番外編33 グレイの結婚観(グレイ編⑤)
※ユーリマン、ラザロス、リベラ、ロジェ結婚後のお話です。
*****
「新婚生活とは、かくも甘美なものなのですね……」
定例のお茶会の場で、エカテリーナのお茶を淹れながら恍惚と呟いたのはロジェだった。
寒い冬が明け、春に挙式したばかりの彼はエカテリーナとの甘い新婚生活を満喫しているらしい。
エカテリーナの実家・フィオル公爵家の次期当主は弟のシャルレイと決まっているため、エカテリーナもロジェも呑気なものだった。
別に居を構えることなく実家暮らしをしているという点では、他の公女たちも同じだが、エカテリーナとロジェは以前にも増してのびのびと暮らしていた。
茶会の際に当人たちから聞いた話によると、ロジェは屋敷に頻繁に画家を呼んでは、エカテリーナの肖像画を描かせているそうだ。
「女神にお仕えできるだけでも幸せなのに、女神と結婚できるだなんて、天にも昇る心地です」
法悦に浸るロジェ。そんな彼を見て、露骨に嫌そうに顔を顰めたのがグレイだった。
結局、五人の公女のうち四人が自分の侍従と結婚し、今この場において未婚なのはジャスミンとグレイのみだ。
別にグレイは、ラザロスたちの結婚が間違いだとは思っていないし、特段反対してもいなかった。
当人同士が納得の上ならば、恋愛結婚だろうと、愛のない白い結婚だろうと好きにすればいいと思っている。
いわばこれはスタンスの違いだ。
「朝、起き抜けに寝台で見るエカテリーナの顔に何度魂を抜かれそうになったことか。……グレイ、君も早く妻を娶ることをオススメするよ」
「俺にはわかりませんね。結婚なんて、そんなに良いものでしょうか?」
盛大に惚気けたのちに、お節介なひと言を口にするロジェに、グレイは舌打ちしないまでも、さらに唇を歪める。
「まあ、人によるんじゃないかしら」
一番に中立の意見を述べたのはイザベラだった。
その一歩後ろで、ラザロスも静かに頷いている。
本来なら、夫となった彼が侍従の仕事を続ける必要はないが、彼のみならずユーリマン、リベラ、ロジェも変わらず公女の世話を焼き続けている。
「夫によるわね」
同じく中立の立場を表明しながら、イザベラと違う角度から物を言ったのはエカテリーナだった。
そこはかとなく、含みのある言い方だ。
ちらりと彼女が横目で後方の夫を確認したのは、グレイの気のせいではないだろう。
「私は……結婚して良かったと思っているわ」
「おや、嬉しいですね。私はもちろん幸せですよ。愛する妻と共に研究に励む日々……最高ですね」
「もうっ、ユーリマンったら」
人前で恥ずかしいと言うヴィオレッタをユーリマンはご満悦の表情で見つめる。
彼の答えはヴィオレッタに対する軽い
「私は特に変わらないわね」
「私は……結婚する前は今以上の苦労なんてないと思っていました。でも、現実は想定を上回っていました。だから、私はグレイの気持ちが少し解る気が……」
「何ですって?」
「いいえ、何でもございません。キャサリンと結婚できたのだから、請求書の処理とか、領地経営とか、請求書の処理だなんて些細な問題ですよね! 嗚呼、結婚って素晴らしい!」
特に変わらないと言ったキャサリンに続いて答えたリベラは、グレイに賛同の意思を表明しようとしたが、キャサリンにジト目で凄まれ、慌てて意見を翻す。
キャサリンと結婚したことでリベラは次期公爵となり、経営について勉強中なのだがどうもそれ以上に気掛かりなものがある様子だ。
「ジャスミンはどうなの?」
「そうね……。私はとくに考えたことはなかったわね。父の立場上、私一人で決められるものではないから、考えても仕方ないとも言えるわね」
ヴィオレッタに問われたジャスミンは、右手に持っていたティーカップをソーサーに戻し、少し考えてから答えた。
彼女の答えに、その場にいた全員が訳知り顔で頷く。
父親が一国の宰相ともなれは擦り寄ってくる者も多く、また一人娘の彼女が安易に婚姻を結べば国内の政治勢力の均衡を崩しかねない。
他の公女たちとて、その影響は小さいとは言えない。だが、それぞれがそれぞれの侍従と結婚したことで、収まるべきところに収まったように見えなくもない。
「やっぱり、俺は結婚なんて御免ですね。家や家族のしがらみに縛られるなんて退屈じゃないですか。人生の墓場ですよ」
一応グレイは皆の意見を求める形をとったが、参考にするには難しい事例が多い。
結局のところ、各々の事情によるとしか言いようがなく、元来一人で過ごすことを好むグレイにはどうしても結婚のメリットが見いだせなかった。
*****
「ジャスミン! 待ちわびたよ」
「あら、お父様。どうなさったの?」
茶会を終え、レヴィオール家の屋敷に帰ったジャスミンとグレイを一番に出迎えたのは意外にも、ジャスミンの父親だった。
国は変わったものの、結局宰相という立場は変わらない公爵は忙しい。そんな公爵が家で手をこまねいて娘の帰宅を待っていたとあらば、何かあるのではないかと身構えるのが自然だ。
どこかいつもと様子の違う(それすらも演技かもしれないが)公爵にジャスミンが問うと、公爵はいたずらっぽい笑みを浮かべて口を開いた。
「フフフ、驚かないで聞いてくれ。ジャスミン、君の結婚相手が決まったよ」
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