本編

プロローグ



 とある王国の王城の庭園にて。



「おい、誰だよ、あそこに五公女様達を集めた奴は」


「うわ~、あの空間怖っ! 誰も近寄れないだろあれ」


「何だか息が詰まりそうですわ……」



 色とりどりの薔薇が咲き誇る植え込みの影から、ある一角をうががいながら囁き合う若い男女の姿があった。


 時期は折しも社交シーズンで、茂みに身を隠した男女と言うと、パーティを抜け出してきたカップルを想像しがちだが、逢引きの現場にしてはいささか人数が多い。



「好色なお前ならそんなのお構いなしじゃないのか? この前だって、旦那がおっかないって評判の夫人と逢瀬を楽しんでたそうじゃないか」


「馬っ鹿、そんなのとは次元が違うだろ。何せあの五公女様達は……」



 その先は聞かずとも分かるとでも言いたげな表情を浮かべて、ラザロス・ミカ・オベールはかぶりを振った。



 ラッセルの五公女。そう呼ばれている彼女らはその名の通り、王国で5本の指に入る名家のご令嬢で、どのご令嬢も悪魔をも篭絡する程美しかった。


 美しいと一口に言えば皆思い浮かべる顔は異なるだろうが、よく言えば迫力美人、悪く言えば悪女面というのが世間が言う彼女らの容貌の特徴だ。


 そんな顔立ちに加え、飛ぶ鳥を落とすような実家の権勢も相俟って、別名『幻惑の五公女』とも呼ばれており、何を隠そうラザロスの仕えるお嬢様もその一角に名を連ねている。



わたしからするとイザベラお嬢様は誤解されやすいだけなのですが……」


「どうしたの、ラザロス?」


「いいえ、何でもございません」



 つい、といった感じでラザロスが苦々しい胸中を零すと、王宮の庭園に設けられたガゼボで茶会を楽しんでいたはずのイザベラが振り返った。それにラザロスは曖昧に笑って応対し、テーブルに向き直るよう視線で促す。



 ――やはりうちのお嬢様は可愛らしい。


 濃紫の髪を揺らしてあちらの会話に戻ったイザベラを見て、彼はそう結論付けた。



 ラザロスから見えるのは後ろ姿だけだが、時々上品に笑う声が聞こえてきて、本当に彼女らとの談笑を楽しんでいる事がわかる。


 他の令嬢たちもお茶と焼き菓子を口に運びながら時折笑みを零していて、そんな様子をそれぞれの侍従が満足気に眺めている。


 実に和やかな雰囲気だ――事情を知る一部の者たちにとっては。




「魔女の茶会だ」


「ご覧になられたかしら? イザベラ様のあの背筋が凍るような笑みを」


「いや、そのお隣のエカテリーナ嬢はいつもはぼんやりなさっていてどこか退屈そうなのに今日はどこか愉しそうで恐ろしいぞ」


「そのさらに隣のヴィオレッタ様なんて、いつもは取り澄ましたご様子なのに、今はそわそわと落ち着かないご様子じゃないか」


「いやいや、ヴィオレッタ様のお隣のキャサリン様はいつもながら表情が読めない方だぞ。見ろよ、あの冷たい視線!」


「表情が読めないといえばキャサリン様のお隣のジャスミン様こそ、笑顔の裏で何を考えていらっしゃるのか腹の底が見えなくて恐ろしいわ」


「恐ろしいといえばやっぱり、一番奥の席に座っているイザベラ様よ。彼女こそ本当の魔女ではありませんか」


「今度はどの家を潰そうか話し合っているに違いない」




 五公女の茶会の様子を盗み見るかのように窺う彼らは、今日も今日とて多大なる勘違いをしているようだった。どの公女様が一番恐ろしいか、内容の薄い論争をしている。


 生き物とは自分の理解の及ばない存在に直面すると、その防衛本能により恐怖を覚える。


 財力、権力、知力、武力、魔力。いずれ劣らぬ名家の持つそれらは、その関係者にしか理解出来ないもので、人は己の理解の及ばない部分を想像によって埋める事を得意とする。


 よって、五公女が集って茶会をすれば、ごく一部の関係者を除いて皆、『次はどんな悪巧みをしているのだろうか?』と噂するのが常であった。


 本当にはかりごとをしているのは、その侍従たちであることを知らずに。




 ちらりとラザロスが隣に同じく控えているグレイ目配せをすれば、心得ているとばかりにばっちりと視線が絡み合う。


 ややあって、ガゼボの外が一段と騒がしくなった。




「やあやあ。今日も我が国随一と名高い五公女が揃い踏みだな」



 輝く前髪を掻き上げながら、満面の笑みで登場したその人物に、公女達の柳眉が僅かに歪んだ。


 しかしそれもほんに一瞬の事で、見事な統率でもって彼女らは顔面に微笑みという最強の武器を貼り付ける。その切り替えの早さたるや、見間違いを疑うほどだったが、ラザロスはその僅かな変化を見逃さなかった。



「まあ、殿下。このようなところにお一人でいらっしゃって。如何なさいましたの?」



 イザベラの向かい、ガゼボと通路を隔てるアーチの傍に掛けていたユリーナ公爵家のキャサリンが代表して闖入者の応対をする。



 闖入者の正体がこの国唯一の王子であると知っている公女たちがキャサリンに続いて立ち上がろうとした。ところが一人だけ座ったままのエカテリーナとその侍従・ロジェが微動だにしない。


 それを見たグレイが必死の形相の口パクで『ロジェ、アレ、王子!』と訴えるが、エカテリーナもロジェもグレイと王子を見比べて首を捻るばかりだ。



「せっかくの茶会だ。私は構わないからどうかそのままで。それより私の茶は無いのかな?」


「もちろん、淹れたての熱々のお茶をご用意させますわ。煮えたぎるように熱い、お茶を」


「ああ、私が熱いお茶を好むことを把握しているとはイザベラ嬢はさすがだな」



 結局、全く空気が読めていない王子の発言により着席を促され一応は丸く収まったものの、お茶を要求されたイザベラが言外に含めたのであろう『早く帰れ』の言葉は、王子には一向に伝わりそうになかった。

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