番外編43 混沌のお茶2
一番頼りにしていたラザロスの助言を聞きそびれたリベラは、次に頼りになるユーリマンのもとを訪れていた。
「……そうか。キャサリン様がそんなことを」
「オレはどうしたらいい?」
終始落ち着いた様子で自分の話に耳を傾けるユーリマンの様子に、リベラは微かな期待を抱いていた。
僅差とはいえ、侍従仲間ではユーリマンは一番結婚が早かった。それに彼は年長者だ。
冷静な振る舞いは年長者の余裕というやつだろう。
「そもそも、君は何をそんなに慌てているんだ?」
「……というと?」
「不機嫌を夫に伝えるために、濃いお茶を淹れる。可愛いらしい抗議じゃないか」
何か、話が想定していない方向への拡がりを見せ始めている気がして、リベラはユーリマンの言葉に相槌を打ちながらも、首を捻る。
「妻の淹れた特濃紅茶を飲むのは、夫だけに許された特権だろう? 喜びをもって、飲み干せばいいさ。私なんて……」
「ユーリマン殿下!」
特濃紅茶を飲み干せというユーリマンの元に、白衣を纏った使用人が駆け寄ってきた。
既視感を覚える光景にリベラが眉根を寄せる。
「……継承権も放棄して、正式にクロウディア家に入ったのだから、殿下と呼ぶのはやめて欲しいのだけれど。それに客人の前だ」
「申し訳ございません。ですが、ヴィオレッタ様からこちらをお渡しするようにと仰せつかっておりまして」
「これは……?」
白衣の男が差し出してきた茶褐色の液体が入った小瓶をユーリマンは目の高さに掲げて軽く振りながら問う。
「ヴィオレッタ様が先月より研究中の、動物の姿に変身する薬の試作品です」
「なるほど。試薬は?」
「いいえ、それがたった今完成したばかりなんです」
「それなら、私が試そう」
研究者らしい男の説明を受けたユーリマンは、躊躇いもなく、小瓶に蓋をするコルク栓を引き抜いた。
「いや、ちょっ……! ユーリマン!?」
「おやめ下さい!」
何となくこうなる事を予想していたリベラと、薬を持ってきた男が慌ててユーリマンに待ったをかける。
「何故止める?」
「いや、それ危なくないのか?」
「ヴィオレッタが私にとくれたものだ。私に害があるはずがない」
「いやいや、ヴィオレッタ様に限って言えばそこは信用ならないだろう?」
「だが、妻が作った薬を一番に試せるのも夫の特権だろう?」
「いや、そんな特権はいらない」
きっぱりと断言するリベラの言葉に、白衣の男がこれでもかというほど激しく首を振って同意を示した。
「そういうものなのか?」
いまいち何がいけないのかピンと来ていない様子のユーリマンに、リベラは相談する相手を間違えたことを悟った。
「ユーリマン。君はヴィオレッタ様に差し出されたものなら、それが毒であっても喜んで飲み干す。そういう奴だったな……」
「どうしたんだい? そんな改めて」
「いや、何でもない。邪魔をして悪かったね。オレはもう行くよ」
照れくさそうにメガネを押さえるユーリマンに、リベラはそそくさと暇乞いの言葉を告げた。
*****
場所は変わって。
「おお? お前の方から来るなんて珍しいな?」
ラザロスもユーリマンもダメとなると、リベラが次に頼ったのはグレイだった。
「いや、実は君に相談があって」
姿を見せるなり向かいの席、客間のカウチソファーにどっかりと腰を下ろしたグレイにリベラは慎重に切り出した。
「俺に相談だぁ? ……ふんっ、いいぜ」
何故か得意げにしつつも、グレイが二つ返事で相談を快く引き受けてくれたことにリベラはひとまず胸を撫で下ろす。
「実は訳あってラザロスもユーリマンも頼れそうにないんだ」
「何だ、俺が一番じゃないのか」
「いや、問題の性質上彼らの方が適任かと思ったんだ。……ユーリマンは思っていた以上に頭がおかし……ゲフンゲフン。……いや、なんでもない」
「……なんだ? 具合でも悪いのか? まあ、とりあえず話してみろよ」
友人の悪口を言い掛けて咳払いをしたリベラに、グレイは不思議そうな顔をしつつも話の続きを促した。
「実は今朝、キャサリンに出されたお茶がものすごい濃さだったんだ。その濃さたるや、底が見えないほどで」
「あー、奇遇だな。実は俺も今朝、くっそ煮詰まったお茶を出された」
「なに!? それは本当か!? それで君はいったいどうしたんだ?」
なんというタイミングなのか。ちょうど今朝、グレイも同じ憂き目を見たと聞いてリベラは目を輝かせて食い付いた。
目の前のグレイは飄々としている。何か、良い対処法があるのかもしれない。
「どうしたって、飲まずに自分で淹れ直したけど?」
「なるほど! ……って、え?」
聞き間違いだろうかと、リベラはグレイの言葉に自分の耳を疑った。
「いや、だから不味い茶は捨てて、自分で淹れ直した」
「君、それ一番ダメな対応! 絶対にやっちゃいけないやつだから!」
絶叫しつつ、レヴィオール公爵家にこれから嵐がやってくることをリベラは予感し、身震いをした。
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