06-51-銀河5 -全世界メンコ選手権となんかもう超-
聖は舞原さんとちゅきピを交わし、西口へ颯爽と駆けていった。
心のなかのダイナマイトに点火しかけたとき、横ピースをキメた月宮さんがにゅっと視界に入ってきた。
「じゃあるうなも、あとちょっとですけどお手伝いしてきますね♪」
そう、ピースとは、かくあるべきなんだよ。かわいい。あざとい。でもかわいい。やっぱりあざとい。いやかわいい。俺の脳内、くるっくるかよ。
「そろそろ仕事に行かなきゃなんだよな。ごめん、こんなときに」
「いえいえー! それよりも要くん、今日はるうなひとりでお仕事行ったほうがよくないですかー?」
月宮さんは気まずそうにきょろきょろと周囲を窺う。
仕事の遅れを取り戻そうとするこのクソ忙しいときに自分の護衛として人員を割くのはどうなのか、ってことだろう。
「よくない。どうしても人手が出せなかったら俺と聖で行くから、教会を出る前に一回声かけてくれ」
「むむむー、要くんは心配性ですねー。黒乃さんのこと言えませんからねー?」
「心配性とかじゃなくて、俺じゃなくてもみんなそう言うって。ニホンよりもずっと貧困街……っていうか、オラトリオで女の子のひとり歩きは危ないんだから」
「そんなことないです」
いやそんなことない、じゃなくて、本当に危ないんだ、と言いかけたが、
「あんなこと言ってくれたの、オラトリオだと要くんが初めてでした」
否定したのは、夜のオラトリオが持つ危険性ではなかった。
大きな瞳が、じいっと俺を見つめる。
「優しい言葉をかけてくれる人はいましたけど、それは元アイドルのるうなに対してです。アイドルなんて存在がないこの世界に来て、価値をなくしたるうなにあんなことを言ってくれたの、要くんだけです」
なんだろう。
ずいぶんと寂しい言いかただった。
「月宮さんとしての価値と、アイドルの価値は別物だろ。価値をなくした、なんて言わないでくれよ」
「んー。でもみんなそう言いますよ? アイドルじゃないるうなに価値なんてない、って」
「誰がだよ」
「両親とか、マネさんとかですかね」
以前、家族がオラトリオに召喚されるうんぬんの話のときから、月宮さんとご両親の
なんだよその言いかた。
まるで月宮さんのことを〝金のなる木〟としか思っていないみたいな……。
「もしかして、自分の価値を取り戻そうと、この世界でもアイドルになろうとしてる、ってことか?」
「いえいえ、いまはオラトリオの人に元気と笑顔をお届けするためにーって思ってますよー!」
ちょっと安心した。でもいまはという言いかたが、やはりどこか寂しかった。
「それでですねー。じつはるうな、さっき要くんに嫉妬しちゃったんです」
「嫉妬?」
「はい。さっき礼拝堂でミシェーラさんが求婚されて、断りづらい雰囲気みたいになったとき、要くんが『断る』って言いながら階段を下りてきたじゃないですかー」
たしかに。マクベスとのやりとりのときだったな。
「あのあと、要くんは下手くそな文字? 絵? を描いたじゃないですかー」
「嫉妬っていうから、俺褒められると思ったら
文字? 絵? ってなんだよ。文字でグラフだったっつーの。
「アイドルって、みんなが悲しいとき、辛いときに元気と笑顔を与えるお仕事だと思ってて、るうなもそうありたいと日々思ってるんですよ。……それなのにあのときるうな、なにも思いつかなくて」
月宮さんはどこか遠くを見るように夜空を仰いだ。
「要くんはすごいな、って。そう思いながらも、るうなは嫉妬しちゃったんです。あのときみんなに笑顔を与えられた……みんなに笑う余裕をつくってあげられることができた要くんに。わざとあんな下手くそな字……? まで書いて」
「なんかいい話みたいになってるところ悪いんだけど、それ悪口なんだわ」
わざとじゃないわ。むしろめっちゃ一生懸命書いたっての。
「ふふっ……。るうなには、あれがわざとだ、ってわかってますよ要くん」
「すごいよな。フォローが手厚くなるたびになぜか俺がダメージ受けてんのやばすぎる」
月宮さんは「しーっ、しーっ」と人差し指を口に当てて「るうなは内緒にしておいてあげますから」みたいなジェスチャーをしてくるが、内緒もなにもなかった。
むしろあんな下手くそな字はわざと以外ありえない、と言われているようで、いっさい悪意のない柔らかな突起物でつんつんと突かれているような気分だった。
「ともかく、るうなは負けませんからねー!」
「いや勝つも負けるも勘違い……あっ、ちょ」
ぷくーと顔を膨らませて月宮さんは西口へとててててーと走っていってしまった。
ガレウスのときもそうだったけど、俺、なんか勘違いされすぎじゃない?
