第2話 狂獣令嬢ライザ襲来

「よう新入り。ここじゃあこの俺様、グリズがルールだ」


 ゼテスが牢屋に入れられてから早速、牢屋のボスらしき男が威圧していた。


 頭はハゲて光り、上半身裸でムキムキの強面だった。


 取り巻きも何人か居て、ニヤニヤしながら見てくる。


「このお方はなぁ~! ここに入る前は百人以上の空賊団を率いてたんだぞ!」

「懸賞金開示(ステータスオープン)!」 


 グリズが自分の手配書を見せびらかす。


「ひゃははあ! こいつびびって声も出ねえぜ!」

「懸賞金は1800万ゴールド、だから無事にここを出たかったら、お頭には逆らわねえ方がいいぜ?」


 五秒後……


「調子こいてんじゃねーぞこの野郎!」


 傷だらけグリズを怒鳴り散らすゼテス。ゼテス自身には傷一つない。


「はい、すみませんでした」


 グリズも取り巻きも一瞬でボコボコにした。


 顔面もたんこぶだらけになり、口からも鼻からも血が流れている。


 腹が減ってイライラしていたので少しやりすぎたかもしれない。


「二度とこんなマネすんなよ!」

「はい……」

「今日の晩飯全部よこせ」


 ゼテスは本当に、グリズとその取り巻き全員の晩飯を全部食べた。


 その翌日。

 

