番外編36 ジャスミンの応戦(グレイ編⑧)




 ケーキやマカロン、クッキー、それに軽食のサンドイッチなどが乗った皿が運び込まれた途端、王女たちはスッと口角を引いて笑った。


 毒だ。毒が仕込まれている。



 一瞬にしてそれを理解したグレイは、あの王女様たちやりやがったなと心の中で呟き、天を仰ぎたくなった。


 運び込まれた菓子や軽食のどれにも毒が仕込まれている。それも一つ残らず、だ。


 こうまでいくと、派手にやらかしているというか、大胆な犯行というか、自棄やけを起こしたのではないかという感想を抱かざるを得なかった。


 食べ物に混入されているため、素人が見た目で分かるものではないが、グレイにはひと目でわかった。


 毒の種類も様々で、微かだが匂いのするもの、菓子に使われている材料の何がしかの成分に反応して変色が見られるものなど色々あることから、盛られた毒が一種類ではないことが予測される。


 食べ物に混ぜてしまえばわからないとでも思ったのだろう。


 随分と気合いの入った歓迎だ。



 おまけに、外の植え込みに妙な気配を感じる。こちらは公爵家を出る時からずっと着いてきた気配だ。




「レヴィオール公爵令嬢のために、たくさんご用意致しましたの」


「さあ、ご遠慮なさらず召し上がって下さいな」




 ニコニコと微笑んでいる王女は二人とも、菓子に毒が入っているのを承知しているのだろう。


 自分たちは手をつけることなく、しきりにジャスミンに勧めてくる。



「私、お菓子はお茶を一杯いただいてからと決めておりますの」



 ジャスミンも気付いているようで、菓子には手を付けずティーカップを傾けているが、言い訳が苦しい。



「早く感想をお聞きしたいわ。公爵令嬢にこの国のことをもっと知っていただきたいと思って、我が王国の特産である最高級の蜂蜜をふんだんに使っておりますのよ?」


「レヴィオール公爵から、ジャスミン様は甘いものがお好きだとうかがっておりますわ」


「ええ、仰る通りですわ」



 イゾルデ王女の言葉に同調するヴィルジニア王女によってどんどんジャスミンは追い詰められていく。



 公爵邸で出す食べ物に、毒物が混入されているのとは訳が違う。


 公爵邸で出された食べ物は、食べるも食べないもジャスミン次第。気に入らないと言って下げさせてしまえばいいが、今回はそうはいかない。


 王女が提供した菓子を食べないわけにはいかないのだ。


 或いは毒物の混入をこの場で証明出来れば回避する事も可能だが、銀食器など持ち歩いているわけもなく。



「まさか、わたくしたちが用意したものが食べられないだなんて仰いませんわよね?」


「ジャスミン様はわたくしのことがお嫌いなのでしょうか? もしそうなら、お兄様に申し訳が立ちませんわ」



 言い訳をして先延ばしにするのもそろそろ限界だった。


 痺れを切らした王女たちがジャスミンを仕留めに掛かってきたのだ。



 毒の混入には気付いているのに、それを口にせざるを得ない。そんな窮地に立たされたジャスミン。


 いつも表情を崩さないジャスミンもこれには困った表情を浮かべているに違いないと思っていたグレイだったが、彼の耳は彼女の小さく笑う声を捉えた。



「いいえ、ちょうど今いただこうと思っておりましたの。それに、ヴィルジニア王女殿下は大変、お可愛らしい方だと思っておりますのよ?」



 外の植え込みの気配が動いたのと、ジャスミンが王女に笑いかけたのが同時だった。


 植え込みから現れた黒装束の男が、右手に持った暗器でジャスミンに襲いかかろうとする。


 しかし、王女や侍女たちはおろか、城の兵士たちでさえもジャスミンの言葉に気を取られているのか襲撃者に気付いている様子は無い。


 グレイはその様子から、目の前の刺客が王女たちの手によるものではないのだろうと推測した。



 ジャスミンがどのように対応するのか?


 興味をそそられたグレイは、敢えて何もせずティーポットを持ったまま立ち尽くしている。



 すると、ジャスミンはテーブルにかけられていた白いクロスをグッと引いた。


 スルスルとジャスミンの方に引っ張られるクロスは、その上に乗っていた皿をひっくり返していく。


 食器が割れる派手な音が空に鳴り響く中、ジャスミンはテーブルから引き抜いたクロスを打ちふり、刺客に向けて拡げた。



 突然の出来事に理解が追い付かず、かしましかった王女は目と口を見開いたまま固まっている。



 足元に散乱する皿や菓子の残骸。そして、テーブルクロスで簀巻きにされ、石の床に転がされた刺客。


 それらにジャスミンは目もくれず、テーブルの上に唯一残ったティーカップを優雅な手つきで口元に運んで傾ける。



 まるで何事もなかったかのように涼しい顔をしている。



「せっかく王女殿下が私のためにご用意して下さったお菓子ですが、そこの襲撃者のせいでダメになってしまいましたので、私はこの辺でおいとまさせていただきますわ」



 グイッとティーカップの中身――グレイの淹れた茶を飲み干したジャスミンはさっと椅子から立ち上がると、来た時と同じように恭しく一礼する。



「行きましょう、グレイ」


「はい、ジャスミン様」



 呆気に取られたまま動かない王女らを置き去りに、ジャスミンとグレイは王宮の庭園を後にした。



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