……それにしても、月宮さん。
見事な女の子走りだ。あざとい。いやかわいい。やっぱりあざとい。ううんかわいい。……俺、全世界メンコ選手権があったら優勝できるに違いない。まあ俺は選手じゃなくてメンコなんだけど。
──
アントンに人を集めてくると言っておいて、釣れたのは聖と月宮さんのふたりだけ。やだ俺人望なさすぎ?
木工作業で忙しい北口とは違い、西口では20人ほどのおっちゃんたちが月の下で大の字だ。
疲労の限界ってのもあるだろうが、白い光を追う採取は他の仕事と違いミニゲーム方式だ。へっとへとの状態で採取をしても、5分間で100ポイントというE判定での成功に届かず、採取回数が無駄になってしまうため、無理をしてもいいことがない、ってのが大きな原因だ。
いまは子どもたちとエリオット、月宮さん、そして──
「うおおおおおおっ!」
聖
聖は10倍頑張るって言ってたけど、よく考えたら個人が1回の採取でどれだけ頑張っても、採取ポイントは5分で1回ぶんしか消費されないんだよな……。
いまだ白くさんざめく光の海にげんなりとしながら、贅沢な悩みだと思い直し、ラディッ菜の前に腰を落とした。
以前は苦戦したラディッ菜も、いまの俺ならば余裕だ。
戦闘力……たったの5か……ゴミめ……。
──────────
《採取結果》
─────
125回
【採取LV1】10%
【採取LV1】10%
【採取LV1】10%
【ラディッ菜採取LV1】10%
【採取用手袋LV1】10%
↓
201ポイント
──
判定→C
ラディッ菜x2
ブイ大根を獲得
──────────
「がああああぁぁっ……! はーっ、はーっ……! はーーーーっ……!」
くっそ……! なんだよなんだよ……!
スキル込みでE判定が穫れるように余裕を持って採取をしようと思っていたのに……!
子どもたちとおっちゃんが一生懸命なうえ、
「ほあああっ! ほあっ! ほあっ!」
「うおおおおおおおおっっ!!」
このふたりに挟まれてるせいで、つられてめっちゃ本気で採取しちまったじゃんか!
でもスキルのおかげとはいえC判定……! 俺、頑張った……!
というかスキルが充実して採取報酬ウィンドウも縦長になってきた。
【採取LV1】がみっつも並んでるのとか意味不明だもんな。
ひとつめはスキルブック【採取LV1】。
ふたつめは俺が身につけている『採取用手袋LV2』についている【採取LV1】。
みっつめは採取用手袋ダンジョンをクリアしたことで獲得したアイテムスキル〚採取用手袋LV1〛に【採取LV1】がついている。
これだけでも意味がわからないというのに、アイテムスキル〚採取用手袋LV1〛には【採取用手袋LV1】ってスキルもついていて、これは採取用手袋を装備しているとき、採取に10%の補正がかかる、ってスキルだ。このスキルは採取でも、たとえばバケツを使うオルフェの水の採取なんかには役に立たない。
ついでに言えば【ラディッ菜採取LV1】ってのはもちろんアイテムスキル〚ラディッ菜LV1〛のおかげだ。
どうだ諸君? 意味わかんないだろ? 俺も言いながらよくわからなくなってきた。
スキルのおかげだろうがなんだろうが、C判定を獲得できた達成感と疲労感とともに、肩で息をしながらふたつのラディッ菜とブイ大根をカゴに……。
入れようとして、止まった。
このブイ大根っての、新アイテムなんじゃないか……?