「ゼテスという者はいるか?」


 一人の男が牢屋の前に現れた。


「ゼテスさん! えらい大物が会いにきたぜ!」


 ハゲに呼ばれたゼテスが、鉄格子を挟んで来訪者と向かい合った。えらい人物だというが、ゼテスは目の前の男を全く知らない。


「私の名はエルデス。この街の領主であり、聖炎守護の総長でもある。ゼテス、君に話があってきた」


  鉄格子を挟んでいたもの、エルデスの自己紹介は意外にも丁寧であった。


 この街の禁を犯し、牢屋にぶち込まれたゼテスを相手にしても、礼節を尽くしている。露骨な見下しているようにも見えない。権力を笠に着た傲慢さもない。


 聖炎守護とはこの街に属する組織で、治安維持と魔獣の狩猟などを担っている。


 人より遥かに大きく獰猛な魔獣を相手にする力強さと、過酷な大自然の環境を生き抜く粘り強さ、その両方が聖炎守護となる人間に求められる。


 魔獣を狩ることにより、街に獣肉や毛皮、牙や爪など、その他様々な素材を街にもたらす。そんな彼らは街の住民にとって羨望の眼差しを向けられる、栄誉ある組織であった。


 その組織の総長、トップが直々に牢屋まで足を運び、ゼテスに会いに来た。


「お初にお目にかかりますエルデス殿。この私に話とはなんでしょうか?」


 ゼテスも自分の身分をわきまえた口調で話した。


「それで話とはなんですかね?」

「こんな場所では何だ。一旦君をここから出そう。話はそれからだ」


 エルデスが扉の鍵を開け、ゼテスを牢屋の中から出した。一体どういう話をするのか、ゼテスには皆目見当もつかない。しかもこれが初対面である。


 ゼテスの背後で、牢屋の扉が再び閉まる。


 エルデスはついてこない。なぜか、さっきまでゼテスが入っていた牢屋に居た。


 それを見たゼテスはエルデスの意図を読めずに、首を傾げる。


「!!」


 不意に、ゼテスは自分の身にただならぬ殺気を感じた。上から、何者かの人影が襲い掛かる。


 とっさに横に飛び、奇襲をかわす。


 ゼテスがさっきまで立っていた地面が砕けた。あまりの衝撃に地下牢全体が揺れる。


 そこに立つ殺気の持ち主を視界に捉えた。


 十五歳くらいの少女が無言で立っている。顔は整っているが、静かな殺気と怒気を吊り上げた目の中に秘めている。


 武器になるようなものは何も持っていない。素手で地面を叩き割ったということである。


 どういう経緯なのか全くわからないが、命を狙われる思いあたりは無数にある。


「彼女と闘いたまえ。結果次第で君の贖罪の方法を考えよう。命の保証はせんがね」


 エルデスが牢屋の中から呼びかけた。


「なるほどね……」


 つまりこの闘いは試験のようなものである。負けたとしても贖罪の機会はくれそうだが、わざわざ自分から負ける必要はない。


「俺はゼテス! よろしくなァ!!!」


 少女の瞼が僅かに動いた。ゼテスの名乗りには何も返さずに、少女が襲い掛かってくる。


 勢いを乗せて放たれた少女の肘鉄を、両腕で受け止める。


 少女は続けざまにもう片方の手で、ゼテスの腹に腰を入れた拳を放ってきた。


 まともに受けたゼテスの胃がひしゃげる。明らかに体格以上の膂力がゼテスを襲い、地面と平行に吹き飛ばす。


 ゼテスが壁に叩きつけられる。その衝撃がやはり地下牢全体を揺らす。


「ったくなんだよいきなり~」


 壁がひび割れてへこむほどの威力だったが、ゼテスはピンピンしていた。


「ゼテスさん! そいつは狂獣令嬢だ!」


 グリズは少女に見覚えがあった。


「見てくれはいいが恐ろしく強え! 俺の団もそいつ一人に潰された上に前歯全部折られた!」

「マジかよ……」


 その話に少女の外見に似合わない凶暴さを感じ、身震いする。


 少女が距離を詰めてくる。顔面に向かって、拳を真っ直ぐに突き出した。


 ゼテスは自分の顔面に向かう少女の拳に自分の拳を突き合わせた。


 腕全体が焼けるような衝撃に包まれたが、それは少女も同じである。


 拳同士の衝突を意図的に起こしたゼテスの方が行動は早い。


 ゼテスが素早く少女の脇腹を蹴る。手応えを感じ、軸足を変えてもう一発放った。


 二発目の蹴りはかわされた。少女がゼテスの頭を両手で掴んで下に引き寄せ、膝を顔面に叩き込む。


 ギリギリのところで両手で顔面を庇ったが、それでも膝蹴りの威力が響いてくる。


 膝蹴りは何度も続いた。少女は膝を上下させ、執拗にゼテスの顔面を潰そうとしてくる。


 連続する膝蹴りの合間に、強引に体ごと少女にぶつけた。その反動でなんとか拘束からは抜け出せた。


 拳を少女の胴体に叩きつけ、続けざまに顔に拳を放った。


 少女の額に、拳が受け止められる。額は頭蓋骨が最も分厚い部分だ。必然、ゼテスは拳が砕けるような痛みを感じた。


 少女に腕を掴まれ、すごい勢いで投げ飛ばされる。


 またゼテスの身体が壁に叩きつけられた。その衝撃が壁だけではなく、地面や天井にまで走る。天井の一部がボロボロと崩れ落ちた。


 少女に人体についての正確な知識はないが、人体のどこを殴られれば痛くないか、度重なる喧嘩によってそれを理解していた。


 少女の動きは大型の肉食動物のような獰猛さを秘めている。何かしらの武術を学んだというよりは、喧嘩慣れの極地ともいうべき動き。とにかく攻撃性が高い。


 また少女がゼテスを殴るために距離を詰める。


「オラァ!」


 地面に落ちた天井の瓦礫を少女に向かって蹴る。人の頭くらいの大きさの瓦礫だった。


 少女は飛来する瓦礫を拳で叩き割り、破片を両手に一つずつ握った。


 その時、少女の口の端が僅かに上がったような気がした。少女の表情が笑みであったことと、笑みの意味をゼテスは次の瞬間に思い知る。


 少女が片方の手の瓦礫を握りつぶし、細かい破片にする。それをゼテスの顔面に投げつける。目くらましだ。


 ゼテスが怯む。


 その隙に少女はもう片方の瓦礫を、ゼテスの口に叩き込んだ。そして頭を両手で掴み、顎に向けて鋭い膝蹴りを食らわせた。


「や、やったっ!!」


 闘いを見ていたグリズと取り巻きが恐れおののいた。


「ッッッッッッッ!!!」


 ゼテスの顎から頭頂部まで、頭が真っ二つに割れるような衝撃が突き抜ける。視界が幾つにもブレて見えた。


 頭を両手で固定されていたため膝蹴りの威力が逃げずにモロに入った。脳も強く揺らされた。


 笑ったのはそういうことだったのか。瓦礫を手にした瞬間にその発想が思いつく残虐性、そして暴力に対する頭の回転の速さ、なんの躊躇もなくすぐに実行に移せる異常性。少女は人の身体を痛めつける天才だった。


