな時間にサド趣味が堂々すぎる!」

「スケベ欲デカすぎだろ!」


 子供たちは、罪人への規則など知る由もない。ライザに対して好き放題捨て台詞を吐いて逃げていった。


 ゼテスとライザの状況を、完全にライザのそういうヤバい趣味と捉えている。


(あいつ『ら』……?)


 ゼテスが子供たちの言葉に引っかかった。ライザには及ばないが、ゼテスもまあまあすぐキレる。


「クソガキィィー!!」


 ゼテスが子供たちを追いかけようとした。


「えべぇっ!」


 ライザが鎖を引っ張り、ゼテスを強引に止めた。


「やめなさいよ大人気ない」

「あんのガキども……ライザは別にいいけど、俺までバカにしやがって……!」

「あんたねえ……」


 ゼテスの怒りはあくまでも自分本位だった。


「子供も相手にムキになってもしょうがないでしょ」


 ライザは、子供たちが落書きしてたことにも、捨て台詞にも怒ってはいなかった。


 年下に対してはさすがにそう簡単には怒ったり、暴力を振るうことはない。子供に対しては年長として相応の振る舞いをする。


 すぐに怒り、すぐに手を出すが、誰彼構わずえげつない暴力を振るうわけではない。


 ゼテスはライザのそんな一面をたった今知った。そして子供たちへの怒りを収めた。


「確かにしょうがねえか。子供には優しいんだな」

「まーね」

「俺も子供っぽいとこあるから優しくしてくんね?」

「腹立つわ~その客観視」


 ライザがゼテスを小突いた。


 自分を少し理解してもらえたようで僅かに口だけで笑うライザ。


 そんな二人の下に一人の女の子がやって来た。


「お姉ちゃ~ん!」


 ゼテスはその女の子に見覚えがあった。キャラメルをくれた子だ。


「リリー! どうしたの?」


 ライザはしゃがんで子供と同じ目線になった。


「お姉ちゃんが祭壇まで行くから見送りにきたの」

「そう、ありがとう。またあいつらに何かされなかった?」 


 ライザは自分の姿を見て逃げ出した子供たちの方を見た。

 あいつらとはあの子供たちのことのようだ。


「うん! 大丈夫!」

「またあいつらになんかされたら私に言いなさい。懲らしめてやるから」


 ここに来てようやく、ゼテスはライザの笑った顔を見れた。本当に自然な笑顔だ。


「私も仕事があるからそう何回も助けてあげることはできない。だからリリー自身も強くならないとね」

「ライザお姉ちゃんみたいに強くなる」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 ライザがわしゃわしゃとリリーの頭を撫でる。


 リリーも嬉しそうにしていた。ライザが大好きなのが伝わってくる。


 ライザと女の子のやり取りを見てゼテスは色々と察した。この女の子はさっきのクソガキどもにいじめられていた。それをライザが助けたのだろう。


 さっきの子供たちには、街中で見た大人のほどの蔑視はなかった。懲らしめるとはいっても子供相手だから手加減はしただろう。


 でなければトラウマになって、本人を目の前にすればもっとビビるはずだ。


 クソガキどもはライザをそんなに恐れてはいない。むしろ近所の口うるさい厄介ババアに見つかった。みたいな感じなのだった。


 他者を通してライザの人柄への理解を深めていくゼテス。


 リリーがそんなゼテスに気づいたようだ。


「あの時のお兄ちゃん!」


 おじさんからお姉ちゃんに代わったことが嬉しかった。


「また会ったね。リリーっていう名前なんだ。僕はゼテス」

(ぼぼぼっぼ、ぼっぼぼ、僕~!?)


