第3話 ポジティブハートはどうした! ポジティブハートはぁ!

「おはようございます~」


 ゼテスに立場をわからせた翌日、ライザの前に、ゼテスが現れた。


「さっさと行くわよ。時間がもったいないんだから」


 今二人がいる場所は、例の地下牢のある監獄の前で会った。ライザはそこでゼテスを待っていた。


 そこから、町の入り口に向かって歩く。


「あんた、そこそこ闘えるようだけど、祭壇までの道のりがどれくらい危険かわかってるの?」

「全くわからんけどまあ大丈夫っしょ」

「呆れた……恐ろしく強い魔獣がウヨウヨしてるのよ?」

「ぶっちゃけワクワクしてる。この島に来るの初めてだし、冒険が好きだからな俺は」

「ばっかじゃない!? そうやって観光気分でこの島に来たやつらは大体死んだのよ!?」

「なんだ。心配してくれてるのか?」


 ライザが図星を突かれ、一瞬驚いた後、ものすごくバツの悪そうな顔をした。


「まあね……途中で死なれても寝覚めが悪いし」


 自分を善人だとか正義感が強いとか思ったことないが、罪人といえど目の前でゼテスが死ぬのも見過ごせなかった。


「辛気臭えこと考えても辛気臭え気分になるだけだぜ、冒険も贖罪もできてウインウインって感じ」

「死ぬまで治んないんでしょうね。その性根」


 ライザは今改めて、昨日ゼテスの腕に結構強めに関節技をかけたことを思い出した。


 痛い目に合わせたつもりだったが、ゼテスはまるで懲りていないようで、ライザに対する振る舞いに何一つとして変化はない。


 皮肉っぽい言い方だったが、ライザはそんなゼテスが少し羨ましかった。


「おうよ。人生楽しく生きるコツはどんな時でもポジティブハートを捨てないことだぜ」


 ゼテスはサムズアップをして見せた。


「あ! 100ゴールド見っけ~!」

(ただの能天気なんじゃないかしら……)


 犬のように落ちてる金に向かっていくゼテス。


「でさあ、聖炎の火種だっけ? あれがなくなるとどうなっちゃうの?」


 聖炎の火種、あの女の子が持っていた瓶に入っていた小さな炎である。


 それを盗んだ真犯人は未だにわからないが、一応ゼテスが女の子をかばって自分が食べたということにした。


「チッ」

「投げキッスか?」

「違うわよ」


 ゼテスはライザの舌打ちを擦る。ゼテスは隙あらばこういうことを言う。


 しかし、この街でまともにライザと会話する人間はほとんどいないので、ライザはそれをクソウザいとは常々思いつつも、やめさせようとはなかった。


「呆れ果てただけよ……。この街の人間なら子供でも知ってるようなこと知らないもんだから……」

「頼む、教えてくれ」


 ゼテスが珍しく真剣に言った。故意の冤罪とはいえ、自分が何を食ったのか、街にどんな影響があるのか正確に知っておきたかった。


 ライザはゼテスの無知っぷりに腹を立てたが、何も知らないままに危険を伴う贖罪をしろ、というのも哀れに思えたので、結局聖炎について教えることにした。


「聖炎ってのはねえ、この街とこの街に住む人間にとっての命なの」


 なんだかんだで人から頼られるのは嬉しかった。


「聖炎の加護で魔獣は街に入ってこれない。だから私たちはこんな魔獣だらけの土地でも生きていける。聖炎をこの街で燃やし続けるために、私たちは一年に一度、聖炎の大元から火種を取って来る。あんたが食ったのはその火種」


