番外編34 ジャスミンの婚約(グレイ編⑥)
「フフフ、驚かないで聞いてくれ。ジャスミン、君の結婚相手が決まったよ」
「まあ」
「なっ……」
ジャスミンの父・レヴィオール公爵に告げられた言葉に、グレイは思わず言葉を失った。
先刻の茶会で結婚について話していただけに、実にタイムリーな話題だ。
あまりにタイムリー過ぎて、グレイはジャスミンから受け取ったグローブを取り落としてしまっている。
対して、ジャスミンはというとどこか他人事のように公爵の言葉を受け止めていた。
「いやあ、ラッセルにいた頃は可愛い娘をあのポンコツ……失礼、ハイラス殿下にだけは嫁がせてなるものかと思っていたのだけれどね。目の上のたん瘤がいなくなって、そろそろ本格的にお相手を探そうと思っていたところに、良い縁談が舞い込んできたんだ」
「それで、いったいどこのどなたなのでしょうか?」
「まあまあ、そんなに急かさないで。ジャスミン、君はこの国の王族を知っているかい?」
「たしか、両陛下の他に王太子殿下と、王女殿下がお二人いらっしゃったと記憶しています」
「その通りだ。さすがは私の娘だな」
満足そうに微笑む公爵の姿を見て、グレイの頭をある可能性が過った。
この話の流れで、この国の王族について訊ねるとなればそうとしか考えられない。
「君の結婚相手は他でもない、パオロ・アウレリオ・ロレーヌ王太子殿下だよ」
「あら、そうなのですね。ありがとうございます、お父様」
やっぱりとグレイが心の中で思うのをよそに、ジャスミンは自分のことなのにあまり関心がない様子だった。
自分の結婚相手の名前を聞いて、彼女は良いとも悪いともつかない反応を見せている。
「もっと喜んでくれてもいいんじゃないか、ジャスミン。パオロ殿下には私も何度かお会いしたけれど、気立ての良い好青年で、勉学にも熱心でいらっしゃる」
「お父様がそう仰られるなら、間違いございませんね」
「それにこの結婚は王族と縁続きになるという点以外にも大きな意味を持つ。それはジャスミンもわかるだろう?」
「ええ、承知しておりますわ」
意味ありげな視線を送ってくる公爵に、ジャスミンは
五公爵家揃っての国外移住劇は、もともとキャサリンの気まぐれと当時ラッセル王国の宰相であったレヴィオール公爵の思惑が重なったことが発端となった。
レヴィオール公爵がハイラス王子の統治者としての適正のなさに国の未来を憂えていたところ、キャサリンとユリーナ公爵・前公爵がロレーヌ王家に話をつけ、国を丸ごと買い取ったことを聞きつけたのだ。
そこでレヴィオール公爵は渡りに船とばかりにラッセル王家に見切りをつけ、国外に移住することをキャサリンと、ユリーナ公爵家に提案した。
これに乗り気だったキャサリンは、リベラたちが邪竜討伐の件で侍従たちで話し合いをおこなったり、旅に出たりしている間に開催した女子会の場でイザベラ、ヴィオレッタ、エカテリーナの三人に計画を伝え、彼女らを介して三家の当主を説き伏せてみせた。
これが、電光石火の五公爵家移住劇の真相だ。
つまり五公女たちは、世間で噂されているような『何処そこの令嬢が気に入らないから、計略にかけて貶める』だとか、『次期王妃の座を争って、水面下で牽制し合う』などという些末な
最初に移住を決意したのがレヴィオール公爵のみでも、ユリーナ公爵のみでも、他の三家が移住に至る事はなかっただろう。
国内外の機密情報を握り、政治の中枢にいたレヴィオール公爵と、財界トップのユリーナ公爵が同時に動くと言ったからこそ、そして社交シーズンで全公爵が王都に滞在していたからこそとんとん拍子に話が進み、成し得た大儀だ。
公爵家のみならず、オベール侯爵家や多くの領民、ユリーナ公爵家とゆかりのある商人や技術者たちがユリーナ公爵家の支援のもと、こぞって移住したために、ラッセル王国の経済・文化・武力・学術的損失は計り知れないものとなっている。
キャサリンがいったいいくらでロレーヌ王国を買い取ったのかはグレイはおろか、ジャスミンやレヴィオール公爵にも明かされていない。
だがユリーナ公爵家と王家との間で交わされた契約の条件により、ロレーヌ王国でも五公爵は公爵の爵位を得ることになった。
今の彼らの領地は、もともとロレーヌ王家の直轄地であった場所だ。
統治についても、国を丸ごと買い取ったのだから権利を主張することも可能だったが、キャサリンもユリーナ公爵家も全く興味を示さずむしろ面倒だからと固辞したために王家はそのまま存続する形となり、財政の立て直しの為にレヴィオール公爵が宰相の位に置かれている。
内政・外交ともにレヴィオール公爵の采配で動いていると言っても過言ではないため、パオロ王太子との婚姻はレヴィオール家側には大したメリットがないようにも見えるが、公爵の狙いは旧来からのロレーヌの貴族と国民からの反発を解消することにあるのだろう。
元のロレーヌの貴族や国民から見れば、五公爵家は侵略者とそう違いない。だが、ロレーヌ王家と縁を結ぶことで融和路線の立場を強調できる。
それら諸々の事情をジャスミンも理解しているのだろう。
「どうする? ジャスミンが嫌なら断っても構わないが」
「お受け致します」
私情などまるで最初から存在しないかのようにあっさりと婚約を承諾したジャスミンの姿に、グレイは何故か胸の内がもやもやとするのを感じた。
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