──────────
ブイ大根
──
白く大きな根も青々とした葉も食べることができる。
▽──【デウス・クレアートル】LV3
ブイ大根 LV1
創造 消費MP7
──────────
二股になった泥つき大根。
根のなかばから二足になっているのではなく、葉の下ですぐに分かれており、これはもう二本の大根と言っていい。ブイ大根の〝ブイ〟は〝Vの字〟をした形だから、ということなのだろうか。両脚とも非常に太く、見たことがないくらい長い。それぞれ根の部分だけで70センチ~80センチくらいある。
オラトリオで大根を見るのは初めてではない。教会では栽培していないが、時折おっちゃんたちが持ってきてくれる野菜のなかに大根が入っていることがあった。
しかしこんなに大きな、しかも二股の大根はオラトリオでもニホンでも見たことがなくて、そのうえこれはアイテムなのだ。
もしもこの巨大な大根をダンジョンで増やせるのなら、ペレ芋やオニョンネギ、ラディッ菜よりもずっと、貧困街の食糧問題解決に貢献してくれるに違いない。
……なにより大根は俺が我慢せずに食える数少ない野菜のひとつだった。 もっとも、相馬さんと黒乃さんのおかげでずいぶんと野菜は食えるようになったけど。
「おおおおお、レオンどの、なんじゃいそりゃあ!」
「美味そうじゃのう!」
死にかけていたおっちゃんたちの瞳に光が宿った。
「立派なブイ大根じゃあ! 煮るのか? 焼くのか?」
「いやいや、そのままがぶりといって、しゃくしゃくとやりたいもんじゃのう!」
「残念だけどいまは食べないぞ。ダンジョンで増やしてからな。……お、重っ……」
「残念じゃのう、ガハハハハ!」
「明日が楽しみじゃわい、ガハハハハ!」
太くて長く、しかもそれが二本ついた大根は見た目よりもさらに重かった。これ10キロ以上あるんじゃないの?
ワシらが持つ、と言い張るおっちゃんたちを制し、ブイ大根を担いで手洗い場へ。
大根についた土を洗い流し、台座の部屋にあるストレージボックスに触れた。
ストレージのひとつはダンジョン突入用のものになっていて、黒乃さんが消費MPごとに整然と並べてくれてある。
消費MP7 (未攻略)の場所にブイ大根を入れ、西口に戻ろうとしたとき、
「ご飯だよー! 人数多いから2グループに分かれて、まず半分おいでー!」
相馬さんの元気のいい声が礼拝堂に響いた。
いつもより一時間以上遅い夕食。腹はぺっこぺこだったが、俺はさっき1時間ほど仮眠を取ったぶん、みんなよりも余力がある。
西口に戻って、みんなに「先に食ってきてくれ」と言おうとしたが、
「月宮はいまから仕事なんだから先に来てー! あと要もー! あんたが先に食べないとみんな遠慮しちゃうでしょー!」
相馬さんに先を越され、俺の口は「……すまん、お先に」と形を変えた。
「要そこー、月宮んとこ!」
テラスに出た直後、相馬さんに促されて月宮さんが手を振る席へ。
テーブルの中央にはヒノエ木材でつくられた丸い木桶がどーんと置いてあり、そのなかには……
「うおおおおお、まじか。まじかマジか」
いや、丸い木桶どころじゃない。
これは宝石箱だ。
丸い宝石箱のなかでは、色とりどりの寿司60貫が、夜空を彩る銀河に負けない輝きを放っていた。
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