 狂獣令嬢、その名の意味をゼテスはたった今、自分の身体で存分に思い知った。


 膝蹴りの威力によって、ゼテスの口の瓦礫は粉々に砕け散った。細かくなった破片が口の奥に入りゼテスがむせる。意識があやふやになり、身体が崩れ落ちていく。


 倒れながらむせるゼテスの顔面を、少女は容赦なく蹴ろうとした。


 しかし、その足は掴まれ、受け止められた。


 ゼテスが足を掴んだまま立ち上がる。


「こんな平和そうな町によくお前みたいな暴力女が育ったもんだぜ」


 軽口をたたく余裕はあった。確かに大きな衝撃だった。口から血を流しているが、歯は一つもかけていない。


 少女はかかとをゼテスに掴まれ、上下逆さに吊るされている。


「そぉら!」


 ゼテスが少女を思いっきり振りかぶり、地面に叩きつけた。


 今の闘いの中で、一番大きな衝撃が地下牢中に走る。


 少女は大きくひび割れた地面の上で、動かなくなった。


「ま、死にゃしねえだろ」


 少女を見下ろし、闘いは終わったとゼテスは思った。


「まだやるかい……」


 しかし、少女は距離を取りながら立ち上がった。今の一撃をくらっても、その目に見える戦意は全く衰えていない。


「!!」


 ボウと少女の体が燃え上がり、身体全体が炎で包まれる。その状態であってもなお少女は歩みを止めない。


 炎は少女が自分で自分の身体に起こしたものである。今までの体術に炎を交えてくる。これからが本番……。ゼテスは冷静に相手の手札を分析する。


「権能……それも現象系で炎……」


 つまり……。


「お揃いじゃ~ん!!」


 ゼテスの身体も、火薬に火をつけたように、一瞬で燃え上がった。


「!!」


 それを見た少女は一瞬だけ驚いたが、すぐに殺意と怒気の表情に戻った。


 ムキになって、自分の纏う炎をゼテス以上に大きく燃え上がらせる。少女の炎は見上げるほどに大きい。熱気がチリチリとゼテスの肌を焦がす。


「そう熱くなるなって……。あ、これうまくない?」


 少女は微塵も反応を示さない。


 それが少し悔しかったのでゼテスは一方的に解説することにした。何も返事がなくてもこっちも微塵も気にしない。


「今のはこう心情的に熱くなるって意味と、実際に炎で……」

「そこまでだ。これ以上の闘いはやめてもらおう」


 いつのまにか牢屋から出ていたエルデスが二人の間に割って入る。


 少女が体に纏う炎を消し、殺気も引っ込めた。


 それを見たゼテスも炎を引っ込めた。


「ゼテス君……合格だ」


 エルデスが感慨深く、そう告げた。


「今のネタそんなにうまかったですか?」

「違うよ」


 優しい否定の仕方だったが、エルデスは内心ゼテスの阿保っぷりに呆れた。咳払いをして呼吸を整える。


「さて、贖罪の方法だが、最も過酷だが最も早く終わる方法にしよう」


 ゼテスの今の戦いっぷりを見ての判断だ。ある程度の力量がなければできない方法だ。


「あざます!」


 どんな贖罪をするのか分からないが、ゼテスはとりあえず頭を下げておいた。


「それでその方法とは?」

「彼女が聖炎を取り戻すために、祭壇まで行くことになった。魔獣の蔓延る土地を渡らなければならない危険な道だ」

 エルデスがさっきまでゼテスと闘っていた少女を指す。

「そっか、頑張ってな!」


 ゼテスはぶんぶんと少女に向かって手を振った。


「君も一緒に行くんだ」

「えっ?」


 ゼテスは真顔になった。


「祭壇は遠いからね、片道で大体一週間くらいかな?」

「えっ?」


 つい先ほどまで殴り合いを繰り広げた少女との二人旅。少なくない衝撃がゼテスの脳を襲う。