 ゼテスは聖炎がこの街と、街に住む人々にとっていかに大事なものなのか理解した。そして、犯したことになっている罪の重さも理解した。


 それと同時に今までの自分の言動を思い返し、心の中が恥と罪悪感で満たされた。


「だったら……」


 ゼテスの声が震える。


「だったら俺はこの街の命をぶち壊したのにへらへら笑ってるようなクソ野郎じゃん!」


 ゼテスは自分を客観視できる方だった。


 聖炎の加護がなければ、人々が暮らしているこの場所も魔獣が我が物顔で歩く。それはゼテスにも容易に想像できた。


 ゼテス牢屋にぶち込まれても飄々としていたのは、単にこの街について全くの無知だったからである。


 聖炎の火種は、何となく重要なものだと思っていたが、想像以上だった。


 実は少女をかばったと弁明する気はさらさらないが、罪の重さを知っていれば、それ相応の振る舞いをした。


「そうよ。あんたはクソ野郎よ。やっと理解したのね」


 ライザはゼテスの罪状を本人に会う前から聞いていた。


 それによって本心からゼテスをクソ野郎だと思っていた。だから、罪人のくせにへらへらしているゼテスに当たりがキツかったし、立場をわからせる必要があった。


 しかし、今のゼテスを見れば、無知であったとはいえ罪の重さを理解して罪悪感を持つくらいには常識がある。


 ゼテスが本当に、罪の重さを理解してもなおヘラヘラしてるようなクソ野郎だったら、ライザは何回かぶん殴ってでも祭壇まで連れて行こうとした。


 ゼテスの精神的な苦しみ具合を見るにその必要はないと判断した。思ったほどのクソ野郎ではない。


「知らなかったじゃすまされねえ……今までの自分の言動の一つ一つがイタすぎる……」


 ポジティブハートを心情とするゼテスが、これ以上ないくらいに落ち込んだ。


 ライザはゼテスと出会ってから二日目だったが、これはもしや珍しいのではと思った。


「うまくない? とか言ってたのが一番イタいな」


 聖炎騎士団は治安維持の他に、聖炎自体を守る役目もある。ライザの怒りの原因をゼテスは今やっと理解した。


「あれは私も腹立ったわ」


 落ち込んだゼテスが面白おかしく、ライザはおちょくるような口調だった。


「あ〜……あ〜クソ……あ〜……ゴミクズ野郎だ俺は……」


 恥と罪悪感で心の中が満たされ、唸るしかない。フラッシュバックの一つ一つが精神を苦しめる。


「私が死んだら遺灰は綺麗な海に撒いてください……」


 ゼテスは落ち込んだ末に、三角座りになって塞ぎ込んでいる。道の端っこで通行人の邪魔にならないのは最後に残った冷静さだ。


「めんどくさいわねえ!」


 ライザがゼテスの後頭部をガッと掴んで持ち上げた。その状態のままで、ずんずん町の入り口まで歩いていく。


 ゼテスがグチグチ言ってるのを聞く時間はないのだ。


「じゃあもうその辺に捨てといてください!」

「小ボケ挟む余裕はあるんじゃないの! めんどくさいのは今のあんたよ!」


 ゼテスが母猫にくわえられる子猫のようにぶらぶらと揺れる。


「ポジティブハートはどうした! ポジティブハートはぁ! いつまでも過ぎたことをウダウダ思い悩んでも仕方ないでしょうが!」

「ごめんなさい許して!」


 ライザは家族も友達もいないので、人を励ましたり、フォローをしたりといった経験は皆無だ。故にこのような荒療治しか知らない。


「聖炎自体は消えたけど、聖炎の加護はまだこの街に残ってる。完全に消え去るまで一ヶ月あるから、それまでに聖炎祭壇まで行って戻ってこりゃいいのよ」

「え? マジ?」

「マジよ」

「良かった~。じゃあトレーニングだと思って聖炎祭壇までこのまま連れていってくんね? 帰ってくる頃には剛腕令嬢だぞ」

「はあ?」


 ゼテスはあろうことか、後頭部をライザに掴まれたままくつろぎ始めた。


「楽ちんだぜ!」

「降りなさい」

 ライザが手首をヒュっと振り、ゼテスを地面に投げた。そのまま石ころのように地面を転がっていく。


「扱いが雑なんだからも~」


 パンパンと服の汚れを落としながら立ち上がる。


「ホラみてあのメスガキ……またやってる」

「あの人もあんなのに目つけられちゃってかわいそう……」


 ゼテスとライザのわちゃわちゃは、良くも悪くも目立っていた。


 何人かの人間が立ち止まり、ゼテスとライザにそれぞれ意味ありげな視線をよこした。


「応援ありがとう!」


 ゼテスは何を言われたかを詳しく聞いたわけではなかったが、ポジティブハートなのでとりあえず好きに解釈してお礼を言った。


 後ろめたさを感じる足取りで、陰口を叩いていた人間が散っていく。


「どうしたライザ? はよ行こうぜ」

「ええ」


 その光景を見ていたライザは、何か思うところがあるのか、心ここにあらずだった。


 ゼテスは気にはなったが一瞬で忘れた。本人が話したがらないのなら、無理に聞く必要はない。


 二人は再び歩き始めた。

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