4 水谷玲弥 ②

 そんな日々を送っている俺の前に、気になる存在が現れた。同じクラスの本宮早紀という女の子だ。

 彼女は気の毒になるくらい優柔不断で、物事をスパッと決められない。小さなことから大きなことまで、周りからひんしゅくを買いながらも、ウジウジと悩み続ける。本宮と中学校が同じだった友達の話によると、昔から、ずっとこの調子らしい。

そいつから聞いたのは、中学校三年生の修学旅行の話だ。一日目に平和学習、二日目に文化遺産を見て、最終日の三日目、待ちに待った遊園地での出来事。自主研修とは名ばかりの、お楽しみタイム。本宮たちのグループは、話題の新型ジェットコースターに乗ろうとしたらしい。ところが、そこで、本宮の病気が発動。絶叫マシーンを目の当たりにして、乗るべきか乗らざるべきか、迷い始めたのだという。修学旅行に来る前に、学校でグループごとに計画を立てたときは、「楽しそう!」と、前のめりだったそうな。ところが、いざ本物を目の前にすると腰が引けたというわけだ。でも、乗りたい。でも怖そう。乗るか。乗らないか。その選択をすることができず、とうとう、泣きだしたのだという。その一部始終をじっと見ていた遊園地の従業員に、こう言われたそうだ。

「いやぁ……私も長いこと絶叫系アトラクションの係員をやってるけど、こんな子は初めて見たよ。

 まあ、泣きだす子はたくさんいる。乗った後、怖くて泣いちゃう子はけっこういるね。それから、自分は乗りたくないのに、無理矢理乗れと言われて泣く子もいる。

 でも、乗ろうかどうしようか、決められないと言って泣く子は初めてだよ。しかも、中学三年生で……」

あきれ顔でそう言われて、一緒にいるのが恥ずかしかった……、このエピソードを教えてくれた奴は、遠い目をしてそう言った。

 そんな伝説をもっている本宮早紀だが、高校生になった彼女の悩みっぷりを俺が初めて目の当たりにしたのは、昼休みの学生食堂だ。

 俺が食券売り場で、カツ丼のボタンを押したとき、本宮はその後ろで待っていた。俺が横にどけると、彼女は前に一歩踏み出した。だが、そこで本宮のシンキングタイムが始まった。一緒にいる友達二人がさっさと選んで購入していくなか、彼女は悩みに悩んでいる。俺がカツ丼をトレイにのせて近くのテーブルに座ったときも、何と、まだ何にするか決まっていないらしい。見かねた友人が声をかける。

「親子丼なんてどう? 私、結構好きだな。鶏肉がとっても柔らかくって、いい味出してるよ。」

隣のポニーテールの子も言う。

「中華そばも定番だよね。値段の割に、チャーシューが分厚くって、お得感あり。」

「そっかぁ……。親子丼、おいしそう……。でも、中華そばも捨てがたい……。」

友達二人は、本宮のためによかれと思ってアドバイスしたようだが、今度は逆に、そのどちらの意見を取り入れるかで、余計に迷ってるらしい。

 結局、悩み続けた本宮が決断するよりも早く、親子丼も中華そばも売り切れとなり、彼女は売れ残りの惣菜パン二つを購入することとなった

 友人二人に非難されつつ、本宮はテへへと笑いながら、パンをほおばっていた。

 最初は、なんだこいつ、変なやつだな、ぐらいの感覚だった。しかし、あまりにも徹底した優柔不断ぶりに、逆に興味がわいてきた。

 普通、周りに迫られたり、迷惑をかけたりすると思ったら、ある程度のところで妥協して決断するものだ。だが、本宮は違った。周囲が何と言おうが、いつまでも悩み続けるのだ。筋金入りである。俺だったら、周りの空気を読んで、より無難な方、周りが望んでいる方を選ぶ。本宮はそれをしない。ある意味、すごいやつかもしれない、と思うようになった。

 クラスメートもそんな本宮に慣れたのか、彼女が決められない時も、「ああ、またか」というムードになってきた。


 そんな本宮がピンチを迎えた。体育祭の出し物として何をするか、こともあろうに、彼女の一票で決まるという事態に直面するのだ。19対19。最後の一票を投じるのが彼女だった。グルデモか、応援看板か、いつもの彼女らしく迷ったあげく、どちらにも手を挙げられなかったらしい。

