番外編35 王女との茶会(グレイ編⑦)
「お嬢様、本当に良かったんですか?」
王宮に向かう馬車の中。
グレイは車輪が石畳の上を転がる振動を体に感じながら、口を開いた。
「あら、何のこと?」
出し抜けに口を開いたわりに、何の話なのか判然としない投げ掛けをするグレイに、ジャスミンはおっとりと聞き返す。
そんな彼女は、真紅のドレスに身を包み、いつもより一段と気合の入った装いをしていた。
「いえ、あの、その……。パオロ殿下とのご婚約の件です」
「それが何かあったかしら?」
いったい何の問題があるのか、ジャスミンが心底不思議そうにしている姿を見つつ、グレイは歯噛みする思いだった。
今日は何故か調子が悪い気がする。体の動きは特に問題ないが、どうも言葉がスムーズに出てこず、会話がぎこちない。
きっと、最近ジャスミンを狙った襲撃がやけに多いから疲れているのだろうとグレイは自分の不調の理由を結論付けた。
事実、最近の襲撃の多さは異常だった。
もともと週に一度ペースだったのが、ロレーヌに移住してから週五ペースにまで増えている。
週一ペースどころか月一ペースであっても冷静に考えれば十分おかしいのだが、ジャスミンの前で常識を説いたところで何の意味もなければ役にも立たない。
もはや刺客の対応に慣れ切っている上、どうやってもジャスミンを害することが出来るとは思えないので、来るもの拒まずでまるで余興かのようにグレイ自身も思い始めていた。
だが、こうまで増えるとさすがに少し対応を変える必要があるかもしれない。
「お嬢様が問題ないと言われるなら、俺は何も言いません」
「あら、そう」
結局口を噤むことに決めたグレイ自身、自分の中で何が引っ掛かっているのかはよくわかっていなかった。
唯々諾々と公爵に言われるがままに結婚を決めたジャスミンをらしくないと感じたのは確かだが、いかに規格外なジャスミンと言えども貴族令嬢であることには変わりなく、父親の決めた嫁ぎ先についてとやかく言うべきでないと考えていても何らおかしくはない。
先日、ロレーヌ王家側に王太子との縁談を受けると返答したところ、ジャスミンは王太子の妹である王女二人に茶会に招かれることになった。
今日のジャスミンが気合いを入れてめかし込んでいるのも、茶会で王女たちになめられないようにと屋敷の侍女たちが張り切った結果だ。
「お嬢様、到着致しました」
ガタンと軽く馬車が揺れて、止まる。こうして、グレイはすっきりとしないものを胸の内に抱えたまま、茶会の会場に乗り込むことになった。
*****
「イゾルデ王女殿下、ヴィルジニア王女殿下。本日はお招きいただき有難うございます」
庭園の休憩スペース・ガゼボに一歩足を踏み入れたジャスミンは恭しく一礼した。
こうしていると中身はともかく、いかにも公女様然として見える。
グレイはそんなジャスミンの背中に隠れながら、辺りの様子を
王宮の庭園というと、さぞや豪華で立派なものだろうと想像していた彼は、内心でこんなものなのかと逆に驚いていた。
定期的に開かれる公女たちの茶会も、奇しくも庭園に建設されたガゼボでいつもおこなわれているが、ユリーナ公爵家の庭園の方が遥かに立派に見える。
そこまで考えたところでグレイは、はたとある事実に思い当たった。
金がない王宮だから、こうなのだ。
口に出して言わないだけましなものの、グレイは自分でも大変失礼なことを考えている自覚があった。
「まあ、そんなに畏まらないで下さいな」
「そうですわ。貴女はゆくゆくはわたくし達のお義姉様になるのですから、楽になさって下さい」
先に席についていた王女は目を細め、笑みを浮かべてジャスミンに歓迎の言葉をそれぞれ述べる。
いかにも、これから楽しい茶会が始まりそうな雰囲気を醸し出している。
しかし、そんな中でもグレイはある種の違和感を覚えていた。
王侯貴族と言えば腹に一物抱えた者も珍しくはないが、王女二人もまた笑顔の裏に何かを隠しているように見える。
これは元暗殺者としての勘だ。
「お気遣い、感謝致しますわ」
グレイ以上に勘の鋭いジャスミンも何か感じ取っていてもおかしくないが、王女たちとは逆に、ジャスミンの表情や仕草からは何の意図も読み取れない。
「グレイ」
着席した主人に促されたグレイは、用意されていた茶器でジャスミンのお茶を淹れる。
茶葉はジャスミンが茶会に招待してくれた王女たちへの手土産として持参したものだ。
グレイは丁寧に扱うふりをして茶器をしっかり確認したが、何の異常も見当たらない。
だがそれでも彼の第六感は、何かが妙だと警告を発し続けている。
厄介事が降って湧いてきそうな気配に、グレイはこれが杞憂であってくれればと願ったが、王女の侍女たちが茶菓子を運んできた瞬間、彼は自分の勘が正しかったことを確信した。
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