 ライザはゼテスが子供相手に一人称やら話し方を変えたことにかなり驚いた。


 僕という一人称は全くもって似合っていない。しかし、ライザ自身も子供相手にそういう顔をすることもあるので、驚きが表情として出る前に下唇を噛んで耐えた。


「お兄ちゃんはえっと……何してるの?」


 リリーは完全にゼテスの首輪とそれを繋ぐライザの腕輪に気づいてはいたが、スルーした。


 ゼテスとライザは子供相手に言葉を選ばれた。つまり、気を使われた。それは子供にはできるだけ優しくしようという二人にとって最大限の恥辱だった。


「こ、これも聖炎守護としての仕事よ。こいつは聖炎の火種を食った罪人だから、逃げないようにこうするしかないの……」


 ライザは必死だった。あらぬ誤解を招かないように。


「べ、別に僕たちは好きでこんな変なことをしてるわけじゃないからね……」


 ゼテスも必死だった。


 リリーに失望されたくないという点に置いて、二人の思惑は共通していた。


「でも本当は聖炎の火種は私が失くしたの。お兄ちゃんは私をかばってくれただけなのに……こんなことになっちゃんって……ごめんなさい」


 リリーは泣きそうになった。


 ライザは複雑な表情でリリーとゼテスの顔を見た。リリーが嘘を言っているように見えなかった。


「気にすんなって! 俺が好きでやったことだから!」


 リリーが顔を上げる。


「リリーが笑ってた方が俺もライザも嬉しいから。な! ライザ!」


 ゼテスが急にライザに話を振る。


「そ、そそ、そうね。いい子にして待っててちょうだい」


 ライザは真実を知って驚愕したばかりだったので、どもった。


「そうだ。これ私が作ったの。祭壇まで行くの頑張ってね」

 リリーがおにぎりを取り出し、ライザに渡した。

「ありがとうね。じゃあ私たちは頑張って行ってくるから……」

「うん! 無事に帰ってきてね!」


 ゼテスとライザは、リリーと別れた。


 二人が歩きながら話す。


「あんた、冤罪だったのね。子供のためとはいえ自分が火種食いましたなんて……普通思いつかないわよ」


 ライザは相変わらず高圧的な口調だったが、どこか嬉しそうだった。リリーの態度を通してゼテスの人柄をある程度理解していた。


「なんでそんなことしたの?」


 ゼテスはこの街の外から来た人間である。リリーをかばいさえしなければこんな面倒なことはしなくてすんだはずだ。


「まあ、なんつーか、魂が腐るんだわ。リリーがすげえ怒られて、泣きそうだったから」

「……」

「賞賛されたいとじゃなくて、結局は自分のためだぜ」

「ふーん……」


 ライザは自分の想像よりもゼテスがしっかりした考え方を持っていたため、複雑な顔をした。家族も友人もいないライザはここまで深く人と付き合ったことはない。


「だから俺の方がリリーに好かれてる」

「はぁ~!?」


 急にマウントをとってきたゼテス。


 それがどうしても気に食わなく、威圧的な声を出すライザ。


「あんたみたいなチャランポラン浮浪者より、私の方がリリーと付き合い長いからそれはないわぁ!」


「質がちげーんだよ質がぁ! オルウェイズ喧嘩腰プッツン女より俺の方が人当たりも愛想もいいもんね!」


 しばらく二人は軽めにしばき合った。


 その後。


「人の気持ちに優劣なんてつけるもんじゃないな……」

「概ね同意よ……」


 一旦冷静になり、しばき合いが時間の無駄だと悟った。


「ん……」


 ライザがおにぎりをゼテスに差し出した。ライザ自身ももうむしゃむしゃ食べている。


「お、ありがとな」


 無駄に体力を使ったのでゼテスも遠慮なくおにぎりをもらって食べた。


「偶数で良かったわね」


 おにぎりを全部で四つ。奇数なら奪い合いが始まっていた。


「そうだな……」


 ゼテスもライザもおにぎりを歩きながら黙々と食べた。


「あの家、私の家って言ったけど、今は私のものじゃないなよね」


 ライザがおにぎりを二つ食べ終わってから言った。食べ終わるのがかなり早かった。


「どういうこと?」

「エルデスっているでしょ? 親同士が決めた私の元婚約者だったけど、婚約破棄された上に、家取られちゃった」


 領主の醜聞を、ライザは軽く扱う。財産の分配がどうこうという書類を、中身をよく確認せずに署名していたのがダメだった。


「はぇ~、元婚……家を……へぇ~」


 情報量が多く、ゼテスはまともに言葉が出せなかった。


「でも、聖炎を持って帰ったら、家は返してくれる。そういう約束をしたの」


 理由はわからないが、婚約すら守らない男が果たしてただの口約束を守るだろうか。


 ゼテスは疑問に思ったが口には出さなかった。


「落書きだらけでも~?」


 ライザが昔を惜しむような目で家を見た。


「父さんとの思い出があるから」


 その一瞬だけ切り取れば、ライザは暴力的な女にはとても見なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る