 端的に言ってしまえば、怖い。会話こそなかったが、闘っただけである程度少女の人格を察することができた。気性が尋常じゃないくらい荒い少女だ。


 ゼテスにとっては猛獣と祭壇とやらまで行って帰ってこい、と言われたに等しい。針の筵だ。心身ともに休まることは難しいだろう。


「聖炎守護幹部、ライザよ」

「なんだ喋れたのか」

「ああん?」

「おお?」

「やめたまえ」


 自己紹介から秒でガンの飛ばし合いに入る二人をエルデスが止めた。


 ゼテスから見たライザは気性が荒いのを差し引いても、なぜかやたらと不機嫌に見える。


 聖炎守護はこの街の治安維持も担う。街の人々の生活を守るライザにとって、この街の安寧を犯したゼテスは非常に強い怒りを覚える存在だった。


「ゼテスだ。ライザはめちゃくちゃ強いね」


 強いと素直に評された少女の肩が、ぴくりと震えた。


「と、当然よ。めちゃくちゃ強い私が、一緒に行ってあげるんだからありがたく思いなさい」


 高圧的な物言いだった。


「よろしくなァ!!」


 ゼテスは元気よく、握手のために手を差し出した。


「よろしく」


 ライザはゼテスの手を、力強く握り返した。


「ところで……」

「?」


 次の瞬間、ライザは握っていたゼテスの手を捻りながら、飛び掛かった。


「いだだだだだだだ!!!! 何何何!?」


 ゼテスは地面に突っ伏した。


 その上でライザがゼテスの延髄に膝を置く。ライザの体重がゼテスの首にのしかかり圧迫する。その状態のまま腕を捻りあげた。


「エルデスさん止めて! 腕折れちゃう!」


 地面をバンバン叩きながら、エルデスに助けを求めた。ライザの関節技が完全にゼテスに決まっている。


「私は立場をはっきりさせておきたいの。私が上! 罪人のあんたは下ァ! 私の言葉は決して疑わずに無条件で従いなさい! いいわね!?」

「やっぱチェンジでお願いしますぅ! この子しか空いてないんですか!? もっとマシな子はいないんですか!?」

「罪人の癖に選り好みしてんじゃあないわよ!」


 ライザがギリギリと、ゼテスの腕を絞める力を強めた。


「のわああああ!!!!」


 ゼテスとライザは、これから結構な道のりを二人で行かなければならないのに、この始末。


 無事に祭壇までたどり着けるかどうか、ゼテスは先が思いやられるばかりであった。


「やめるんだ」


 エルデスがライザの後頭部に蹴りを叩き込んだ。


 ライザが壁まで吹っ飛ぶ。地面に倒れて今度こそ動かなくなった。


「止めたよゼテス君、罪人相手とはいえさすがに今のはやり過ぎだったね 大丈夫だったかい?」

「ありがとうございます。でも別に、ここまでする必要はなかったと思いますけどね」

「口で言っても聞かんよあのじゃじゃ馬は」


 エルデスがライザを見る目は冷たい目だった。すぐに暴力に走る気質を蔑んでいるだけではない。まるでライザの存在そのものを否定するような冷たい目だった。


「ゼテス君は優しいね。あれほど暴力を振るわれた相手を思いやることができるなんて。あのじゃじゃ馬が気に入ったのかい? 見てくれだけはいいからね」


 エルデスが、冷たい目から笑顔に変わる。


「別にそういうわけじゃないすけどね」

「もしあのじゃじゃ馬に暴力を振るわれたら、遠慮なく反撃したまえ。罪人でも関係ない、この私が許そう」


 エルデスが地下牢から去っていく。


 ゼテスは気絶しているライザを助けにむかった。 

 

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