 普段は「まあ本宮のことだから」とおっとり構えているクラスのみんなも、このときばかりは様子が違った。

「今回はどっちか決めてくれよ。」

 周囲に迫られて青ざめている本宮。今にも逃げ出しそうな雰囲気だ。

「本宮、どっちか、選べないの?」

 あえて明るい声で聞いてみた。本宮は消え入りそうな声で言った。

「うん。」

「どうして?」

 聞いてみると本宮は顔を上げ、まっすぐな目で俺を見た。そして、多少裏返りつつも、今までに聞いたことのないようなはっきりした口調で答えた。

「だって、みんなの意見聞いてると、それぞれ、もっともだなって思うから。グルデモにはグルデモの、応援看板には応援看板の良さがあるから、選べといわれても、困ってしまう。どっちか選ぶと、選ばれなかった方は可哀想だし。」

 可哀想? 面白い考え方だ。俺だったら、より盛り上がれる方、多数派の方をとる。本宮は「選ばれなかった方」のことを考えるのか。

「ふ~ん。そりゃそうだな。」

 うなずく俺に反論がきた。

「いやいや、そこ、納得する所じゃないっしょ。だって、両方はできないんだから。どっちか一つに決めるために、こうやって話し合ってるわけじゃん。」

「確かにそうだ。でも、選べないっていうのも、それはそれで、アリかなって、俺は思うよ。いい加減に考えてる訳じゃないことは、本宮の様子見てたら分かるし。本気で考えてるからこそ、選べないってことだろ。」

 本宮は俺よりも「本気」なのかもしれない。ちゃんと「本気」で向かい合おうとしているのかもしれない。「自分」の「素」がわからなくなり、その場を上手くやることしか考えない俺よりは。

「でも、このままじゃ、決まらないよな。というわけで……」

 例によって、観衆受けを狙う間合いをしっかり取る。教室全体を見渡す。みんなの目が一心に俺に集まるのを感じる。

「俺が投票に参加しま~す!」

「おっと、そう来るか。」

「俺だって投票権、あるもんね。こういうときのために、議長の票は温存されるのじゃ。諸君、覚えておくように。」

「で、お前はどっちなの?」

「もちろん、グルデモ! ずっとやりたかったんだ! 去年、俺のクラス、応援看板だったから、指くわえて見てた。わ~、楽しそうって。絶対楽しいよ。みんなでやろう。ダンス苦手っていう人には、ちゃんと教えるし。」

「ほんとに? 私、超運動音痴なんだけど。」

「大丈夫! そりゃあもう、手取り足取り教えるからさ。」

 ふざけてみせる俺に周りが反応する。

「おいおい、玲弥、手取り足取りって、お前、変なねらい持ってないか?」

「あ、バレた?」

 ちゃんとサービス。こういうところ、きっちりやっとかないと。

「まあ、冗談抜きで、お互い、教えあおうや。それでもどうしても無理なところがあったら、人によって振り付け変えてもいいし。」

「なるほど、そういう手もあるか。」

 結局、俺の一票で、グルデモに決定した。まさに「お祭り大好き男の面目躍如」というところ。我ながら、上手いもんだ。みんなの賞賛の目は心地よかった。その中の一人に本宮早紀もいた。


 グルデモ練習は順調に進んだ。最初は「それ、何?」的に下手くそだった奴らも、徐々に上手くなっていく。応援看板派だった美術部の三上に頼んでデザインしてもらった「2・6魂」のTシャツも、好評だ。

 想定外だったのは、ダンスとは縁遠い存在だと思っていた野崎誠が、急激な成長を見せたことだ。これは嬉しい誤算だった。

「野崎、いいよ! やるなぁ!」

 声をかけても、変人の誉れ高い彼は、さして喜んでいるふうにも見えないが、「野崎にできるのなら自分だって」という空気が生まれた。妙なライバル心のもと、2年6組の面々は、日ごとに上達していった。


 そんな中、衝撃の出来事が起こった。

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